その59 『説得』
食堂の扉を開けると同時に、中にいた船員たちからの視線が刺さった。戸惑い、恐れ、警戒。彼らの顔に浮かんでいる感情に、平静を装う努力を強いられる。
しんと静まり返ったなかで、きょろきょろと椅子を探す。元々放送から時間が経っていないため、数組しか集まっていないせいもあるのだろう。席は疎らで、その気になればどこにでも座れそうだ。ちなみに探してみたが、リーサの姿もなかった。
「イユさん、あちらに」
リュイスの視線を辿ると、その席には刹那が一人ぽつんと座っている。
イユたちがそこへ向かって歩き始めると、ようやく向けられていた視線が外れた。船員たちの話し声が聞こえてくる。扉から次から次へと船員たちが入ってくることもあって、すぐに賑やかな雰囲気に変わっていった。
「隣良いですか」
リュイスの言葉にこくんと頷く刹那は、相変わらずの無表情だ。イユがここでセーレにいたいと言えば、同じように頷いてくれるだろうという気がした。
けれど、リュイスは刹那のことを名前には出さなかった。立場から言えば、以前セーレにお願いしたと言っていたのだから、ギルド員なのだろう。単に刹那が忙しいからか、それとも別の意図があるのか、よく分からないでいる。
加えて、刹那自身のことも測りかねていた。看病をしてくれたときと、以降のどこかあっさりとした対応との違いで、刹那がイユのことをどう考えているのか読めないのだ。
「お前は黙って歩けないのか」
「いひゃい、いひゃい。そんな乱暴にしないでってぇ」
廊下から聞こえてきた声に、再び食堂は静まり返った。全員の視線が、レパードとブライトと思われる声のやり取りを追って扉へと向かう。
「ほら、ほら。あたし一応怪我人なんだし」
「お前のは掠り傷だ!」
などとの口論の後、すぐに扉が開かれる。ブライトのことは既に船員たちに広まっているのだろう。登場までの騒がしさもあってか、イユのとき以上の視線が扉へと殺到する。
レパードに首根っこを掴まれたまま中へと入ったブライトはそれらを見て、一言感想を述べた。
「んー、なんかスターにでもなった気分だねぇ!」
何をどう間違えればそういう感想に行きつくのだろう。船員たちの視線が、一気に胡乱なものを見るものへと変わる。
呆れ返ったレパードが、余った片手で帽子をくしゃりと潰していた。
「レパード」
そこに、リュイスが声を掛ける。
振り仰ぐと、席を立ったリュイスが手招きをしているところだった。
恐らくは今の席を今回の主役もとい元凶で揃えてしまおうという魂胆のようだ。確かに視線が右に行ったり左に行ったりしなくてすむが、ブライトと一緒にされたくはない。今なら胡乱な視線までついてくる始末である。刹那など、完全に視線のとばっちりだ。
「数時間ぶり、お久しぶりだね。皆!」
「……なんであんたはそんなにテンションが高いのよ」
やってきたブライトに意気揚々と挨拶をされて、頭を抱えたくなる。船員たちの視線を涼やかに浴びて気持ちよさそうにしているあたり、きっと魔術師の感性はイユたちと大きくずれているのだろうと考えることにした。
「乗り遅れた船員です」
リュイスはすぐに腰を下ろしたレパードに文字の綴った紙を渡している。どうやら、主役を集める意図とは別に渡したいものがあったようだ。確かにイユの部屋で渡そうとした紙とは別に何か文字を綴っていたとは思っていた。
「おぉ! すごい達筆」
横からそれを見ていたブライトが感心の声を挙げる。察するに、乗り遅れた船員の名前とその状況が綴ってあるのだろう。
「二人か。思っていたよりは少なかったが、合流できるかだな」
「とりあえず、インセートで合流するようにと鳩を飛ばしておきました。飛行石もつけて」
「どこかの誰かが買い漁ってくれていたからな。その石でどうにかしてくれるといいが」
「はい……」
二人の話から、リュイスがイユと合流する前にどのような仕事をしていたか察しがついた。リュイスの仕事は、人の管理なのだろう。
「少し抜けます」
それからリュイスが席を立ち、テーブルにはレパードとブライト、イユ、刹那の四人になる。そうこうするうちに視線も紛れ、暇を持て余したブライトが口笛など吹き出した。
「喧しいぞ」
「えぇ? 口笛ぐらい良いじゃない。ほら、もっと寛容になってくれても、ねぇ?」
レパードに文句を言われたブライトはすかさず刹那に話を振っている。ところがその刹那に小首を傾げられ、残念とばかりに肩を竦めた。
はじめて会ったときの刹那に対する意味深な反応は、幾ら確認してももう見られない。
「ん、イユはあたしに同意してくれる?」
視線に気がつかれたのだろう。同意を求められて、イユは慌てて首を横に振った。
「私はブライトの存在自体が喧しいと思うわ」
ぷくっと頬を膨らますブライトを見てか、イユの言い方が面白かったのか、くすっとどこかで笑い声がした。声の主を探すと、少し離れた席でクルトが小さく手を振っている。
クルトと一緒に座っている金髪と黒髪の少年たちが何やら話に夢中になっている。その間を利用して、ちらりと合図をしたようにも見受けられた。
「用事はすんだのか」
「はい」
リュイスが戻ってきた。席に着く様子を眺めてから、再び視線をクルトに向けたが、そのときにはもう、クルトはイユの方を向いてはいない。どうも少年たちの会話に入り込んで、盛り上がっている様子だ。
諦めたイユは視線を戻した。ぶらぶらとぶつけてくるブライトの足をテーブルの下で蹴り返してから、周囲を見回す。船員たちがかなり集まってきていた。いつの間にかとても賑やかだ。
クロヒゲもやってきて、
「来られるだけ全員集まりやした」
と報告してくる。
そのときにも目を凝らして周囲を確認したが、リーサの姿は見つからなかった。ほっとするのと同時に、気持ちが暗く沈んでいく。
リーサは掃除したり洗濯をしたり料理を手伝ったりと、船員たちの生活を支える仕事をしている。見張りなどのどうしても外せない仕事をしているわけではない。だからこの集まりに来られないほどに、忙しいとは考えられない。つまり、リーサはイユと会いたくなくて、わざと席を外したのだと想像できた。
イユに手を振ったリーサは一体何だったのかと、疑問がちらりと湧く。
だが、答えは見えていた気もする。リーサの恐怖は、イクシウスの異能者に対するものだろう。烙印がばれたとき、泣いていた彼女を思い出す。リーサは裏切られたと思ったのかもしれない。ただの異能者ならいざしらず、イクシウスの関係者である証の烙印まであったのだ。もう今までのようにリーサと仲良く会話できる関係にはなれないのだろう。
「さて、察しのとおり予定外のことが起こってだな……。皆にも説明しておく」
レパードの言葉で視線はイユたちへと集まる。途端に食堂は静かになった。船員たちがこの現状に何らかの答えを期待していることはよく伝わってくる。イユも気持ちを切り替えることにした。
「まず、ここにいる魔術師についてだ」
レパードは帽子を深くかぶりなおす。
「大変不本意なことだが、ギルドからの依頼でこいつを護送することになった」
ギルドの依頼とは寝耳に水だ。動揺故か、イユの心情を表すように騒ぎだす船員に、レパードは静かにしろと合図する。
「文句は本部にいるマドンナに言ってくれ」
マドンナが何者かはわからなかったが船員たちの静まりようから、ギルドの上の立場にいる人物なのだと察する。
「念のため、こいつの素性を言っておくと、ブライト・アイリオールっていうシェイレスタの魔術師様だ」
それを聞いたブライトが満面の笑みで盛大にピースをする。
そこに間髪入れずレパードが拳骨をくらわした。
「いひゃい、いひゃい。護送相手を傷つけていいわけ?」
それを無視してレパードが皆に宣言する。
「俺は魔術師が嫌いだ。依頼だから護送はするし殺しもしないが、それ以外なら何してもよいと思っている」
レパードの言葉には凄みがあった。足の一本や二本とれてもいいだろうと言い出しかねないと感じたほどだ。
それを聞いていたはずなのだが、ブライトは何故か両腕を腰にあてて満更でもない顔をしてみせる。
「それでは心置きなくシェイレスタまで運ぶように」
「インセートまでだ」
ブライトの言葉を両断する。
「えぇ?」
と、驚きの顔を浮かべるブライトにレパードは取り合わない。
「インセートならギルドもある。俺はお前らと関わりあいたくないから他のギルド員に任せる」
「えー! 責任感は? お仕事途中放棄で心は痛まないの?」
「……しいて言えば今お前の口を止められないことに心が痛んでいる」
後半はいつもの軽口になってしまったが、前半の言葉からレパードはあくまでブライトの思い通りに動くつもりはないのだろうと気づく。
――――しかし、ギルドの依頼というのは本当なのだろうか。
レパードと別れる前、そのような話は一言も出てきていない。後から切り札を持っていたブライトが手を打ったのだろうか。或いは、皆を納得させるためのレパードの作り話という可能性も視野に入る。
「何か質問がある奴はいるか」
レパードの質問に、食堂の奥の方で一人が手を挙げる。立ち上がった人物をみて、はっとした。甲板にいたレンドだ。
「なるほど、魔術師の件はわかりました。けれど、その異能者がついてきたのはどうしてですかねぇ」
その言葉に船員の視線がイユへと殺到する。当然、そうした質問が来るだろうとは思っていた。
「あぁ、まだ話してなかったな」
レパードがそう言って手を振った。その仕草は一見何でもないように見えるが、実は隣で代わりに発言しようとしたリュイスを抑える役割を果たしている。
「この魔術師のせいでおろしてくる時間がなかったっていうのが大きな理由だ。知ってのとおり、兵士らに追われる羽目になったんでな」
ブライトは何故か、
「それほどでも」
と言って喜んでいる。
「……ついでにこの魔術師に暗示を調べさせたらシロだっていうのがわかった。とはいえこの魔術師をどこまで信用できるかという話もある」
「このまま乗せると……?」
「というより下ろす場所がない。いくらなんでも無人島に下ろすのは心が痛む。かといってイニシアへ戻すことはできない。となると、インセートが無難か」
レパードの話では、イユはインセートまでの同行は認められるらしい。おまけに暗示は『シロ』だと言い切ってみせた。
レンドがそれに納得できるかはさておき、イニシアに置いていかなかった理由が用意された。そのためか周囲の船員たちは仕方がないと言った、納得の表情を浮かべている。
「待って」
リュイスが発言しようと口を開けたのを見て、イユは先に声を張り上げた。リュイスはイユの想いを分かってくれていると解釈している。だから『レパードの話は約束とは違う、イユの件はリュイスに一任されていたはずだ』とリュイスならば言うはずだ。有り難い話だが、リュイスがここで話をしてしまうのは違うのだ。
それではイユの望み通りにはいかない。イユはイユの意思で自分の想いを伝えなくてはいけない。
「誰もインセートで下りるなんて言っていないわ」
イユはそう言って椅子から腰を上げた。
レパードが演技なのか素なのか、面食らった顔をしてみせる。
「私は、ずっとセーレにいる」
船員たちの誰かの息を呑む音がした。
ブライトが面白そうなものをみる眼でイユのことを眺めてくる。
「……住み着くつもりかよ」
レンドが吐き捨てる。
「そうよ。私はここにいたい」
リーサに拒絶され、船員たちに怯えた目で見られた今も、結論は変わっていない。イユはセーレが良いのだ。
「私がここで暮らすことがそんなに皆にとって悪いことなのかしら」
「話が違うって言っているんだ。お前がここに居つくのはな」
反論するレンドの視線がリュイスに向いている。黙っていれば、リュイスを責める発言が出ることは察せられた。
「それはリュイスとの話でしょう。私とはその話はしていないわ」
リュイスとレンドたちが話をしたのはあくまで、イユの知らないところでだ。
「私があなたたちとした約束は、インセートまで運んでもらうということだけ」
イユは初めて食堂に行ったときレパードにインセートまで運んでもらうことを約束した。遠い昔のことのように感じるが、たった数日前のことだ。
「どちらにせよ、それだと話がちげぇだろ」
レンドの視線がイユへと向き直る。ようやく話し合う気になったらしい。
しかし、レンドの指摘は的確だ。確かに、レンドの言う通りイユとの約束でも『話が違う』ことになる。それについては認めるよりほかにない。
「そうね」
だが、はじめにその約束を反故にしたのはイユではない。
「けれど、その約束は私がイニシアへ下りる話にまとまった以上、既に破棄されたはずよ」
イユは改めてレンドを見据えた。
「だから私は今ここにいる自分の意思を改めて述べさせてもらったの」
反故になった約束とは別に、新しく話をつける。それは何も間違ったことではないはずだ。勿論、これでは納得されないかもしれない。実際レンドの顔は苦いままだ。本当のところ、話が違うとは言葉だけで、イユと一緒にいたくないのだ。それが分かるから、気に入らなかった。
だが、藁を掴む思いでセーレに乗ったのだ。はいそうですかと大人しく下りるつもりは毛頭ない。
口を開かなかったレンドを見てか、今度は痺れを切らした様子で別の船員が立ち上がる。クルトと相席していた黒髪の少年だ。
「お前はリアと同じで危険な存在だ! 信用できるか」
今度は随分直球だ。だが、御託を並べられるよりはまだイユとしてはやりやすい。
「信用するかしないかじゃない。ただ、私はここに居ると言っただけよ」
イユはその少年を見つめ返して言おうと決めていたことを言った。当然だが、譲歩してやるつもりはなかった。言葉でゆっくり説得していくリュイスの案も悪くはない。
しかし、説得なんて言葉で折れるほど話の分かる連中だらけとは限らないだろう。それなら、この手を使うしかない。
「私をどうにかしたい奴はそれこそ私を殺すなり追い出すなりすればいいのよ。それができないくせに、喚いたところで全く無意味よ」
誰かに許してもらうとかそういう次元ではない。イユは実力行使でここにいたいと言い張ったのだ。
「すっごい力押し発言! あたしも真似しようかな」
感心の声をあげるブライトに、誰も返事はしない。
少年も呆気にとられた様子だ。
代わりに発言したのはレンドだ。ただし、イユでは話にならないという様子でレパードの方を向いた。
「……船長、最悪俺はこの船を下りるぜ」
リュイスに言ったことと同じ言葉を繰り返す。
「リアのときもだが、危機管理意識がなってねぇ。ここじゃ、いつ死ぬか分かりゃしない」
レパードがどうしてくれるんだと言わんばかりの顔で視線を送ってくるのをイユは無視した。確かにこの調子で、他の船員たちに下りられては船長としては敵わないだろう。それに下手をすると、船員が下りすぎてセーレが動かせなくなるかもしれない。レパードと敵対しないためにも、ここは「じゃあ下りれば」なんてことは間違っても言えないわけだ。
それでは、何を言えばよいか。
イユは周りにばれないようにこっそりと拳を強く握りしめた。
「勝手にするといいわ。でも、インセートまではどのみち無理よ。それまでにあんたたちの気を変えてやるわ」
「はぁ?!」
イユの発言にレンドは呆気にとられた顔をする。
残念ながら、イユの話に策なんてものはない。だが、言い切らないといけないときもある。
「お前、自分がどれだけあり得ないことを言っているのがわかっているのか?」
「そうね。難しいでしょうね。でも、言った通りよ。セーレが動かせないぐらい船員が減ったら元も子もないもの。だから、あなたたちにはここに残ってもらうわ」
「お前、俺を馬鹿にしているのか、あぁ?」
いきり立つレンドに、
「まぁまぁ」
と仲裁に入ったのはミンドールだった。
「レンド、大人げないとは思わないかい。一度落ち着こうか」
そうレンドを諭す。
正直に言うと、ミンドールの仲裁は適切だった。このまま話を続けたところで、ただの口喧嘩になってしまう。
レンドも、
「誰が!」
と、ミンドールに返しながらも何か思案した顔になった。
――――そう、レンドにもばれているのだ。
きつく握りしめたせいで、指はとうの昔に白くなっている。唇を噛み締めたせいで、血の味がした。
如何に無理なことを言い張っているのかはそれこそイユ自身が一番分かっていて発言しているのだ。子供の癇癪と変わらないそれに、ミンドールが気付いて諭しただけだ。
レンドは視線をそらすと、最後にこう言い捨てて席に座った。
「いいか、どのみちどっちが下りるにしろインセートまでだ。それまでに俺の気が変わるわけねぇ。そのつもりでいろよ」
黒髪少年のほうはレンドに言いたいことを言われたのか、舌打ちだけして大人しく席に座り込んだ。
「……話は一応決まったみたいだな。他の皆もそれでいいか」
反論の声は何も出ない。ようやくひと段落ついたその空気をかき乱したくないという様子にも感じとれた。
「それじゃあ、伝えたかったことは以上だ。ひとまずは解散」
食堂での出来事が幕を閉じ、イユは廊下へと出た。夕食も食べ終わり、あとは部屋に戻るだけだ。
「イユさんには肝が冷えるかと思いましたよ」
いい加減聞き飽きたお小言とともにリュイスも食堂からでてくる。
「いいでしょう。まとまったわけだから」
課題は山積みだが、ひとまずあの場だけは乗り切ったのだ。なんということだと、天を仰ぐ。嬉しさのあまり、手が小刻みに震えている。
「僕の精神上あまりよくないです」
ところが、そう言いながらもリュイスは特段困った顔をしていない。
リュイスの考えは読めなかった。実はイユのことなんてどうでもよいのかもしれない。リュイスの発言を止め勝手に無茶なことを言い出したのはイユ自身だ。自業自得だと見切りをつけられてもおかしくはない。
しかし、そうやって割り切ってしまうほど淡泊な人物でないことをイユは知っている。
それならば、本当にイユがレンドたちの気を変えられると思っていることになる。甲板でのレンドとの衝突を体験したのはイユだけではないはずなのに、信じられない能天気さだ。或いはこう見えて、相当に神経が図太いのかもしれない。
「とはいえ、イユさんがその気なら応援しないとですね」
リュイスが腰のポケットから取り出したものを見て、ぎょっとする。それで分かった。きっと、イユの発言に怒っているのだろう。そうこれは、リュイスの腹いせに違いない。
「それ……」
取り出したのは、深緑色が眩しい宝石だ。
「リーサに渡す約束の宝石です。イユさんは戻ってきたのですからイユさんからお渡しください」
畳みかけてリュイスは告げる。
「折角皆の気を変えると言い張ったのですから、リーサも例外ではないと思っています」
嫌味だ、と確信した。
「あんた、実は性格悪いでしょう」
「そんなことはないと思いますけれど……」
リュイスのその口調がやけに白々しく聞こえる。
「まぁ、いいわ」
イユは諦めて、襟を正すことにした。さすがにいつまでも嘆いてばかりいられまい。言い出しっぺは他でもない自身なのだ。
「自分の発言には責任を持つわ。……たとえ、リーサが否定したって」
後半がつい暗い声になってしまったのは、否定できない。
ところが、そこでリュイスは
「大丈夫です」
と断言してみせた。
「僕の口からは言えませんが、イユさんが心配しているようなことはないと思います」
リュイスも同じ場面にいたというのに、何故そうした言葉が出るのだろうと疑問が湧く。
何か知っているのだろうかと視線を向けたが、リュイスの表情は変わらない。どうも答えるつもりがないようだ。
「……明日よ。明日行くから」
今日はいろいろあったのだ。今日ぐらいは逃げても良いだろうと言い訳する。
リュイスもそれには頷き返す。
「その代わり、明日も甲板の手伝いをお願いします」
呆れ返ってしまった。どうやらリュイスは今日のことを全く懲りていないようだ。
「よくさらりとそんなこと言えるわね。私なんてレンドの顔を見るのも嫌なのに」
「ですがまず皆と同じ場所にいないと、説得も何もありませんから」
最もな言い分なだけに反論しづらい。
「リュイスはついていなくてもいいのよ?」
「いえ。僕は監視役でもあるので」
あくまで引き下がるつもりはないらしい。イユはじろじろとリュイスを見やった。いかにも頼りなさそうな細身の少年だが、ひょっとするとその心臓は鋼でできているのかもしれない。
「リュイス」
イユとリュイスが声に振り返ると、そこではレパードが手を挙げて呼んでいる。
先にブライトを部屋に連れていっていたのだが、それも終わったらしい。
「あとで航海室な。イユの部屋は……、意味ないと思うが、皆の安心のため魔法でもかけておくか」
こういうとき異能は不便だ。ブライトのように鍵をかけただけで出られなければ、感電死の恐れのあるノブに触れる可能性はないのにと思ってしまう。




