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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その587 『侵入作戦』

 数時間もすれば、ようやく別荘地が近づいてくる。のろのろと進む馬車は置いていき、イユたちは一足先に目の前に佇んだ門を眺めた。その門はシェイレスタの都の頑丈な門と比べると随分低く、リュイスの見立て通り正面にしかなかった。

「これなら横道から誰でも簡単に中に入れるわね」

 首を捻ったイユに、「そういうことですか」と何故かリュイスが険しい顔だ。

「見てみろ、あそこに人影がある」

 レパードに言われるまで気がつかなかった。門の先に背の高い大木が植わっている。門の倍ほどの高さのあるその枝に座っている子供の影があった。

「まさか、刹那?」

 白い髪に、白装束。何もかも白いその姿は非常に目立ちそうであるのに、巧妙に木々の合間に隠れている。

 イユは声を上げながらも、相手が刹那ではないことに気がついた。若干だが、刹那に比べて背が高い。それに髪飾りをしている様子がない。よく似ている別の人間だ。だが完全に別人として括るにはあまりに、そっくりすぎる。

「式神かもしれませんね」

 リュイスの言葉に、イユは複雑な心境だ。確かに、刹那にそっくりの姿をした人物にセーレは襲われたとは聞いていた。だから同じような存在が克望のいる別荘地にいても何もおかしくはない。

 しかし、実際にこうして刹那とよく似た人物がいるのを目撃してしまうと、刹那は本当に人間ではないのだと実感させられてしまう。それが、心の中にずんと圧し掛かってきて、気持ちが悪かった。

「式神っていうのがまだいまいちよくわかってないけれど」

「刹那という方に似た人がたくさんいるということですから、簡単に言うならば克望は人形を複製できると考えたほうがいいでしょうね」

 イユの言葉にワイズが畳みかける形で答える。明確な式神の説明はワイズの口からもなかったが、それが分かるのは克望本人だけだということであろう。

「どのみち油断は禁物です。人と同じぐらいの視力だと思ったとして、これ以上近づくと見つかるかもしれません」

 リュイスの警告に、イユたちはすぐに横道を逸れるようにして林の中に潜り込んだ。幸いにして、周囲は木々に囲まれている。整備こそされているものの、茂みもあり、身を隠すにはうってつけだ。

「あそこにもいるわ」

 少し進んだ道の先で同じように大木の上に立つ式神を見つける。姿かたちは先ほどの人物と瓜二つだ。

「とすると、ここ一帯はさっき会った奴と今の奴の二人でカバーできるというわけか」

 レパードの考え方に、なるほどと納得する。そうなると、視力は異能を使ったイユのほうが上だろう。普通の人間より少し優れているぐらいかもしれない。

「念のため、リュイスと一緒にぐるりと一周してくるわ。一番隙のありそうな場所の見当をつけてくるから」

 イユの提案には、誰も反対しなかった。イユたちはすぐにぐるりと別荘地を周回する。二人だけなら馬車の速度は愚か、ワイズの速度にも合わせる必要はない。木々に紛れる形で走り抜けたイユはすぐに三人目を見つけた。

「ここに一人」

「ちょうど角ですね」

 短い会話の後、再び走り出す。




 結果として、周回するのに五分も掛からなかった。とはいえ全力で走ったイユたちの五分だ。思いのほか広いのだと気づかされて、早いところ侵入しないといけないと思わされる。

「どうだった?」

「そうね……。正門が一番緩そうだったわ」

 レパードに聞かれたイユが素直に感想を述べると、ぎょっとした顔をされた。

「それは侵入が厳しいと言っているように聞こえるんですが」

 ワイズの言葉には、リュイスがイユの代わりに答える。

「いえ、そうですね……。かなりの人数が別荘地を囲っていましたので、正面の門番の方のいる場所が一番手薄だと思います」

 リュイスが近くに転がっていた枝で、簡単に見取り図を描く。式神のいただろう場所に丸を描くことで、非常に短い間隔で配置されていることが浮き彫りになった。逆に正面は、正門の奥に一人いるだけで手薄だ。

「恐らく景観を重視して、正門は大木が少ないからでしょうね。それで? どうやって正門を渡るつもりですか」

「ここよ」

 ワイズの言葉を見越してイユは見取り図に一本線を引く。木の枝はなかったので、小石を使った。

 正門から少し離れた位置、それでいて式神から最も離れた場所だ。そこの手前にはちょうど茂みがあり、身を隠すにもうってつけだった。

「門はない代わりに、用水路があるわ。私とリュイスなら跳べるぐらいのものよ」

 ちなみに、別荘地の奥は、門の代わりに石垣があった。あれを見つからずに飛び越えるのは、至難の業だ。だから選択肢に入れていない。

 門を抜けず、石垣も飛び越えることないようにと考えると、用水路以外に思いつかなかった。

「水量はどれぐらいだった?」

 レパードに言われ、リュイスが自身の膝ぐらいの位置を指さすことで、水かさを示す。

「まぁ、ワイズには少し我慢してもらうか。イユに抱えてもらってもいいが」

 ワイズの顔が途端にげんなりとしたものに変わる。

「濡れると目立つことは容易に想像できます。……とても不本意ですが」

 水の中を歩いて渡っているようでは式神に見つかってしまう。イユたちならひとっ跳びなので、ワイズに選択肢はあるようで残されていない。最も、いつもイユのことを散々に言うのだ。それぐらいは我慢してもらおうと、イユは心のなかでほくそ笑む。

「式神の気は、僕の魔法で引きます。茂みを風で揺らせば、そちらに意識がいくようです」

 リュイスの提案は、既に周回したときに試したものである。動きがあるほうへと式神の首が向いたので、人並みに音を感知しているのだと気づけた。確かに刹那も、特別聴力や視力が良かった覚えはない。突出していたのはナイフの腕であり、他は人並みだったはずだ。

「単に気を引くだけで間に合うのかが不安ですが……、見張りが交代するということはないんですよね」

「そうですね。多分ないと思います」

 ワイズの確認に、リュイスは明言する。

「今にして思えばですが、刹那はとても働き者でした」

 本当に今にして思えばだ。イユは初めて洞窟で刹那に助けられたときを思い出す。あのとき刹那は『私に睡眠はいらない』と言っていなかっただろうか。あれは十分に休んだばかりだったわけではなく、本当に睡眠自体が必要のない行為だと告げていたのかもしれない。ただ、周囲に合わせて休んだ振りをしていただけだ。人形には、休む時間など不要なのだ。

 背筋に寒いものを感じて、イユはかぶりを振った。作戦は立てた。早いところ侵入しないと、のろのろと進んでいる馬車も追いついて、別荘地に入ってしまう。

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