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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その588 『屋敷へ』

「幸い、薄暮時ですから昼間に比べたら見つかりにくいはずです」

 そう言いながら、リュイスはフードを被る。別荘地のなかは意外と人の往来があるからだ。見つかってはいけないのは、見張りは勿論のこと別荘地にいる人間も対象だ。

「あと、これを渡しておくわ」

 イユはワイズに布を渡す。咥えておけと言うと、怪訝な顔をされた。

「声をあげたらバレるでしょう」

「僕は一体どんな目に遭わされるのですか」

 怯えて言うならまだしも呆れ口調なので、可愛げがない。

「日頃の行いを振り返るといいわ」

 とはいえ、これはイユなりの親切である。かなり素早く跳ぶつもりなのだ。舌を噛むよりは良いはずだ。

 こういうとき、刹那の言葉が役に立っていることを嫌でも思い起こされる。はじめて洞窟で刹那とリュイスとともに休憩をすることになったとき、刹那は「布と武器と食料と砂時計は持ち歩く」と言っていた。さすがに砂時計は入れていないが布類は幾つか入れておいたのだ。





 出発のタイミングはイユに一任された。耳を澄ませ、周囲の様子を探る。

 正門のほうで、追い付いてきた馬車が見張りの兵士に声を掛けられる様子が窺える。馬車を護衛していた兵士を、見張りが労っているようだ。商人の二人も顔を出して挨拶をしている。証明書がどうとか聞こえてくるので、正々堂々と門から入るのはやはり厳しそうだ。

 けれど、騒がしくしているのであれば好都合だ。多少なりとも式神の気を引いているはずである。

「行くわよ」

 イユの合図を受けたリュイスが、すぐさま風を呼び始める。なるべく不自然な動きになるように、梢を揺らしていた。そこに、式神の視線が向く。

 リュイスがそのタイミングを逃さず走り出す。レパードがそれを追い、イユもワイズを抱えて走った。

 真っ直ぐ突き進むだけだ。あっという間に用水路が迫ってくる。前を行くリュイスとレパードはほんの一瞬だけ翼を見せる。普通の人間であれば飛べずに用水路に落ちているだろう距離を、翼が稼ぐ。

 一方、光とともに消えていく翼を、イユは見送りはしなかった。飛べないイユは、あくまで跳ぶしかない。足に力を込めて一気に跳躍する。リュイスたちのように弧を描くような飛び方はせず、用水路を越えて地面との最短距離をいく。目を開けていられないほどの速度で、リュイスとレパードを瞬く間に追い抜く。そして、すぐ近くの茂みへと飛び込んだ。

 その間、ほんの一瞬だ。

 がさがさと茂みに飛び込んだ音は漏れてしまったが、式神が振り返った頃には何もなかったに違いない。イユの脇に抱えられる形になったワイズが痛そうに呻いていたが、それも布のおかげで漏れていない。

 三人は互いに無事に着地できたことを目配せだけで確認し合う。そうして、すぐさま別荘地の道行く人々に紛れて歩き始める。幸い、服装に拘りはないらしく旅人姿の者もいて、浮いてはいない。ギルドも出入りしているからだろう。




 目を回していた様子のワイズも、ようやく落ち着いてきたようだ。

「気持ち悪いです」

「短時間なんだから、平気でしょう」

 歩きながら愚痴るワイズに、イユはまともに取り合わない。いつも馬鹿にされているのだから、ちょっとした意趣返しだ。

 そう思いつつもワイズを振り返り、その様子を見て溜め息を吐く。

「ちょっと、頭に葉っぱついてるわよ。取りなさい」

 全く、手の焼けることだ。

「それはそうと、意外と人がいますね」

「ギルドの人間を大勢雇っているんだろうが、街として栄えているといっていいレベルだな」

 レパードの言うように、庶民と思われる人々が意外と多かった。観光なのか仲良く街を歩いている母娘もいれば、そんな客を相手に店を出している商人風の男もいる。ギルドの建物自体は見当たらなかったが宿はあるようで、そこからギルドの人間が出入りしている様子も見られた。艶やかなシェパングの装束に身を包み髪を結った女の集団が、琴を弾き舞をしているのは、来る者を楽しませるためだろう。

 一方で、貴族風の出で立ちの人々も多い。とりわけ目についたのは女の集団を見て、酒を仰ぐ男たちだ。シェパングの装束を纏いつつ、高価な宝石など身に付けている。一様に赤い顔をして品定めをするような目をしていた。

 そうした様子を眺めていたら、レパードにさりげなく引っ張られた。確かにあの男たちのなかに『魔術師』がいる可能性を思うと、近づくべきではない。

 イユたちが何気なく正門のほうに回ると、ちょうど正門から先ほどの馬車が入ってくる頃らしく、賑やかな雰囲気があった。兵士たちと商人たちの間で随分と長い間話が弾んでいたようだ。イユたちとしては焦る必要がなくなり、のんびりと構えていられる。

 耳に意識を集中させながら通行人のふりをして近寄ると、商人たちの会話が聞こえてきた。見張りと分かれた後だが、兵士はまだいるらしく、三人分の笑い声が聞こえる。何やら盛り上がっているらしい。

「いやいや、ありがとうございました」

 などと聞こえてくる。

「しかし、折角、克望様がいらっしゃるのだ。旅の汚れを落としてからいくべきでしょうか」

 恰幅の良い男の余計な考えに、イユは足を止め掛けた。やめてくれと声に出しそうになる。宿に行かれたら克望のいる場所が分からなくなる。この商人たちをつけていた意味がなくなってしまう。

 そこに同じ気持ちだったか、細身の男が声を掛けた。

「兄者、我々の対面を気にして商品を遅く届けることになる のもよろしくないのでは。先に物だけ届けて後でご挨拶に伺うというのは如何でしょうか?」

 良い発案だとイユは頷きかける。それにしても、この商人たち兄弟だったらしい。恰幅の良い金髪の男は丸顔で穏やかそうな雰囲気を漂わせている。かたや細身で尖った顎をした猫背気味の黒髪の男は、どこか険があり陰気だ。随分と、似ていない。

「荷物の量を考えると、それが良いだろうな。克望様も多忙な方だ。すぐに時間を作れないこともある」

 兵士も弟の意見に賛成のようだ。そうなると、兄の意見は決まりだった。

「それならお言葉に甘えましょう。弟よ、行くぞ」

 馬車が明確に向きを変えて進み始める。

 ほっとしたイユたちは怪しまれない程度に距離をとりつつ、追いかけるのだった。




「ここが克望の屋敷……」

「分かっていましたが、大きいですね」

 イユの驚きにリュイスが感想を述べる。克望の屋敷は、この別荘地の殆どを占めるのではないかというほどに大きかった。これは、想像以上の規模である。これほど大きいなら道案内はいらなかったかもしれないなどと苦々しく思った。

 先行している馬車を引いた商人たちが、慣れた様子で見張りと会話する様子を見ながら、イユは溜息を吐く。

「見張りは変わらず厳重ね」

 屋敷の隙間からちらほら見える姿は紛れもなく式神のものだ。隠れてはいるが白装束ははっきりと確認できた。

 それどころか、イユは見てしまった。

 夕闇に溶ける屋根の上、見知った少女が足をぶらぶらとさせていたのだ。

 隠れるつもりもないのだろう。銀髪の髪をいじる仕草は退屈そうにしているようにも見える。

 けれど、顔はいつもと同じ無表情だ。そこに仲間を裏切ったことへの憂いもなければ、陽気な雰囲気もない。まるでただそこにあるだけの空気のように、座り込んでいる。

 ふと、少女の指先に蒼色の蝶が止まる。その蝶は羽を二回ほど閉じたり開いたりした後、花のある植木のほうへと離れていく。

 少女はそれを追うこともせず、視線を門へとやった。蒼い瞳がイユを捉えそうになる。


 やはり、間違いない。


 慌てて身を隠しながらもイユは確信した。

 紛れもなくそこにいるのは、刹那本人だ。


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