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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
593/993

その593 『対峙、式神』

「もっと優しくできないんですか!」

 乱暴に落としたからか、ワイズから批判される。

「そんな余裕……」

 リュイスが追い付いてきたが、刹那もすぐにやってくることは自明だ。更に時間を掛ければ掛けるほど、式神の数が増えていく。今目の前にいる三体を相手どるだけではすまなくなる。そんな余裕あるわけがないと答えようとして、己を振り返った。

「うん、あってもしないわね」

「あなたが喧嘩を売っているのはよくわかりました!」

 ワイズの口が悪いのがいけないのだ。

「それはともかく、来るぞ!」

 レパードの掛け声と同時に三体の式神が動いた。そこに意識を割かれたイユは左右の扉から同時に式神が乱入してきたのに気づき、慌てて距離をとる。ワイズの首根っこを掴んで運ぶ羽目になったため、ワイズがまた目を回している。

 けれど、正直身を守ってやっているのだから感謝してほしいほどだ。先ほどまでワイズがいた場所にはナイフが刺さっている。続けて飛んできたナイフを首を後ろに倒して避けたイユは、右手にいた式神に向かって飛んだ。すかさず、鞄を振り回す。

 残念ながらそこで素直に当たってくれる相手ではない。さっと身を屈めた式神がイユの懐へ入ろうとしてくる。

「刹那っぽい動きね!」

 言葉を吐くだけの余裕はあった。何よりイユの武器は鞄が主ではなく、自身の手足だ。足で思いっきり式神を蹴り飛ばす。式神の腰へと命中し、式神は大きく後方へ吹き飛ぶ。

 しかし、安心はできない。思いのほか軽い手ごたえだったのだ。式神が威力を抑えるべく、わざと大きく下がったのだろう。距離をとって体勢を立て直そうという腹かもしれない。受け身をとろうとする動きを見せてもいる。

 わざわざ相手の出方を待つ必要はない。イユは着地の瞬間を狙うべく、追い打ちを掛けようと駆け出す。単純な速度ならイユのほうが上回る。このままいけば追いつけると思われた。

「危ないですよ」

 ワイズの警告の声と同時に、踵を返して後退する。先ほどいた場所には変わった形の投擲道具――、後で聞いたが手裏剣が、突き刺さっていた。

 新手の式神である。先ほどまで戦っていた式神に余裕を与える形になってしまったが、文句もいっていられない。続けて投擲される手裏剣に、すかさず距離をとる。立て続けに床に手裏剣が突き刺さっていく。

「鬱陶しいわね」

「しつこいのが、取り柄」

 意外なところから返答があり、ぎょっとする。すぐ背後から聞こえたのは、紛れもなく刹那の声だ。身を翻して距離をとろうとしたイユの前で、ナイフが通り過ぎる。前髪を数本持っていったそれは、ほんの一手遅ければイユの顔を切り裂いていたことだろう。

 ひやりと肝の冷える思いは、目前に現れた刹那を死神のように錯覚させる。服装も合わせて白系統で纏められたその姿は、冷たい死を連想させたのだ。

 思わず及び腰になり、それを隙ととらえた刹那によって続けざまにナイフを投擲される。

 寸前で身体を捻ったイユは、刹那の動きに躊躇いが全くないのを嫌でも悟る。誰よりも躊躇しそうなリュイスが必死になって応戦するはずだ。本気でいかなければ、殺される。

 そのリュイスのものであろう翠の髪が、避けた拍子に視界の端に映る。おそらく、別の式神とやりあっている。位置で考えると、ワイズも近くにいるはずだ。リュイスならまず、ワイズを庇いながら戦っていることだろう。

 そうなるとイユの相手は目前の刹那だ。刹那がナイフを振り下ろすのを見届けたイユは、身を捻って躱す。地面に手をつき、そのまま異能で地面に力を込める。反動で飛び上がった勢いを生かして、続けてやってきた刹那のナイフによる投擲を避ける。ワイズをリュイスに任せている以上、逃げに徹するつもりはない。早速蹴りを入れようとしたが、刹那は動きを読んでいたようで後方に退く。そのついでとばかりにナイフを投擲され、イユは身を捻って再度飛ばねばならなかった。それどころか、刹那は更にナイフを振りかざしてくる。その速度が速すぎて、避けるので精一杯だ。気づくとイユの背後には壁があり下がれなくなってしまった。続けて投擲されたナイフが壁に突き刺さる音を聞く。首を動かして避けていなければ、刺さっていたのは壁でなくイユの眉間だ。

 刹那の背後で、ワイズとリュイスが応戦している様子が確認できる。ワイズもただ守られるだけのつもりはないらしく、杖を両手に持って手裏剣を叩き落としてはいる。魔物相手では全く役に立った覚えがなかったが、一応護身術程度は身に着けているようだ。

 けれども、リュイスもワイズも手一杯の様子で、当然助けは期待できない。

 続けざまに投擲されて避けようとしたイユは寸前で踏みとどまる。刹那がイユの動きを予測して進路上にナイフを投げていたからだ。一歩先に進んでいたら、まんまと突き刺さっていたところである。たじろいだイユは身体を動かそうとして、腕がつっかえているのに気づく。見やるといつの間にか服を壁に縫いつけるようにしてナイフが突き刺さっていた。

 イユが寸前で踏みとどまることまで予想してこのナイフを刺していたのだとしたら、まんまと罠にはまっている。思わず呻いたイユの前に、隙ができたとばかりに刹那が踏み込んでくる。無理やり服を引きちぎったイユは刹那のナイフを寸前のところで姿勢を低くして避けきる。

 しかしながら、刹那はイユの動きを予測していたと見えて、すぐにナイフで下から上へと斬り上げる。元々背後は壁で逃げようがないのだ。ナイフを持つ手を取り押さえたかったが、その隙も与えられなかった。このままでは一発喰らう。その一発を甘んじて受けることはしたくない。何せ、イユは一度毒入りナイフで斬られて生死を彷徨っている。刹那が毒を仕込んでないとはいえない。

 寸前のところで避けられたのは、背後で爆音がしたおかげだ。刹那の背後で光が満ち、扉近くの天井が大きく崩れていく。その音に気を取られた刹那の隙をついて、イユは一目散に部屋の真ん中へと走った。爆音と光ときたら、レパードの魔法だ。部屋の外では悲鳴が聞こえてくることから、恐らくは外からこれ以上増援が入ってこられないよう天井を崩すという荒業をしたのだと想像できた。

「無事か!」

 部屋の真ん中へと走るイユに向かって聞こえてきたのはレパードの声だ。

「何とかね」

 返しながら、イユはその姿を目に留める。服を破ったイユに比べると、怪我一つなく平気そうだ。珍しく息は上がっていたが、それは近くに落ちている大量の手裏剣を見れば納得できる。

「倒せたの」

「紙が落ちているだろ。式神を倒すと、全員あの紙に戻る」

 言われてみれば確かに手裏剣とは別に紙も落ちている。小さく折られた紙が人の姿をとっていたと言われても正直腑に落ちないが、実際に戦ったレパードが言うからにはそうなのだろう。

 イユの背後で風が巻き起こり、振り返ると刹那が大きく後方へと跳ぶ瞬間だった。おちおち会話もしていられない。

「追ってこられる前に追いかけましょう!」

 やってきたのはリュイスとワイズだ。先ほどの風は言わずもがなリュイスの魔法だろう。

 刹那を相手にしていたら、被害が出かねない。それより克望だ。リュイスの声に頷き、出入口を探す。

「こっちだ!」

 リュイスは再び魔法を放って刹那とイユたちの間の畳を巻き上げた。さすがの暴風には対処できないらしく、刹那は防ぐ仕草をしている。

「今のうちだ!」

 廊下を駆け、建物の中を走り出す。相手は既に見失っていたが、こうなれば片っ端から探すしかない。

「幸い、他の式神は刹那ほどではないようです」

 リュイスが後を追いかけながら、そう告げる。その言葉には、心底救われる思いがした。もし全員が刹那並みであったなら、イユはもう太刀打ちできる自信がない。

「場所を見失ったのが痛いわ」

「とにかくしらみつぶしだ。行くぞ」

 レパードの掛け声に全員が頷いた。


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