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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その589 『作戦会議中』

 こうして目にしてしまうと、息が詰まった。

 刹那は、あどけない顔立ちに無表情を張り付けたいつもの表情を崩さない。何度隙間から隠れ見ても同じことだ。仲間を裏切ったことへの未練や後悔は見られない。

 そもそも、セーレのことを刹那がどう考えていたかは分からない。イユと違い大切でも何でもないのかもしれない。それどころか、人でないというのなら、それらしい仕草をしていただけで本当は思うということ自体できないのかもしれない。

 イユは自分の心が再びぐちゃぐちゃになるのを感じた。はじめて刹那と対峙することになったときには時間も余裕もなかったから、それどころではなかった。

 しかし、こうして時間をもらってしまっては、逆にどう向き合って良いかが分からなくなってくる。結論はでないまま、ここにきてしまった。

「刹那……」

 リュイスの声に、イユの意識は引き戻される。人の優しいリュイスのことだ。刹那のことはショックだろう。

 しかし、とうにリュイスは刹那とやりあってもいる。一体どのような感情を抱えているのか、イユには読めなかった。

「遠目で見えにくいですが、あなたたちの船に紛れ込んでいた式神とは、あの人のことですか」

 ワイズが人呼ばわりしたのは、一種の配慮だろう。優しさというよりは、一々突っかかられたくなかったように見受けられた。

「あぁ。敵に回したくなかったが」

「確か強いという話でしたね」

「まぁな。セーレのなかでは群を抜いて一番ナイフの腕が良かった」

 刹那姫。そう、ジェイクが呼んでいたことを思い出す。『刹那姫はナイフに愛されているから』とは、よく言ったものだ。

「他の式神も同等の技量かもしれないと考えると、改めて克望はとんでもないですね。武力という意味で、ですが」

 確かに、克望は式神を複数配置できるようだ。その数もこれまでいた見張りの数を思えば計り知れない。その気になれば、街一つ制圧することも可能かもしれない。

「そんな危険人物の屋敷に入ろうって言うんだ。正々堂々は無理だな」

 レパードの言葉にイユは同意だ。それどころか、別荘地に入ったときに使った侵入方法も望み薄だろう。

「一応一周してみるけれど、見た限りでもかなりの人数が配備されているわよ」

 注意すべきは刹那だけではない。他にも式神はいる。それどころか別荘地に入ったときよりも、式神の数が圧倒的に多い。各式神の見張る範囲が狭くなるのだ。今回ばかりは隙が見つかるようには見えなかった。

「屋敷の構造を調べる意味もある。慎重に見てこられるか」

 レパードの指示で、イユとリュイスが頷く。一周するといっても街のなかで身を隠せる茂みはない。実際にはさりげなく歩いて場所を確認することになった。




「僕らで確認できた屋敷の作りは、こうです」

 ひとまず屋敷から去り宿をとったイユたちは、四人で黒色の机を囲んでいる。慣れない畳という床に上がると独特な草の香りがする。花も飾られていて室内だというのに自然と共にあるような心地がした。明かりをつけずとも障子が外からの光を通すのも影響しているのかもしれない。

 とはいえ、机を囲むのにわざわざ靴を脱がないといけないのは、心なしか面倒である。イクシウスとの差別化のために変わった文化を発展させるのは構わないが、こうした風習まで作るのは少々違和感があった。

「全体としては、こうなっています。僕らが先ほどまでいたのは、ここ。中門です」

 リュイスが描いているのは、部屋に置かれていた紙だ。ペンもついてきていたので有り難く使うことにした。

 紙には、四角形が大きく描かれ、その両辺の中央に線が小さく引かれている。そこが中門だった。中門という名前は、そこにいた見張りが話していたのを聞いてきたから知っている。

「門以外は、背の高い壁に四方を囲まれていたわ。そのせいで中の様子は詳しく見られなかったけれども、建物の大方の位置は想像がついたわ」

 建物の位置に見当がつくのは、屋根が見えたからだ。

「この中央に大きな建物、その背後と左右に別の建物があるわよ」

 つまり全部で四つの高い建物があるのだ。そして、門の隙間から確認する限りだが、それらの建物の間を渡り廊下が延びているようだ。確認できた範囲でも、廊下の様子は丸見えだった。壁がなく屋根と手摺だけの、室内と呼んで良いのか疑問の残る造りになっている。

 それとは別に小さな建物も別にある。分かる範囲でいうと、馬車を置くための小屋だ。馬小屋も別にあったので、車と分けて管理しているようだ。今泊まっている宿にも同様の設備があるが、それと同じである。

 そうしたものまで含めていくと、一人の人間が持つ家としてはかなり大きい部類になる。マゾンダの屋敷と同じくらいあるかもしれない。『魔術師』は大きな家に住みたがる生き物のようだ。

「刹那は、中門から見えた限りここにいましたね」

 中央の建物の隣にある屋根に丸をつける。それ以外にも式神の位置を分かる範囲で描きこんでいく。基本的にはどの建物の屋根にも潜んでいた。見えないが、家の中にも当然いるのだろう。

「建物の反対側は、庭か」

「えぇ。池のようなものが見えたけれど仔細は分からないわ」

 四角形の中央から上に建物が並び、中央から下には庭がある。その庭には池らしきものが見えたが、池と池を繋ぐ橋があるぐらいのもので基本的には平らな地面だったはずだ。庭側から侵入しても身を隠す場所はない。

 そうなると、侵入経路は建物のある側になるが、こちらはこちらで式神がいる。壁を上がったら最後、まず見つかることだろう。

「式神は、リュイスの魔法でさくっとねじ伏せられない?」

「刹那にそれが通用するかですよね……」

 イユの提案に、リュイスが思案顔だ。普通の人間なら、リュイスの風の魔法を受けたらまず防げない。それが刹那となると、防がれそうな気がするから怖いところだ。

「そうですね。見えている式神ならそれで行ける気もしますが、騒ぎになるので得策ではないと思います」

 リュイスの意見に、イユも想像する。式神がどうにかなっても、屋敷には先ほどの商人たちも入っていったし、他にも人はいるはずだ。烏合の衆といえばそれまでだが、騒ぎを起こしてその間に屋敷にいるかもしれないリーサたちをどこかへ遠ざけられてしまってはまずい。

「騒ぎを起こすのは、せめて仲間を助けてからのほうがいいわね」

 イユの結論に、「騒ぎを起こすのは確定ですか」とワイズが呆れ顔だ。

「商人が中に入れるんです。一番良いのは、商人たちに紛れることでしょうね」

 ワイズの代案にはレパードが反対した。

「簡単に言うが、屋敷に来るだろう人間は克望も分かっているだろう」

 商人なら誰でも通すわけではあるまい。当然、信頼されている人間に限るだろう。そうした人間は、たとえ頼み込んでもイユたちの同伴を許すとは思えない。何せ一人は空賊さながらの格好の男でもう一人はフードを被った少年だ。憎たらしい皮肉屋の子供もついてくるとなれば、幾らイユが普通ぶっても無理だろう。

「何も商人に成りすませというつもりはありませんよ。見張りに気づかれずに中に入ればいいんです」

「それが難しいんでしょう?」

 イユは怪訝になった。てっきり、商人を捕まえて脅す話に変わるのかと思ったのだが、ワイズの発想はそうではないらしい。

「たとえば、馬車に忍び込んで馬車ごと中に入れたら、どうですか? ろくな案がないんです。まだ良いと思いますが」

 イユの先ほどの考えは、野蛮だと言われそうなので控えることにする。

 それにしても、ワイズは中々引き下がる様子を見せない。そこには確信めいた自信すら感じられる。

「そこまで言うなら何か策があるんでしょうね?」

 そして、イユの確認に、ワイズは頷いてみせたのだ。



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