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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
585/994

その585 『合流果たせず』

 イユたちは再び明鏡園に向かって歩き始める。いつしか晴れた青空は歩くには絶好の散歩日和だ。上空の飛行船をやり過ごしながら、木々の合間を通って進む。この頃には身を隠す霧がない代わりに、木々が増え、隠れる場所には困らない。魔物も見当たらないので、少し安らいだ気持ちでいられた。

「本当なら、俺らみたいなギルドの人間と鉢合わせる可能性は高いんだがな」

 レパードの言葉に、リュイスも肯定する。

「そうですね。以前はこの辺りで採れる薬草の採取で、数人の団体と鉢合わせました」

 桜花園と違い明鏡園となると、リュイスも見知った場所になるらしい。慣れた様子で進んでいくことからもそれは伺える。

「それが一人もいないとなると、どうも良い気分はしないわね」

 同業者がいればそこから明鏡園の話を伺えたかもしれないが、いないのであればそれは難しい。それどころか、明鏡園がいつもとは違う状況であることを示しているに他ならないのである。

 穏やかな気持ちでいる場合ではないのだと気づいて、イユの心は途端に重くなる。

「タラサは大丈夫かしら」

 時間を考えればタラサはとうに明鏡園についているはずだ。

「空の検問を無事にクリアしていれば大丈夫でしょう」

「それが心配だから聞いたのだけど」

 だが、ここにいる誰もがその答えを持っていない。

 静かになったイユたちは、再びもくもくと道を進み始めた。


 はじめは遠かった明鏡園も、近づいてくると様子がよく伺えるようになった。明鏡園に続く道にもぽつぽつと民家が建ち始める。

「民家には寄らないのよね」

 風呂やベッドを分けてもらえるところを想像する。野宿だとどうしても水を浴びることさえできなくて気持ち悪い。イクシウスのような寒い場所なら雪がつくぐらいだが、雨で泥だらけになった地面を歩いているとそうもいかない。

「そりゃな。通報されにいくようなものだ」

 耳の目立つリュイスだけ置いていくというのも考えたが、さすがに一人だけ野宿させるわけにもいかないだろう。分かっていたが、少し恋しかった。

「リュイスももじゃもじゃになればいいのに」

「いえ、それはちょっと」

 それは嫌らしい。尤もリュイスとレパードでは同じ『龍族』でも耳の大きさが違うので、レパードと同じ髪型になったところで隠せまい。

「けれど、イユは変わりましたね」

 急にリュイスにそう振られても、イユは何のことだか分からないでいる。

「以前なら、『民家を襲いましょう』と提案されていたかと」

 隣を歩いていたワイズから、白い目で見られた。

「ただの盗賊じゃないですか。野蛮に過ぎますね」

「……生きていくには、時として仕方がないことよ」

 言い訳が我ながら見苦しい。リュイスは実は相当意地が悪いのではないだろうかと、言いたくなる。

「それに、私もちょっとは分かってきたわよ」

 襲われた民家の住民が、もし自分だったらどうなのか。そんな風に考えたわけではない。ましてや盗賊まがいなことをしては自分に誇れないだろうなどといった、たいそうなことを考えたわけでもないと思う。

 けれど、何故だかそれをする気にはなれなかった。




 夕方、雑木林のなかで暖をとることになった。この頃には、明鏡園はすぐ近くまで迫っている。火の扱いには気を付けながら、四人で身を寄せ合う。砂漠の夜程寒くないとはいえ、雨上がりの後だからか少しだけ冷える。

「タラサの皆は気付かないかしら」

 火の元が街に見えたほうが良いのかどうか、判断に悩む。というのも、イユたちはとうとうタラサが止まっているのを見つけたのだ。銀色に光るその船は数日ぶりだというのに既に懐かしさを感じた。

 しかしながら、近付くことは敵わない。タラサは明鏡園の鏡のような水辺に停まっていたからだ。合図を送りたくともその周囲に、紺色の飛行船が数隻絶えず巡回しているのだから、それもできない。

「あの位置だと、タラサはシェパングの船に見張られているように見えます。気付いたところで何もできないかもしれません」

 希望を断つリュイスの言葉に、イユの気持ちは沈んだ。

「ミスタはまた会おうと言ったのに」

 これでは合流ができない。

「大丈夫です。明鏡園が無理でも、このまま目的地に向かえば会うことはできると思います」

 慰めの言葉に、イユは考えた。

「でも、明鏡園での情報収集が全くできないわ」

「だが、こればかりはどうにもならないだろ」

 レパードの言葉には、頷くしかない。本当は、ギルド伝いに情報を集めたかった。ひょっとすると、ここにスナメリのアンナが紹介してくれたフランという人物もいたかもしれない。桜花園にはいなかったので、可能性は高かった。

 しかしそれが確認できそうにない。

 タラサとの合流はおろか、明鏡園の入り口には検問が敷かれている。イユの目ではっきりと見えたそれは、作られたばかりの兵士の詰め所のようであった。そこから絶えず兵士が出入りし、明鏡園の周囲を巡回している。

 とてもでないが、あのなかを突っ切っていく自信はなかった。

「明日以降は、そのまま克望の屋敷を目指す。それで確定だな」

 レパードの言葉に一同は頷く。

「正確には貴族の別荘地があるという話ですが、どれが克望の屋敷かは分かるのでしょうか」

「貴族の中でも位は高いみたいだからな。大方一番でかいところだと思うが」

 詳細な情報はそれこそ明鏡園で集めるつもりだったので、行き当たりばったりだ。

 それに、イユには場所以外にも不安がある。

 屋敷には、リーサたちはいるのだろうかという、そもそもの話だ。

 最悪克望本人さえいれば、捕まえてリーサたちをどこに捕えているか聞きだすことはできるかもしれない。そうなると、せめて克望が屋敷にいることを願えばよいのだろうか。

 だがもし両方とも空振りだったら、そのときはどうすればよいのだろう。可能性は十分あるのだ。リーサたちを攫った犯人ははっきりしているが、攫われた先はまだ憶測にすぎない。せめてキドがもう少し情報を得ていたら手があったかもしれないが、分けられてしまった以上、それも期待はできなくなってしまった。

 仕方がない事情があるとはいえ、やはり今手元にある情報だけでは、心許ない。

 だが、行くしかないことは明白であった。

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