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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
575/994

その575 『今後について』

 キドに暗示を掛けた相手は、抗輝である。

 その事実の意味するところに、イユはただただうすら寒くなった。

「国を跨いで手を結ぶ『魔術師』がいたと思えば、まさか政敵同士がね」

 ブライトに克望、サロウの組み合わせも驚かされたものだが、これはその上をいく。表向きは敵同士の克望と抗輝が実は互いに手を組んでいたとしたら、もはや政治など茶番だ。

「いや、決めつけるのは早いだろう」

 レパードの言葉にイユは反論をする。

「どうしてよ? 克望にさらわれたキドが抗輝に暗示を掛けられたのよ。手を組んでいる以外、考えられないじゃない」

「そうだとしたら、何故その振り分けだったんだ?」

 イユは咄嗟に理解できなかった。「なるほど。そういうことですか」などとワイズが呟くのが耳にはいる。相変わらず頭の回転の早いことだ。

「どうせ理解していないイユさんに向けてヒントを伝えますと、カルタータに詳しい人物とそうでない人物に振り分けられ、後者が抗輝の手に渡ったことについてです」

 口の悪いワイズは意地も悪くなったらしく、ヒントしか言わない。答えられないイユに代わり、発言したのは優等生たちだ。

「克望はカルタータの情報を知りたがっていたから、関係ない人間のことはどうでも良かったってことかな?」

「つまり、言い方は悪いけど、どうでも良い人間を抗輝に送ったってこと? そりゃ、仲良しってわけじゃないかも」

 レッサとクルトが互いに意見を言い合うのを聞く。満足そうにワイズが頷くのが、少々癪である。

「最も克望は振り分けのことを抗輝にばれても良いと思っていたのでしょうね。まず隠せませんから、随分挑発的な行動ととれます」

 ワイズのその話は、引き渡されたキドたちが記憶を読まれることが前提である。そう思うと、人の心でそうしたやりとりをする『魔術師』には相変わらず嫌悪感しか沸かない。

「仲が良さそうには見えない。だが、そのお陰で厄介なことになったわけだ」

 レパードの言葉に、イユはようやく、ことの厄介さを理解した。

 リーサたちが全員一ヶ所に捕らえられていたのであれば、ここにいる全員で助け出せば良かった。だが、そうではないのだ。一部は恐らく抗輝のほうにいる。そうなると、明鏡園に向かえば良いという話でもない。むしろキドが桜花園にいたのだ。他にもまだ桜花園に仲間がいるかもしれない。

「俺から提案がある」

 思考を巡らしていると、レンドがそう皆に告げた。

「ここからは分担にしよう。俺はアグルを追う」

「君一人でいくつもりかい?」

 ラダの問いかけに首を横に振る。

「いいや、少人数のほうが動きやすいとは思っているが、そこまで愚かじゃない。キドを貸してくれ」

 指名されたキドは自身を指差す。まさかの指名に驚いている様子だ。

 イユはレンドの提案について思案する。


 確かに、全員でことに当たるより、手分けしたほうが間に合わなくなる可能性を減らせる。それに、レンドならアグルを助けたいだろうとは思っていた。だが、相手は『魔術師』だ。手分けするということは、手数を割くということに他ならない。いざというときの船も一隻しかないのだ。

 そこまで考えたところで、レンドがちょうど船の操縦者であるラダに話を振るのを聞く。

「それと、ラダ。お前はそのまま克望を追うべきだ。お前が助けたいのはそっちだろ」

「それは、否定できないね」

 同意するラダにイユはもやもやした。イユにとっては、どちらも同じセーレである。アグルを無視してよいかというとそうではない。

 一方でイユは一度アグルを見捨てようとしたことがある。忘れやしない、スズランの島でだ。

 だからこそ、イユは今ここでアグルかリーサを選べと言われたら、ラダと同じ選択肢をとるだろうと分かっていた。故にもどかしいのである。

「分かったと言いたいところだが、さすがに二人は危険だ。せめて俺らから一人」

 言い掛けたレパードをレンドは止めた。

「いや、『龍族』や『異能者』はダメだ。俺が連れ戻しにいくのは戦えるやつだが、そっちはそうもいかない。助けた後の事を考えるなら、戦力は克望のほうに残したほうがいい。逆に見つかった場合のリスクがでかいしな」

 ギルド員は殆どの人間が戦うことができる。しかしながら、リーサやマーサが戦えるとは思えない。センやジェイクであれば戦えたはずだが、ヴァーナーやレヴァスが果たしてどの程度戦えるのかイユにはよく分からない。そしてシェルの話では、恐らく戦力になっただろうはずのミンドールは無事だったとしても怪我を負っていることになる。そうなると全員を無事に救出できたとしても。戦えない人間を抱えたまま『魔術師』の追手とやり合うことになる可能性もあるわけだ。確かに、レンドの言いたいことは分かった。

「あと当然、ラダがそっちにいくんだ。船を動かす人員もそっちに行くべきだ」

 つまり、ライムやレッサ、クルトは、ラダとともに動くことになる。

「そうなると、ミスタ?」

 呼ばれたミスタは、しかし首を横に振った。

「陸路を使うという話だったが、船はどうなる」

 それまで黙っていたミスタの発言に、イユは固まった。確かに、陸路を取る時点でタラサはどこかに置かねばならない。行けるところまで行って残りは徒歩という話だったが、無人で放置するわけにはいかないだろう。

「その話だが、俺が聞いてきた情報では、霜陰山脈を境に検問が敷かれているようだ」

「思ったより近いね」

 レンドの言葉にラダが返す。イユには位置が分からないが、どうやら想定より近いらしい。空を飛ぶより歩くほうが遅いのだ。そうなると、どうしても時間が掛かってしまう。

「ラダ、お前なら向かいたいんじゃないか?」

「……そうだね」

 レンドに振られて、ラダは認めた。

 その様子をみて、セーレの皆を助けたいのは、イユに限っての話ではないのだと改めて思わされる。むしろラダこそ、真っ先にセーレのことを案じている人間だ。

「検問に引っかかって不味い人間が先行する。それ以外は船で移動でも何も問題ないはずだ」

 レンドは飛行船と一緒にラダが待機するのはないだろうと指摘する。

「そうだな。俺らがいなければ、上手くやり過ごすことはできるだろう」

 レパードもまた、予め読んでいたようにその筋書きに同意を示す。ここまでくると、イユにも今後の方針が見えてきた。

「つまり、俺とリュイスとイユは陸路確定となるわけだ」

「僕も行きますよ」

 すかさずワイズが発言する。とはいえ、イユとしては、陸路を先行する以上、よく倒れられるワイズを同行することは抵抗がある。

 イユがそれを指摘すると、ワイズから冷ややかな目で見られた。

「まさか忘れたんですか? シェパングではシェイレスタを敵国とみなしているんですよ? 検問に引っかかった結果、シェイレスタの『魔術師』と身元がばれたものなら、それこそ録なことになりません」

「下手をしたら、ワイズが理由で戦争が起きると」

 ぼそりと呟いたレパードの発言に、イユはぎょっとする。それほど大袈裟なことになるとは思ってもいなかったのだ。所詮、ワイズは治癒の魔術が使える少年である。それが、今の時期にシェパングの目に留まると、マドンナを暗殺した『魔術師』の主犯に据えられかねないらしい。

「はい。ですから、僕は陸路確定です」

「そうしますと、タラサで満足に戦える人間がラダとミスタしかいなくなるということでしょうか」

 リュイスの発言に、イユは戦力不足を痛感し心許なくなった。全員が一箇所に集まっていたら良かったが、こうして分割すると、やはり戦える人間が足りないのだ。

「まぁ、一応全員ナイフは扱えるが、クルトとか持たせるほうが危ないしな。それに相手が魔物ならともかく人間となると、かなり敷居が上がるか」

 自覚はあるらしい、クルトが舌を出して「へへっ」と笑う。

「そうですね。僕も対人となるさらに自信がないです」

 レッサが認め、ライムはよくわかっていないのか首を傾げている。今までの会話で話題になっていないところをみても、戦いは専門外だろう。きっとナイフを持たせるとナイフの構造にばかり目がいって、まともに練習してこなかったに違いない。

「そうなると、レンドとキド。二人だけで行くことになるけれど」

 イユの発言に、レンドは「そうだろうな」と頷く。端から予想していたに違いない。

「本当にそれでいいのか? せめて暗示を解ける人間がいないと厳しいはずだ」

 レパードの確認に言いたいことを察して、背筋が寒くなる。捕まっている仲間は、キドのように暗示に掛けられている可能性がある。そうなるとレンドはただ助けるだけというわけにはいかない。ワイズがいないと相当に難易度が高いはずである。

「あぁ。仮にワイズを連れていくと逆に動きにくい。それにその条件ならお前たちも一緒のはずだ」

 アグルだけではない。リーサが暗示に掛けられる可能性を示唆されて、身震いする。そんな目には合わせたくなかった。過去形になってしまうことが我ながら無念だ。

「何、借りられる手はセーレだけじゃねぇさ」

 心配させないようにだろう。あっさりとレンドはそう言った。どこの手を借りるつもりかは、薄っすらと予想できた。だが、それが本当に可能なのかについてはイユには分からなかった。

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