その607 『(番外)暗殺者(克望編7)』
「克望、犯人突き止めたい?」
できるはずがない。そう訊ねてくる刹那自身、『異能者』として施設を出られないのだ。それに式神という人ですらない存在の言うことである。聞く耳をもつ必要はない。
「あぁ」
けれど、克望自身の諦念に対して、出てきた言葉は自分でも意外な肯定だった。
「克望様?」
隣の岐路が、驚いた声を発する。
「裏にいるのは『魔術師』。故に、意味がないと言いたいのは分かっています」
耳にするのは嫌で、自分から口にした。そうして口にしたからこそ、思いが形になって言の葉を紡いでいく。
「ですが、家族を暗殺者に奪われ続けて泣き寝入りは、御免です」
妹に、両親に、直接手を下した彼らは、克望の人生を踏みにじったのだと、そう意識する。
「それは……」
言い淀む岐路とは別に、刹那はこくんと頷いた。
「私、犯人突き止める」
あまりにもあっさりとした言い方なだけに、ことの難しさを理解していないのではないかと訝しむ。そうしてから、馬鹿馬鹿しくなった。仮に式神に理解してもらったところで、何かが変わるわけでもないのだ。
「それより、確かに家に帰ることができたのです。約束通り引き受けましょう」
話を切り替えると、岐路は目を輝かせて頷いた。
「はい。ありがとうございます」
最も、克望はようやく狭い範囲の間だけ外に出ることを許された『異能者』だ。まだ家を継げるほどではない。指摘すると、「これからです」と岐路は言った。
「水引家のほうでなるべく手配はさせていただきます」
何をとは言わなかったが、予想はついた。つまり国の役に立ったとみなされるように、いろいろと融通してくれるというのだ。
「それまで、遺体は……」
「えぇ、預からせていただきます。表立っての葬儀はできませんが、内々であれば問題ありません」
明日にでも海にかえすと、岐路は約束した。敢えて死体をこのまま放置したのは岐路で、手配をするのも岐路だ。克望は自身が何もしないままに道を作られている感覚に不気味なものを感じる。
だからといって何かできるわけでもない。目の前の死体と同じで、克望は無力だ。無力なりにできることを掴んでいくしかない。
「お願い、ある」
声に振り返ると、刹那が岐路に何かを差し出していた。
「この手紙、届けられる?」
「それは」
「ギルドへの依頼」
思いもよらない言葉に、面食らった。
「特別な糸。服飾ギルドなら、きっと特定できる」
克望は思わず声を出す。
「なんでそんなものを知っている?」
同じ施設にいて、克望でも知らないことを口にするなど、あり得ないのだ。
あくまで、刹那は無表情のまま、答えた。
「速水が教えてくれた」
「どういうことですか」
速水が声を掛けてきたときを見計らって、克望は事情を詰問する。
「何故、刹那は外に出て活動をしているのですか」
刹那の話を聞いて色を失ったのだ。というのも、ただギルドの話を速水から聞いただけには留まらなかった。克望が外に出るより前に、刹那は速水の指示で毎日のように外に出て速水の言うところの依頼をこなしていたという。しかも、それはギルドなど他者を介するもので、ものによっては毒のある魔物から牙を採取するといった難易度の高い依頼もある。
「簡単なことですよ」
速水は細い目を更に細めて、にっこりと笑みすら浮かべてみせた。
「刹那さんが優秀だからです」
言うとは思っていた。
「刹那は式神ですよ、人ではありません」
そんな存在を野放しにすることの危険性を訴えたつもりだったが、速水の視線は他の方向を向いているようだった。
「えぇ、ですから彼女は睡眠を必要としません」
「は?」
「日中はあなたと四六時中一緒にいて、夜は他の活動ができる。教えたことは確実に覚えるし、これ以上なく優秀な『異能者』だ」
速水の言葉の『異能者』は、或いは道具と置き換えても成立するような気がした。つまるところ、国の持ち物である『異能者』の扱いはその程度なのだ。寝る必要のある道具よりは一日中動ける道具のほうが重宝される。
「しかし、あなたの様子を見るに、やはり式神と情報の共有はできないようですね」
むしろ見下されたような言い草に、克望は自分のプライドが傷つくのを感じた。
「えぇ、全く知りませんでした。本人に聞くまでは」
もし知っていたらもっと早くに止めていた。それどころか、こうなる前に気づけたかもしれない。
「刹那に指示を出すのは良いとして、何故教えた知識が暗殺紛いの技術なのですか」
服飾ギルドに頼むぐらいのおつかいごとなら理解はできた。話を聞けば聞くほど、聞かれなかったからというだけで口を開かない刹那に腹が立つ。やはりあいつは式神なのだ。
「薬や毒の知識に、武器の扱い方、建物への侵入方法。あなたは何をさせるつもりなのですか」
速水はそれには答えなかった。ただ克望を見下して、教え諭すように口を開く。
「あなたはどうも妹さんと式神を混同しておられるようです」
よりにもよってそれを口にするのかと、克望は唇を噛んだ。
「妹さんに危険な仕事を行ってほしくない、そういう思いがあるのは分かります。けれど、式神はあくまで式神でしょう?」
「勘違いされているようですが」
冷たい目で克望は速水を見返した。
「自分の力の一部に過ぎないのだからこそ、把握できていないことには不安が付き物というだけですよ」
ましてや、と続ける。
「家族を殺めた方法と全く同じことをしているとあっては、許し難い」
牢の入り口と出口で二人の視線が交わる。
「月陰家の暗殺に、刹那自身をあてなかったのは、あくまであなたの善意ですか?」
克望の問いかけに、速水の目が更に細められた。




