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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
606/996

その606 『(番外)両親(克望編6)』

 しかも、両親は暗殺者に襲われたのだという。

 そこまで符合してしまうともはや宿命のようですらある。どこか夢うつつで職員の話を聞いていた克望は、「それで?」と辛うじて口を開いた。

「お悔みのお言葉については、気遣いありがとうございます。しかし、施設から出られないという私に何ができるというのですか」

 家にすらいけないのだから、海に還すことさえできないのだ。連絡だけ受けても動きようがない。克望の不満を感じてか、職員が口を開く。

「あなたに月陰家を継ぐ意志があるかをお聞きしたい」

 それは、あまりにも意外な確認だった。

「何を。『異能者』として施設に入った以上、あの家とは縁が切られているのでは」

 『異能者』は全員シェパングという国の持ち物だ。勿論家族関係が切れるわけではないから面会は許されているが、それはあくまでシェパングの温情あってのものだ。

 とはいえ、克望自身は縁が切られたとは思っていなかった。父の言葉もあるし、何より縁を切るということは克望の為に死んだも同然の妹とも家族ではなくなるということだ。

「あなたは、施設内にも『魔術師』の家が絡んでいることにお気づきですか」

 克望の表情を読んでか、職員はそう告げた。薄々は気付いていた。学び舎にも派閥はあったのだから、施設にも同様のものはあると。そして、こう職員が告げるのだから、克望は家と縁が切られても尚、『魔術師』の関係に巻き込まれたとみるべきだ。

「つまり、あなたは水引家の派閥という解釈でよいですか」

 克望に話しかけてきたことから仲間の派閥と考えたが、どうやら正解だったらしい。職員が目を見開いている。

「さすがに話が早いですね」

 肯定と受け止めて、克望は思案する。

 水引家とは、現在の円卓の朋が所属する『魔術師』の家だ。月陰家は水引家の傘下にある。円卓の朋は何も『魔術師』の家に交代制で回ってくるものではない。派閥が存在し、各派閥の中で有力な地位にある者が円卓の朋の座を引き取る。今は二大派閥である水引家と陽家に分かれている。

「表向きは後継ぎがおりませんから、通常であれば月陰家は取り壊されます。ですが、円卓の朋の方々からあなたへお声がかかりました」

「声?」

「えぇ。単刀直入に言います。『魔術師』として、月陰家を継いでいただきたい」

 支離滅裂な話に、克望はこめかみを揉んだ。

「意味が分からない」

 取り壊しにより支持者が減ることを恐れての水引家の判断だろう。そこは理解はできる。

「両親は死んだのでしょう。そのうちにとは思っていましたが、継ぐ前に家は取り壊されるという話でしょう」

 克望の頑張りは終わったのだ。ないものは継ぎようがない。

「まだご両親が亡くなったことは公にはなっていないのです」

 職員は告げた。

「遺体はお屋敷の地下で見つかっています。発見者は月陰家の者のみ。速水ですら知らされていません」

「速水さんですら……」

「はい、あなたの担当である彼にも」

 克望は頭の中を整理する。今このときに話しかけに来たのだ。今しがた両親が亡くなったものだと思っていたが、速水に話がいくことを恐れて、今この話をもってきたともとれる。

「速水さんは陽家の『魔術師』ですか」

 意外にも職員は首を横に振った。

「そういうわけでは。ただ、一般人を巻き込むのも良くないと思っただけです」

「であれば、一つ教えてください。両親は、いつ亡くなったのですか?」

 克望の質問に、職員は淡々と答えた。

「四日前です」

 四日間経って公言されていないということに、何かおぞましいものを感じる。

「まさか遺体は」

「そのままです。行方不明にはなっていますが、今は隠し通しています。あなたに直接会う機会が数日後に回ってくると分かっていたものですから」

 克望の頭の中に血だらけになった両親の死体が無残に放置されているところが思い浮かんだ。『魔術師』のやり方は知っていたはずだが、あんまりだ。

 それからふと、克望の視線は刹那に向いた。刹那の揺れていた瞳は見間違えだったのか、今はいつもの無表情のまま人形のように固まっている。

 しかし、先ほどの様子をなかったことにはしたくなかった。

「最初の質問ですが」

 故に、克望は決めた。

「私がその気になるには、一つ条件があります」



 克望の両親が亡くなった屋敷に行くこと。それが克望の出した条件だった。妹であれば、家族の死に何か行動をしたいというはずだと、そう思ったのだ。

 しかし、屋敷に行くには一度、明鏡園の外に出なくてはならない。

「亡くなったのは、別荘地のほうでしたか」

「はい。本家でなかったので、幸いといってよいのか、すぐに向かうことはできます」

『異能者』を飛行船に乗せるには少々手続きが厄介らしく、そうではなくて助かったと言いたいらしい。久しぶりの馬車に揺られながら、克望は外の様子をちらちらと盗み見た。

「やはり当時から変わっておりますか」

 同じ馬車の向かいに座っているのは、克望に声を掛けてきた職員だ。名前は、岐路(キロ)という。背の高い細身の男で、速水と比べると些か頼りなさが顔に出ている。

「いえ、いうほど変わってはいません」

 克望の隣には刹那が人形のように座っている。こちらは外の様子に全く興味がないようだ。やはり、公園でのやりとりは何かの勘違いだったのだろうと思うことにした。


 久しぶりの屋敷が見えてきた。門へと近づくと、すぐに人気が無いことに気づかされる。既に人払いがされているようだ。一人だけ、女中が入り口に立って待っていた。

「お久しぶりでございます」

「散葉」

 腰を折って礼をしてみせたふくよかな女は、当時よりもずっと老けてみえた。

「頼んでおいた案内人です。行きましょう」

 岐路に催促され、感慨に浸る間もなく真っ直ぐに屋敷のなかへ進んでいく。記憶の屋敷と驚くほど変わっていないのに、どこか寒々しいと感じるのは、人気がないからだろう。お陰で、里帰りという気分にはなれなかった。

「地下は、この先から行くことができます」

「まさか、自分の家にこんな地下があったとは……」

 散葉の案内に、克望は驚くしかなかった。父の部屋の裏の書棚がまさか開き、部屋が現れるなど思いもよらない。その部屋から下り階段が続いているのも想像を越えている。

「克望様がご存じないのも無理はありません。家を継がれるときに地下についても全てお話するはずでしたので」

 階段の下は想像以上にひんやりとしている。同時に、血の臭いが漂ってきた。

「あまり気分の良い場所ではないですが……」

 岐路が気遣ったのは克望と散葉の二人にだ。確かに子供とただの女中に、暗殺者の手に掛かったまま野ざらしにされている死体は刺激が強すぎる。

「大丈夫です」

「私も同じです。お気遣いありがとうございます」

 意外にも散葉は克望と同様に引かなかった。むしろ力強く誰よりも堂々と歩いていく。

「暗いので明かりを灯させてください」

 散葉が手に持っていた蝋燭の火をうつすと、途端に部屋が一段明るくなったように感じた。そのおかげで地下の様子がはっきりとその輪郭を現す。

「これは……!」

 そこは広々とした書斎だった。恐らくいくつかの棚には魔術書が保管されているのだろう。それ以外にも歴史や哲学、法学に経済学まで、幅の広い分野の書物が貯蔵されているようである。

 それらの本が並んだ棚下に黒い沁みが広がっていた。

「本が悪くなることも考えましたが、人手を増やすと漏れる可能性がございましたので」

 棚をぐるりと回れば、棚の反対側の様子が見えてくる。克望の視界に映ったのは、木の机だった。その机の上には本と、湯飲みと思しき陶器の欠片が飛び散っている。

 そして、机の手前に倒れたままなのが、両親の遺体だった。さすがにそのままというわけにはいかないと思ったらしく、そっと布をかぶせてある。

 けれど、それ以外はおぞましいほど当時のまま残っていた。克望は最期の姿を拝むべく、敢えて布を捲った。

 母は黒いしみのなかで背中をみせて倒れていた。その首元にあいた穴は、ナイフかなにかで一突きされたようだった。父は暗殺者と揉み合ったらしい。手にしていたと思われるペンが真っ二つに折られて転がっている。父の身体中の切り傷は抵抗する父を弱らせるためのもののようだ。蹴られたような跡もあり、歯を剥き出し誰かを睨み付けた父の目は、死者になっても尚暗殺者に牙を剥いていた。

 ごくりと息を呑む。父は最期の最期まで父だった。克望には真似できない、厳格な男の死に様がそこにある。

「旦那様にお茶をお出しするのは本来奥様の御役目ではございませんが……、この日だけは疲れている旦那様にお茶をお渡ししたいとおっしゃられて」

 散葉は当時を思い出したのか、声を詰まらせて涙を流し始める。

 克望は、じっと目の前の遺体を見つめていた。

「いかがなさいましたか」

「犯人は、暗殺者という話でしたが」

 克望自身は探偵でも何でもない。それでも気になるものがある。

「一人ですか」

「さすがに、屋敷には人の目もあります。複数人で入り込むことはしなかったのでしょう」

 二対一だったから、暗殺者は父と揉み合った。恐らく母を不意打ちした後に、暗殺者に気がついた父と揉めたのだ。これが複数人なら同時に不意打ちをしただろう。父も母も『魔術師』ではあるが武の達人というわけではない。あっさりとやられていたはずだ。

「首元を狙うのは、暗殺者ならよくあるのですか」

 偶然だろうか。母の死に様が妹と同じなのだ。

「常にとまでは言いませんが。ただ、私も素人ですのではっきりとは」

「そうですか」

「どちらにせよ、陽家の者でしょう」

 確かにそう考えるのは自然なことだ。敵対している派閥の『魔術師』が暗殺者を仕掛けるのは、あまりによくあることである。

 克望たちが話し込んでいる間に遺体の近くへ跪いた刹那が、何かをそっと持ち上げてみせた。

「糸……」

 くたびれた金色の糸だった。紙の切れ端ならまだしも、地下の書斎ではあるはずのないものだと、克望はそう受け止める。

「犯人のものなのでは」

 期待を込めた克望の言葉に、岐路は首を横に振った。

「そうは言いきれないかと。それに仮にそうだとしてもそんな糸だけでは」

 特定は難しいようだ。簡単にいくものではないと分かって落胆する克望に岐路は続けた。

「暗殺ギルドを突き止めたところで、裏で糸を引いているのは『魔術師』なのですから意味はないでしょう」

 確かに、岐路の言う通りだ。結局、実行犯を突き止めたところで『魔術師』に繋がる証拠を素人の克望たちに突き止められるとは思えない。ましてや克望は今だけ特別に実家に帰してもらっている身なのだ。犯人捜しの自由も『異能者』には与えられない。

「克望、犯人突き止めたい?」

 にもかかわらず、刹那はあくまで淡々とそう訊ねられ、克望は言葉に詰まった。

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