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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その592 『忍んでからの』

 この後どう動けばよいのだろう。

 見張りは、克望に知らせてくると言っていた。上手くいけばここで待つだけで、克望に会うことができるかもしれない。そうすれば、克望を捕えてセーレの皆の場所を吐かせることができる。

 一方で、状況が状況だ。当然警戒してくることが予想される。見張りがきては対処が大変になるかもしれない。それ以前に、本当に本人が古代語が書かれているというだけで顔を出すのかどうかも怪しい。

 イユは部屋を改めて見回す。馬車が三台までは置けそうな部屋だ。隣にも一台同じ大きさのものが置かれている。その隣は空いていた。天井は意外と高く、質素な造りの照明がぶら下がっている。地面は土であり、壁はざらざらとした土壁のようにも見えた。部屋全体に木の匂いが充満していて、むせ返るほどだ。

 この部屋がどの建物に近く、どういった建物にリーサたちがいる可能性が高いのかは分からない。特にリーサのいる場所は昨晩全員で話し合ったが答えはでなかった。人目につかない場所だろうと予想できるが、そこからが分からない。

 悩んでいたイユはとんとんと肩を叩かれて、振り返った。リュイスが指で合図している。隣の馬車の物陰へ移ろうと言っているようだ。

 頷き返したイユはすぐに隣の馬車へと移動した。振り返り、ワイズとレパードに合図を送る。

 意図を察したワイズが追いつき、レパードも腰をさすりながらだったが、駆け寄る。レパードは長時間狭い場所にいたのがよほど堪えているようだ。

 物陰から部屋の様子を確認しながらも、痛そうにしているレパードを見ていたら、こんなときだというのに笑みがこぼれそうになる。「年には敵わないわね」と言ってやりたくてうずうずした。そうしてふざけたことを考えていると、緊張が解れたのか自然とやるべきことが見えてくる。

「克望が無防備なら襲う。式神を連れていたら隠れてやり過ごす、でいきましょう」

 イユが提案すると、すぐに頷きが返ってきた。全員、異論はないようだ。


 少しすると、足音が聞こえてくる。

「例の馬車は、ここに置いています」

 兵士の声がして、「ご苦労」と聞き覚えのある声が返った。克望だと分かり、はっとする。こうも簡単に本人が釣れるとは思わなかった。

「まずはメッセージとやらを確認してみないことにはな」

 足音が近づいてくる。聞こえるのはたったの二つだ。自分の屋敷の中だからか、警戒心が薄い。別荘地の周りに屋敷にと、見張りと式神を置いているから、慢心しているのだろう。

 故に、イユは腰を低くして構えた。取り押さえるとしたら、今が好機だ。

 足音が更に近づいてくる。一つに減った足音に、イユは目を細めて様子を窺う。地面に伝う影から判断するに、克望本人か兵士のものだろう。少なくとも背の低い式神ではない。警戒するものが一つ減り、やることが定まった。

 じわじわと近付いていく。四人のなかで瞬間的に早く動けるのはイユかリュイスだ。ワイズは論外だし、レパードは馬車で固まったせいで動きが悪い。魔法で失神させるなら良いが、今回は相手の意識がある状態で取り押さえたい。

 故に、出番は二人に絞られる。自身を指差した後、リュイスに目配せをする。イユが動くことを伝えたのだ。

 足音が止まる。馬車に充分に近付いた男の姿がイユの目に映った。きらきらと艶のある黒髪を後ろに撫でつけるようにした、シェパング独特の装束に身を包んだ男。声と影とで確認はしていたが、紛れもない本人だ。

 その男がメッセージを見るべく、馬車へ顔を近付ける。


 今だ。


 イユは足に力を込めて、男へと向かって飛び込んだ。馬車からイユがいた場所まではたった数十歩。イユであればコンマ数秒もあれば充分に詰められる距離だ。その距離の合間に、警告の声が響き渡る。

「克望。伏せて!」

 イユの目に飛び込んできたのは、驚いた顔をする間抜けな『魔術師』ではなく、白銀の髪をなびかせた幼い刹那の姿だった。


 近くにはいなかったはずだ。少なくとも、影は見つからなかった。

 けれど確かにその姿は、疑いようもない本人だ。


 そんな思考は今この瞬間には不要だった。何より、刹那の手に握られたナイフが、イユへと飛び込もうとしている。飛びかかっていた最中なのだ。突然の乱入に避ける余裕などはない。焦りに、身体は反応できない。


 切っ先がイユの胸を突こうとしたところで、強い衝撃が横から掛かった。

「リュイス!」

 誰の仕業か分かり、その人物の名前を叫ぶ。地面へと着地したイユはすぐに目の前の様子を視界に入れる。

 リュイスが刹那と剣とナイフをぶつけ合っていた。その力は意外なほどに拮抗している。故に、イユは何が起きたか理解する時間を与えられた。リュイスがイユを助けるべく押し退け、刹那のナイフに剣を合わせたのだ。

「屋敷に潜入したか」

 刹那に押し退けられた形で尻餅をついていた克望が、大して驚く様子も見せずに、そう一言発する。

 のんびりしているように見える『魔術師』には、当然レパードの魔法が襲いかかる。

「なっ!」

 ところが、そこに立ち塞がったのは突然現れた式神だった。肉壁となった彼女らは、魔法の衝撃に身体を震わせその場に崩れ落ちる。


 知らなかった。克望は一瞬で式神を呼び出せるのだ。


 それは、イユの警戒心を一気に高めると同時に、軽蔑の感情を懐かせる。

 克望の、式神を盾に使うやり方はとてもでないが、生きている人間への扱いではない。たとえそれが、自身の力による式神という名の人形だったとしてもだ。イユならば人の形をしたそれを、そうと知っても尚使い捨てにはできない。

 部屋の外へと消えていく克望を見て、我に返った。

「逃がさないわ!」

「賊だ! 克望様をお守りしろ!」

 駆け込むイユの前に、今度は刀を手にした兵士たちが取り囲む。

「鬱陶しいわよ!」

 イユはすかさず兵士たちの元へと駆け込み、蹴りつける。刀で受けようとした者は刀ごと後方へと弾き跳ぶ。朝焼けの光を浴びて、兵士たちが弧を描いて近くの小川に落ちていく。

 イユにとってこの程度、敵ではないのだ。斬られればただではすまないが、避けさえすれば異能で蹂躙できる。

 しかし、その間に屋根に待機していた式神たちがやってくる。こちらは別だ。イユでも相手にすると、厳しい。

「取り逃がしてますよ!」

 駆けつけたワイズの警告は、イユも充分に理解している。克望は、とうに近くにあった建物のなかに逃げ込んでいる。

「リュイス! 追うぞ!」

 刹那とやりあっていたリュイスの元に、レパードの魔法が飛ぶ。それで刹那が倒れてくれれば良かったが、刹那はまるで見えているかのようにレパードの魔法を避ける動きをする。イユにはできない芸当に、以前よりも腕が上がっているような錯覚があった。

 とはいえ、リュイスに逃げる余裕ができたのも事実だ。

「うわっ!」

 イユは小脇にワイズを抱えるとレパードを追って走った。こうなるなら、ワイズを置いておくべきだったかと後悔する。

 けれど、ワイズは意外と頑固で意見を曲げないのだ。置いていけば嫌がっただろうことは容易に想像できた。それに、リーサたちがいるなら万が一のため怪我人を助けられる存在は必要だ。

 結局ワイズの治癒の魔術を当てにしている自身に辟易しつつも、イユは速度を上げる。目の前に着地した式神のすぐ横を走り抜ける。刹那だったら投擲の一つでもしていただろうが、その式神の武器に投擲するものはないのか反応がなかった。それ幸いと、屋敷への道を突き抜ける。

 建物は襖一つあるだけの造りだから、壁や頑丈な扉に阻まれる心配はなかった。レパードに続いて駆け込んだイユは、障子を突き破って進んでいく。克望の姿はイユの位置からでは見えないが、レパードはまだ足を止めていない。見失っていないはずだ。

「避けろ!」

 前を走っていたレパードから警告の声が上がる。イユも一拍遅れながらも気がついていた。天井から式神が三体降ってきたのだ。通路を防ぐ形で現れた三体に、さすがのイユたちも足を止めざるを得ない。

「どきなさい!」

 レパードがすかさず銃弾を撃ち込むが、式神は首をことんと傾けるだけで避けてみせた。外にいた式神はまだ動きが心なしか刹那より鈍かった。

 だが、この式神は違う。危機感を感じて、イユはワイズを持つ手を離した。

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