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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その576 『ナイフデビュー』

 分担が決まったイユたちは、その後解散となった。キドも余っている部屋を使うことになったようだ。タラサの設備が気になるようで少しだけ整備を手伝ってから、眠るつもりだと言っていた。実家に戻らなくてよいか聞いてみたが、既に何日も家を空けることはしているようでそこは問題ないらしい。

 イユは身支度を整えるために部屋へと戻る。改めて、あてがわれた自室を見回す。丸テーブルが中央にぽつんと置かれ、その奥に備え付けの棚がある。その棚に衣装を入れることにしていた。ベッドは右手にあり、そこから真っ直ぐ見上げた位置に時計がある。時計は経年劣化でほぼ使いものにならなかったので、クルトにマゾンダで買い込んでいた部品を差し替えて直してもらっていた。

「山脈って言っていたけれど、何が必要なのかしら」

 レンドは陸路に切り替わる位置とそこから明鏡園までのルートを情報として仕入れてきていた。それによると、イユたちは霜陰山脈という場所を通ることになるらしい。山登りかと暗い顔をするレパードの様子を見るに、あまり喜ばしい場所ではないようだ。

「とりあえず最低限、厚手の服はいるという話だったわね」

 そういうからには、寒いのだろう。追加で上着を用意したほうが良いかもしれない。幸い、縫うために必要な道具は買い揃えてもらっている。生地も今までより厚手のものだ。勿論、自前で作らずに買うという手もあったが、今から街に買い出しに行く気にはなれなかった。何せもう、すっかり夜なのである。キドとの話に時間が掛かってしまい、その後も夕飯やら風呂やら情報共有やらで時間を使ってしまった。


 服は縫うとして、それ以外の持ち物も必要だ。


 そう考えたイユは先に他の荷物を用意することにした。ひとまず何かあったときのためのロープを入れ、刹那を見習って布を用意しておく。食糧は、寸前に用意する予定だ。そうなると、後は何が必要だろう。

 明鏡園で情報収集する可能性を踏まえて財布を入れこそしたものの、肝心な山脈対策がよくわからない。諦めて寝るかと思ったとき、トントンとノック音がした。


「あ、やっぱり起きてた」

 扉を開けたイユの前に立っていたのはクルトだ。

「どうしたのよ」

「いや、明かりが漏れてたからさ。起きているなら渡しておこうと思って」

 そう言ってクルトが差し出したのは、小さなケースだった。チェリーの絵が描かれている。

「飴だよ。山脈では、甘いものを口にいれるようにしたほうが良いから」

 どうも、午前中に買っていたらしい。甘いものをといわれて思い当たる節があった。

「まさか呪いの類い?」

「うーん、まぁ、そうらしいね。呪いなんていうと、魔術じゃないかって疑っちゃうけれど」

 言われてイユは首を捻る。

「『魔術師』が嫌がらせで魔術を発動させているってこと?」

 本人もしっくりきていないらしい。イユと同じように首を捻りだした。

「うーん? ごめん、忘れて」

 最終的に、そう言うに留まる。

「それはそれとして、イユってまだ寝ない?」

「そうね……。目は冴えているわ」

 イユの発言をはじめから予想していたのだろう。

「ちょっと助っ人を探していたんだよね」

 と、クルトはにやにやと笑みを浮かべた。



「てっきり、クルトのことだから荷物運びの類かと思ったのだけれど」

 予想が外れた。というより、予想のしようがない。連れていかれたのは甲板で、昼間の間にクルトが直した鉄板に体を預ける形で、レンドが待っていたのだ。

「何だ、連れてきたのはイユかよ」

 おまけに失礼な言い方である。

「何よ、文句ある?」

「あるかないかでいえば、ない。だが、意味がないだろ」

 レンドの言いたいことがさっぱり分からない。そう思っていると、クルトが横からレンドに文句を言った。

「だって、この時間起きているのって他にいないんだもん」

 どうもクルトは一通り部屋を見てきたらしい。新天地で情報収集に物資調達をしたので船員の殆どは疲れて休んでいるのだろう。

「全く、仕方ないな。怪我しても知らないぞ? あぁ、とりあえずこいつを受け取れ」

 渡されたのは、まさかのナイフだった。しかも、木製である。

「……どういうこと?」

 全く理解していないイユを見て、レンドがクルトに呆れた視線を送った。

「説明してないのかよ」

「うん」

 あっけらかんと言ってのけるクルト。

「……全く。見ての通り、戦闘訓練だ。俺が抜けて、戦える奴らが軒並みいなくなる。ラダは戦えるが航海士を大怪我させる真似はしたくねぇ。そう考えると、ミスタだけで全員を守らないといけなくなるからな」

 意外なことをしているものだとイユは思った。人にかまけていて良いのだろうか。大変なのはレンドのほうだろう。そう指摘すると、レンドは首を横に振った。

「今の時間はまだ動けなくてな。中途半端に暇ってだけだ。それより、お前ナイフを持ったことがないのかよ。持ち方がおかしいぞ」

 結論からいうと、刃物の類は包丁しか自信がない。以前一度持ったことのあるナイフは鉛のように重くて、持ち方なぞ覚えてもいなかった。

「剣ならてきとうに握って投げたことはあるけれど」

「……剣は投げるものじゃないだろ、基本は」

 イユの言葉に呆れた顔になったレンドが、「見せてみろ」と言う。指導を受けて握ってみたものの、イユとしては大して持ち手が変わったようには思えない。

「一応、振ってみろ」

 試しに何回か振ってみたイユを見て、レンドはクルトに向き直った。

「意外に良い練習相手になるかもな」

「……ど素人で悪かったわね」

 それを聞いたクルトが複雑そうな顔を浮かべている。

「それで、何? クルトに向かってナイフを振ればいいの」

「いや、やめろ。絶対今の状態で振ったら、事故が起きる」

 イユの発言に、必死になってレンドが止めに入る。そこまで反応されるとイユとしては複雑だ。

「とりあえず様になるまでお前らずっとこの場で素振りだ」

 ということで、練習相手を呼んできたはずのクルトだったが、何故か一緒にその場で素振りをする羽目になった。とはいえ、何十回とナイフを振ってもコツというものがいまいち分からない。「言っておくが包丁じゃないからな?」とレンドに何度か注意を受けてしまった。


 素振りの時間が終わり、ようやくクルトと向かい合わせになったときには、正直吹き飛んだはずの眠気がぶり返してきていた。しかも、これで練習試合をするのかと思いきや、イユたちがやったのは互いのナイフを受ける練習なのである。

「……暇だわ」

 異能を使えば衝撃など感じないのだから、当然といえば当然だ。受けるとなるとびくともしない。

「いや、ボクは割と命がけなんだけど?」

「そう?」

 こくこくとクルトが頷く。その目が、何故刀身からずれるんだと言っていた。イユとしてはクルトの持つナイフの刀身を狙っているつもりなのだが、的が小さいせいで振り下ろしたタイミングでずれるのだ。危うくクルトの手や腕に当たりかけてしまった。これが素手なら確実に当てるし、投擲でもそこまで外しやすいことはないと思うだけに我ながら不思議である。まだナイフにしっくりこないせいだろうか。

「お前ら、今日は試合無理だな。練習はしておけよ」

 レンドに至っては呆れ切った顔をしている。イユが狙いを外しやすいのはともかくとして、クルトにもまだ問題があるらしい。これでは戦うどころか身を守るのも怪しいようだ。

「護身術? みたいなやつのほうが身になるんじゃないの?」

 クルトがさっぱりとそうレンドに提案する。

「ストーカー相手ならともかく、魔物や鎧を着込んだ相手にそんなのが通用するかってんだ。それにそっちは俺で教えられるほどじゃないぞ」

 レンドは魔物狩りギルドの出身なのだ。そういう戦い方は知らないのだと言う。

「ちっ、教師不足か」

 悔しそうに呟くクルトに、レンドがもの言いたげな顔を向けた。

「絶対、こんなもの使うより手で叩いたほうが早いわ」

 イユはイユで思うことを口にする。

「リーチが違うだろ」

 そのリーチのせいでやりづらいのだが、伝わらないらしい。そう思ってから、もっと便利なもので戦ったことがあったのを思い出した。あれなら常に持ち歩いているし、重みも好きなように変えられる。

「鞄のほうが長いわ」

「そんなもので戦おうとするな!」

 怒鳴られてしまった。

「全く、お前こそいつも異能があるとは限らねぇんだから真面目にやるべきだと思うんだが」

 レンドの言い分に、イユは首を捻る。

「でも、レンド。私が来たとき、意味がないって言ってなかった?」

「それは短期で見ての話だ。お前は陸路組だろ? 船に残るメンバーの修行をしたかったんだから意味はないって言ったんだ」

 だが、とレンドは続ける。

「お前自身にとってはナイフが使えて損はないだろう」

 イユは何故か、シェイクスに「ナイフを持たない素人は前に出るべきではない」と言われたことを思い出した。今まで気づかなかったが、ナイフを使えるというのは意外と大きな意味を持つようだ。同時に、異能を使い過ぎることへの危険性をワイズに散々説かれたことを思い出す。ナイフは自分とは無関係なものと心のどこかで断ち切っていたが、実はそうではないかもしれないと、このときはじめて思ったのだった。

「ちゃんと練習しておけば良かったわね」

 先ほどまでの時間が勿体なかった気がして呟いた一言に、レンドが耳聡く食いついた。

「してなかったのかよ!」

 そういうわけではないのだが、身が入っていなかった気がするのも事実だ。

「反省はしたからよしとしましょう」

 レンドにはやれやれと呆れたような仕草をされてしまった。

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