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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その579 『化け南瓜』

 

 まさかリュイスが狙いを外したのだろうか。


 そう思ったところで、リュイスのすぐ頭上へと伸び上がる蔓が目に入る。それは明らかに意思を持って、人の急所を狙っている。

 リュイスへと振り下ろされようとしたそのとき、蔦は跡形もなく霧散する。一拍遅れて風がイユの髪を撫でた。リュイスの魔法だ。

 そこまでいくと、イユにもようやく事態が呑み込める。リュイスを襲っている魔物、その正体は、動く蔦そのものなのだ。

「ちょっと、何よ。この魔物は!」

 続けてイユへと襲い掛かってきた蔦を、すぐに蹴り飛ばす。

「化け南瓜だ。囲まれると不味い。走るぞ」

 さすが現地人は詳しいと見えて、レパードからそう指示が出た。リュイスが先行し、レパード、ワイズ、そしてイユが続く。

「魔法は駄目なの?」

 一向に雷の魔法を使おうとしないので尋ねると、すぐに返事があった。

「山火事になってもいいなら、使うがな!」

 寒空の空気は乾燥している。意図を理解してイユは叫び返した。

「使ったらただじゃすまさないから!」

 レパードは銃も使おうとしない。銃弾ではなく、魔法だからだろう。的自体が燃えやすい植物なのだから、狙うに狙えないのだ。こういうとき、雷の魔法は不便だ。水のなかだと帯電し、乾燥している場所だと山火事の危険があるらしい。

「全く転びそうですよ」

 ワイズも文句を言いながら走っている。

 だが、ワイズの近くへ来る蔦はイユが蹴り飛ばしてやっているのだから、まだ良いだろう。

 ちなみに頼れないレパードに代わって、リュイスが自身と後ろにいるレパードに降りかかる蔦を排除している。更に先行して普通の草木も切りながら進んでいるので、相変わらず神業だ。レパードはリュイスに頭が上がらなくなっても良いと思う。

「このまま走り続けてどうにかなるわけ?」

 そうそうこの流れを続けられる気はしない。既にワイズは息を切らしているし、イユもそう長く他人の面倒までみていられない。

「あぁ。群生地さえ外れれば、あいつらは追ってこない」

 化け南瓜などという不気味な名前だが、好きに動き回る類の魔物ではないらしい。一応は植物なのだろう。

「それは期待したいわね!」

 イユは自分の元に飛んできた緑色の物体を蹴り上げる。蔦ではなく南瓜そのものの形をしている。その南瓜の口が、何がおかしいのか、けたけたと笑い声を上げて、木へとぶつかって崩れた。続けて飛んできたのは黄色く熟した南瓜である。首を低くして避けながらも、イユは嫌な予感を抑えられない。

 というのも、群生地から逃げているというより飛び込んでいる気がするのである。先ほどは蔦しかなかったが、本体が襲い掛かってくるようになったのだから、ほぼ間違いないだろう。

「リュイス、魔法でどうにかできないの」

 要望するが、リュイスから返事がない。どうも、剣捌きと魔法の駆使で精一杯で、話す余裕がないようだ。

 器用なリュイスでそれなのだから、イユで防ぎきれるわけもない。

 あっと思ったときには、右足を蔓がからめとりイユの身体が引きずられる。ふわりと浮いた身体はなすすべもなく放り出され、そのまま近くの木へと飛ばされていく。

 そこに、レパードの警告の声が走った。

「リュイス!」

 リュイスは分かっていたのだろう。声とほぼ同時に、すぱっとイユを絡めとっていた蔦の力がなくなった。風の魔法で斬ったのだ。

 引っ張られなくなった代わりに、重力がイユへと掛かる。

 足元から着地したイユは、顔を上げた。イユと同じように蔦に絡めとられていたワイズが、宙へと投げ出される瞬間を捉える。

「手が焼けるわね!」

 前方に向かって、飛び上がる。落ちかけていたワイズの背中を抱え、そのまま土へと転がった。

 二人とも土まみれだが、そのまま落下するよりは多少なりとも衝撃は和らいだはずである。

「無事だな?」

 レパードは声を掛けながら、手に持っていたナイフを振るう。続けて迫ってきていた蔦が裂かれて落ちた。そんなものがあるなら、初めから振るっておいてほしかったとイユは思う。しかし、言われてみれば船員は全員ナイフを使えるようにしているという話だったのだから、レパードが持っていても何もおかしいことではない。単に先ほどまでは、銃をしまいナイフを取り出す時間を確保できなかっただけのようだ。

「お蔭様でね」

「土まみれですが」

 イユとワイズがほぼ同時に答え、その返答にレパードが「大丈夫そうだな」と発言する。

「それじゃあ、逃走再開だ」

 すぐに立ちあがったイユたちは、言われるまでもなく走り出した。




「……もう南瓜は食べたくないわ」

 南瓜が襲ってこなくなった頃には、既に疲れ果てていた。最初からこれでは旅路がたいそう思いやられる。

 何より化け南瓜の嫌なところは、ぶつかってきた南瓜を蹴りでもすればべちゃべちゃと黄色い果実まみれになるのである。通常の南瓜よりも粘着質なのが更に質が悪い。

「南瓜の種、埋めたんですよね?」

 リュイスが余計なことを思い出させるので、イユは不愉快になった。帰ってきたら大量の南瓜が育っているかもしれないのだ。ぞっとする。

「味も人を選ぶって話だし、失敗したわね」

 後悔するイユをみたリュイスが、微笑を浮かべたのをイユは見逃さない。

「何よ」

「い、いえ」

 たじろいだ様子だったので睨み付けてやると、ようやく少し反省した顔をした。

「すみません。味に拘るような発言をされたのがちょっと新鮮で」

 そんなに珍しいことだとは思えず、イユは首を捻る。

「食べられれば何でもよいと言われていた覚えがあったので」

 付け加えられて、妙に納得してしまった。

「贅沢になったものよね」

「良い変化だろ。嗜好ってのは大事だ」

 レパードの発言に、素直に頷いてよいか悩んでいると、ぽんと頭を叩かれる。

「ほら、そろそろ休憩は終わりだ」

 レパードは既に歩き始めている。

「分かっているわよ」

 山道はまだ続いている。どんどん冷えていく空気を感じながらも、イユたちは再び歩き始めるのであった。

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