その608 『(番外)解決(克望編8)』
暗殺者を特定するという目的で主に動いていたのは、岐路と刹那だ。克望自身は、ただ変わらず『異能者』として施設にいただけである。
夜の間に仕事をこなした刹那にその報告と克望からの依頼の結果を紙に書いてもらう。散らかった紙の束に紛れ込ませるのも、読んだ紙を処分するのも刹那のすばしっこい動き頼りだ。そうでなければ、誰かに見られてしまう。克望ははっきりするまで速水にも内緒で動きたかった。
その働きのおかげで見えてきたことがあった。まず、服飾ギルドに頼んだ糸の特定で、それが衣類から解れたものだと分かった。それもそこら辺の庶民が着るには少々値が張るものだ。それこそ『魔術師』が着ていても見劣りしない。ただ克望の両親が着ていたものでないことは散菜に確認をとった。
『この衣類を着ていたということは、かなり羽振りの良い暗殺ギルドですね』
速水の感想はそう綴られている。意識を集中させている振りをして文面を読んだ克望は、そのままくしゃりと紙を潰した。式神は常に成功するとは限らない。上手く具現化できなかった場合はいつもそうして、ごみに捨てていた。紙は貴重だから、あとでまとめて再利用される。その前に刹那に処分してもらうわけだ。
問題の暗殺ギルドだが、単独行動という線はこの時点で捨てた。一人で報酬を得てそこまで稼いでいる者など限られる。集団で行動する暗殺ギルドで間違いはない。それも、大御所だ。
『水引家の者に協力していただき、名のある暗殺ギルドの名前を三つ挙げていただきました』
クロケル、白霧の爪、霹靂神という名前が綴られている。正直、克望には初めて聞く名前ばかりだ。そもそも暗殺が主流なのに名が上がってしまってよいものなのかと首を傾げる。
『ある程度名前が上がらないと、ギルドだから依頼がこない』
刹那の字は子供の雪奈のままなのか、少し個性的で読みにくい。
『クロケルは元々シェイレスタにいた者たちが流れてきたようですね。そこでここ数年、徐々に勢力を拡大していっています。白霧の爪と霹靂神はシェパング出身のギルドです』
それぞれのギルドの動向は刹那が調べ上げた。速水の依頼のついでに対応してきたそうだ。調査ギルドを通して調べられた報告書の最後にまとめが書かれている。
『動きがあったのは二つ。クロケルと、霹靂神』
加えて、刹那は武器の確認も依頼していた。
『クロケルは武器には拘らない。毒殺、銃殺、何でもこなす。霹靂神の暗殺武器は、ナイフ。歪んだ形状の刃は稲妻を模しており、毒が入りやすい構造』
そのナイフの構造の絵をみて、克望の手は固まった。忘れるはずがない。歪んだ刃は、雪奈を殺したナイフと全く同じものだ。両親の死を調べるはずが、ここにきて妹を殺めた暗殺ギルドが何処なのか分かってしまった。
「そもそも、隠す気もなかったということ哉」
思わず呟く。稲妻を模した武器とは、自身のギルドの名を売るためのようなものだろう。克望が知らなかっただけで、調べれば分かったのだ。きっと克望が施設に入っていなかったら、そのときの調査報告も聞けたに違いない。
『刹那さんの調べで気付きました。毒ということで、思わぬ一致がありました』
そして、速水の調べである。
「月陰家の暗殺に、刹那自身をあてなかったのは、あくまであなたの善意ですか?」
そう問う克望の前で、速水の目が細められる。
「おっしゃりたいことがわかりませんね」
「シラを切る必要はありません。調べはついています」
刹那が暗殺技術を教わった時点で、速水にその知識があることは明白だ。
だが、それがシェパングという国に必要な技術だと言い張られてしまえば、そのまま押し通されることも分かっていた。
「刹那にあなたに依頼された内容を事細かく記載してもらっています。そして、それを別の職員に確認していただいた。頼んだのは、水引家だけでなく陽家の人間もです」
これでもし速水が陽家だったら揉み消された可能性もあったが、そうではない。速水自体はどちらの家にもついていない。だからこの手は有用だ。
「内容は、毒の調達に要人の動向調査。武器の配達。これは本当にシェパングのためのものですか?」
要人と濁したが、水引家の領主の調査だ。毒は魔物から収集しているらしく、刹那は魔物退治に行っていた。刹那自身は依頼もばらばらで気付いておらず、他言するなとの指示を受けていた。克望の言うことは聞かない刹那だが、他人の言うことに背いたことはない。それゆえ、速水には慢心があったのだろう。
「『異能者』であるあなたがそれを判断する必要はないでしょう」
片眼鏡を抑えた速水の眼光は鋭い。威圧することで逃れる気なのかもしれない。克望は次の話に切り替えることにした。
「暗殺ギルド霹靂神が、妹を殺めた存在です。そして、それは月陰家も同じだ。使われている毒物と抉れた傷痕から判明しています。同じ魔物の毒であると」
捲し立てる克望に、速水はまだ冷静だ。
「私は暗殺ギルドに詳しくないのですが、それが何だというのです? 私に関係があると?」
「はい。あなたは暗殺ギルド霹靂神の一員ですから」
一瞬だけ、間があいた。
「何をぬけぬけと。確証があるのですか」
「あなたの服の袖口ですが、金糸がつかわれていますね? それは少々値の張る糸でして。その暗殺ギルドが着ている衣服と同じだそうです」
克望は随分前から知っていた。ただ気付かないふりをしていただけだ。速水の衣服の袖口は、僅かながら金色に光っていることがある。職員用の衣服のなかに着込んでいる衣類のせいだ。だから目を引くのだ。
「たったそれだけのことで、私を暗殺者呼ばわりですか?」
「いいえ」
克望は首を横に振った。確かにこれだけでは説得力に欠ける。だから、更に被せて言う必要があった。
「ずっと気がかりだったことはあったんです」
少し考えれば分かったことなのに、避けていたことだ。
「何で妹が死んだのがちょうど都合よく初めて外に出た日だったのだろうと」
あまりにもタイミングが悪すぎた。それを運が悪いで片づけてよいとは思えない。
「しかもちょうど、雪奈が殺された瞬間にあなたがやってきました。図ったように」
あのときは動転していたから、追求はしなかった。今は分かる。
「施設にいる間は、『異能者』は牢に入っていて手が出せないので、わざと外に出したということでしょうか」
或いは手を出してしまうと犯人が職員に絞られるという可能性を恐れたのだろう。克望と雪奈、両方いるところをまとめて狙う目的があったのかもしれない。
「全部あなたの妄想だ。式神を出すことはどうもあなたの精神に異常を来すようですね」
「それならお聞きします」
あくまでシラを切り続けようとする速水だが、片眼鏡の奥の目がいつも以上に忙しなく動いている。もう一押しだと気付いて、克望は敬語を止めた。
「何故、我の両親が亡くなったことを否定しない?」
知らされていないはずなのだ。けれど、今までの問答で速水はそのことで知らない素振りをみせなかった。驚いてみせたら良かったのに、それができないでいた。克望を前にして、余裕がなかったからだろう。
その余裕のなさが何よりの答えだ。
「残念です。速水さん」
克望は止めを指した。
「あなたは、雪奈に外の世界をプレゼントしてくれたのに」
速水は渇いた声で嗤った。それは何よりの肯定だった。
克望が予め仕込んでおいた、岐路の手配でやってきた男たちが速水を取り囲む。
「全くどうやったのですか? あなたたち『異能者』の報告で彼らが動くとは思えませんが?」
「あなたが『魔術師』を侮ったというだけです」
克望は刹那が受けた依頼を別の職員に依頼をしたと言ったが、あれは嘘だ。鎌をかけただけのつもりだった。というのも、克望には陽家に依頼できる力はない。
ただ、暗殺ギルドが紛れていることを岐路経由で伝えはした。速水が認めたら取り押さえてほしいとは言った。幾ら敵対している家でも、暗殺ギルドが紛れているとなれば話は別だ。だから、彼らは動いた。
「はは、一本とられましたよ。正直慢心していました。あなたは無能で、式神は人形のように言うことを聞かせることができる。それで復讐した気になっていました」
「復讐?」
克望の疑問にしかし、速水は答えない。
「あなたは恵まれた人です。本当は妹さんが亡くなった日、一緒に葬ってやろうと思っていたのに」
刹那がいたから危害を加えられなかったと、速水は口惜しそうに告げる。逆に施設に入ってしまったら監視の目が入るせいで、殺すことは叶わない。
「残念です」と告げるその顔はまさしく狂気に満ちていて克望は息を呑んだ。危険を感じたのだろう、男たちがすぐに速水を取り押さえに掛かる。
「あなたの最初の質問ですが」
捕まった速水はこれだけは言ってやろうとばかりに歯を剥き出した。
「刹那には暗殺こそ頼みませんでしたが、屋敷への手引きはしていただきました! それを報告しないあたり、あなたの式神は性格が悪いと確信していますがね!」
克望は思わず刹那を振り返った。ずっと隣で克望たちの会話を聞いていたはずの刹那は、無表情なままだ。まるでその会話を聞いていないかのようである。
「本当なのか?」
克望の声に刹那は答えない。かわりに聞こえてきたのは、速水の喧しい嗤い声だ。
その声に紛れて、小さく刹那は呟いた。
「私は、克望の望むことをする」
それはきっと、聞いてはいけない一言だったのだろう。




