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カルタータ  作者: 希矢
第五章 『魔術師は信頼に足るか』
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その57 『ギルド員たち』

 

 ――――たとえリーサのことで頭がいっぱいになっていても、やらなくてはならないことがある。


 重い気持ちを引きずりながら、甲板への扉を開けた。そうして、再び外に出る。

 イユの気を知らないで、吹き抜ける風が髪をかき乱していく。その風に紛れて、

「そこ、気をつけて運ぶんだ。無理しないで複数人で」

 という声が聞こえてきた。声の主を確認する前に、スキンヘッドの男がイユのすぐ前を通り抜けていく。その男は見張り台の梯子に手を掛けて登り始める。見張り台の先から伸びる誰かの手へと、工具を手渡そうとしているようだ。

 甲板に視線を落とすと、ぽっかりと空いた大穴が見えた。そこに、二人組の男が木の板を杭で打ち付けている。一人は赤いバンダナをした細身の少年で、もう一人は落ち着いた赤色をした髪の男だ。隣にいたリュイスの視線の動きから、どちらかがアグルだろうと目星をつける。

 イユはそちらへ行こうとし、

「少し待ってください」

 と、リュイスに止められる。

「先に、甲板長に話を付けてきます」

 甲板長とは初めて聞く言葉だが、名前でなんとなく偉いのがわかる。

「そんな話、聞いていないわよ?」

 クロヒゲより下の立場の人物がいないから、一人ずつ当たるつもりでいたというのに、新たな立場の人物が現れて面食らう。たまらず尋ねたのだが、

「すみません。ただ本当に一言声を掛けるだけですので」

 と的はずれな答えが返ってきた。仕方ないので、リュイスについていくことにする。

 甲板長という人物は遠目でもすぐに誰のことを指すか分かった。最初に聞こえてきた、気をつけるようにと注意をしていた声の主だ。

 その男へと向かって、リュイスが名前を呼ぶ。

「ミンドール」

 レパードも船長呼びでなかったことから、リュイスはセーレの船員に敬称をつけないらしい。少し意外に思いながらも、リュイスに向かって手を振っている男を見やる。

 クロヒゲよりはずっと背が高く、落ち着いた印象を与える男だ。赤い目は穏やかに細められ、イユたちをみて微笑まで浮かべている。

 甲板長の肩書きにはふさわしくない『気さく』という言葉が、イユの頭に浮かんだ。年下のリュイスに呼ばれ手を振る様もだが、どうみても優男にしかみえない顔がいけないのだろう。鍛え上げられた筋肉質な体だけに目を向ければ偉丈夫に見えるが、印象がどうしても『穏やか』で『気さく』で『親切そう』というものになってしまう。眼鏡をしているのもその印象に拍車をかけている。

「やぁ、リュイス。それに君は……、確かイユだったかな」

 イユの存在は船員たちには知れ渡っているだろう。まして甲板長というのであれば、当然イユのことも把握しているはずだ。

「えぇ。初めましてでいいかしら?」

「それで会っているよ。直接こうして話したのは初めてだからね」

 その言い方から察するに、間接的にはどこかで会っているようだ。食堂にいたときか、廊下ですれ違ったときだろうと目星をつけるが、残念ながら全くイユの記憶に引っかからなかった。悪くいえばどこにでもいるような、目を引きにくい外見のせいもあるのだろう。

 そう考えてから、ひょっとすると烙印の存在がばれたときかもしれないと考え直す。あのとき、一人一人の船員の顔を眺める余裕はイユにはなかったのだ。

「僕はミンドール。ここで甲板長なんてものをやらせてもらっている」

 口調こそ優しいものの、ミンドールの赤い目はイユをしげしげと眺めている。

 警戒されているのが伝わってきた。

「私はイユ。知っているだろうけれど、異能者よ」

「そして、イクシウスの異能者施設にいた」

 間髪いれず付け加えられて、イユは頷く。

「そうよ」

 眼鏡越しの赤い目が細められる。イユの内面までを見透かそうとするかのような鋭い視線だ。

 たまらず、ごくんと息を呑む。ミンドールのことを『気さく』などと表現したことを取り消したくなった。レパードには負けるが、何を考えているかわからない目が少しだけ怖く感じたのだ。

 必死にミンドールの目を見返し続ける。じりじりと時間だけが過ぎていく。その間、船員たちがいつの間にか静かになってイユたちの様子を眺めているのにも気づかなかった。


 終わりの合図は、ミンドールの微笑だった。

「そうか。それは大変だったね」

「え……」

 唐突に言われた言葉の意味が入ってこず、ぼんやりとミンドールを見つめてしまう。

 『大変だった』。

 イユのなかでようやく言葉になって響いたとき、ふいに一所懸命強がっていた自身が跡形もなく消えてしまうような錯覚を覚えた。慌てて気を引き締める。そうしなければ、目から涙がこぼれ落ちそうな気がしたからだ。初対面のミンドールの言葉がどうしてか響いてしまう。


「けれど、どうして戻ってきたんだい」

「それは……」

 質問は立て続けにされる。

「戻ってきたら、殺されてしまうとは思わなかったのかい」

 急にまたミンドールの赤い目がイユを睨んでいるかのように感じる。真意を問いただそうとする視線からは、下手な誤魔化しはきかないと言われているような鋭さがあった。

「思ったわ。当然よ」

 答えながら、イユは自分を振り返る。


 そう、殺されることだって考えていた。だからこそ、悩んだのだ。


「だけど、私はセーレにいたいの」

 馬鹿なことだと思われるかもしれない。何よりミンドールとは烙印が発覚する前のイユとろくに話したこともない仲なのだから、余計に説得力がないだろう。

「セーレで、リーサと服を縫ったり、マーサに櫛で梳いてもらったり、皆とご飯を食べたりしたいから」

 改めて滅茶苦茶なことを言っていると自覚する。けれど他にイユは言葉を持っていなかった。

「そうか。……マーサが意見するわけだね」

 ミンドールは、否定も賛成もしなかった。ただ、納得したように呟く。

「マーサ?」

 イユは、思わず聞き返す。マーサが意見をする印象がなかったからだ。

「……ひょっとして聞いていないのかい?」

 ミンドールの視線がリュイスに移ったのを見て、イユも隣のリュイスを見やる。

 頷くリュイスから、特に黙っていることでもなかったがわざわざ話してもいなかった、といった反応のように見受けられた。

「君がこうして生きているのは、リュイスとマーサが君を殺すことに反対したおかげだよ」

「マーサが……」

 レパードは以前、大反対した二人のおかげでイユが助かったと発言したことがある。反対した一人はリュイスだと思ったが、それは想像通りだ。そして、もう一人はマーサだったらしい。マーサには影で助けられているのだと感じる。それと同時にイユの心に浮かんだのはリーサだった。


 リーサは大反対した二人のうちの一人ではなかった。やはり、彼女は……。


「さて、確か甲板の仕事を手伝いたいって話だったね」

「はい」

 二人の会話に、どうにか気持ちを切り替える。今はリーサのことは考えないようにと意識する。

 周囲に宣言するように、ミンドールの声が大きく響き渡る。

「君はイクシウスの異能者だが、暗示にかかっていないことがわかっている。そして、今セーレはぼろぼろで修理の手が足りない。正直、猫の手も借りたいところだった。だからせめて今ぐらいは手伝ってもらうよ」






 恐らく二人の間で予め話がついていたのだろう。その場で何の説明を受けずとも、アグルと会話をするための場をミンドールは用意していた。

 リュイスの話にミンドールが出てこなかったのは、既に説得済みだったからだとすると納得がいく。先程までのミンドールの問いかけは、あくまでミンドールがイユを直接確認するためのものであったのだろう。前もって手を回してくれたリュイスには感謝しかない。

「……話が違うじゃない。何が一言挨拶よ」

 とはいえ、言いたい愚痴はしっかり言っておいた。

「すみません」

 リュイスの軽い謝罪を聞きながら、大穴の空いた場所に移動する。工具を握ったままの二人が、視線を向けてきた。

「レンドにアグル。僕たちも手伝わせてください」


 そのときの二人の目を見て、リュイスへの感謝の気持ちは吹き飛んでいた。話が違うと叫びたくなる。

 はっきりと分かるほどに、彼らは警戒をしていた。異能者の知り合いだから話をつけておくとよいという話だったが、完全に異能者のイユに怯えていることも伝わった。しかも赤髪の男からは、関わり合いたくない相手と関わったことへの嫌悪感まで浮かべられている始末である。

「ミンドールの許可は取りつけています」

「さっきのやり取りだろ。聞いていた」

 赤髪の男から工具を投げつけられる。

 辛うじて受け取ると、ずっしりとした重みが手に伝わった。

「そんな投げ方……」

 批難めいたリュイスの声を受けても、男からは反省や謝罪の様子は見られない。

 代わりに黙っているままの金髪の少年を見やると、手に工具を持ったままの状態で固まっている。

「手渡しなんざしたら、万が一ってのがあるかもしれねぇからな。アグル、お前も気をつけな」

 赤髪の男の言葉に、金髪の少年がアグルなのだと納得がいく。険悪な赤髪の男がレンドというわけだ。

「とりあえず、そこの杭も打てばいいわけよね」

 いきなり雲行きが怪しくなった雰囲気に、早々に今この場での説得は諦めることにした。少なくともミンドールはイユのことを認めているようであるから、アグルに固執する必要はない。せめて一番突っかかってくるレンドという男がいないときに話せばよい。そう割り切って、せめて手伝いだけはきちんとしようとイユなりに考える。

 今はアグルとレンドの二人で、大穴を塞ぐために置いた木の板に杭を打ち込んでいるところのようだ。大穴はまだ三分の一ぐらいしか埋まっていなかった。

 イユが屈み込むと、アグルとレンドが逆に一歩体を退いた。

 警戒の表れだろうが、おかげでイユの周りに邪魔なものがなくなり杭が打ちやすくなる。板を抑えるともらった工具で打った。力の調整はお手の物だ。杭は何の抵抗もなく、すっと奥へと入っていく。一本が終わり、二本、三本……。

 ようやく自分たちが見ているだけに気づいたのか、レンドから苦し紛れに呟かれる。

「……慣れてやがんな」

「言っておくけど、こんな仕事初めてよ」

 口走ってから後悔した。異能者施設では余計な言葉を話す余裕はなかった。話していたら、間違いなく鞭が飛んできたことだろう。兵士たちの叩きつける鞭の音が、頭の中で思い起こされる。

 変なことを考えたのがいけなかった。急に体が強張るのを感じて、杭打ちに集中する。

 四本、五本、六本……。すぐに杭打ちは終わり、近くにあった次の板に目を留める。

「て、手伝います」

 手伝い始めたのはイユのはずなのだが、アグルは慌てて板を持とうと手を伸ばす。

「あれ?」

 アグルの不思議そうな声は、木の板の重みを感じなかったからだろう。男二人で持ち上げる板も、イユならば一人で持ち上がる。むしろ、アグルに下手に持たれると邪魔になる。

「持っていると、逆に振り回されるわよ」

 イユの警告に驚いたらしく手を放すアグルを見て、内心どうしたら良いか悩んだ。

 一旦は板を所定の位置までもっていく。あんぐりと口を開けたアグルの顔を見ながら、今更か弱いふりをしても遅いだろうと判断した。

「これが、異能か?」

 レンドの呟きを聞きながら、杭打ち作業に移る。そうしながらも、ふつふつと後悔の念が湧いて出た。

 板はイユ一人で担ぐには本来重すぎるものなのだ。けれど、異能が使えてしまうイユには重さを感じない。それは人の目からみて、どう映るのだろう。リュイスやレパードも不思議な力、魔法を使っている。だからアグルやレンドも見慣れているものと思っていた。

 しかし、二人の警戒と驚きにそうではないのだと気付かされる。風を起こす、雷を呼ぶといった魔法とは全く違う力だからいけないのだろうかと、悶々とする。

 今回での説得は諦めていても、敵視はなるべくされたくはない。そう考えるからこそ、普通の人間らしくアグルに手伝ってもらうべきだったかと焦ってしまうのだ。


 思考とは別に動く手が、次の杭を打とうと延びる。そこで、視界に影が入った。

「リュイス」

 見上げれば、杭をもっているリュイスと目が合う。

「僕も手伝います」

 こうして、杭打ち作業にリュイスが加わる。

 慌てたように、アグルも作業に加わった。

「レンド、仕事をさぼるつもりかい?」

 見ているだけだったレンドにミンドールが遠くから声をかける。

「……ちっ」

 軽く舌打ちしてレンドも作業に取り掛かる。

「女、お前は馬鹿力持ちだから板を運ぶほうに集中しろ」

「イユよ」

「……呼び方なんぞどうでもいいだろ、異能者」

 最後の言葉にいちいち取り合うのも面倒になり、近くに立てかけてある板を運び出す。

 イユが板を運び、男たちが杭打ち作業に取り組む。こうなると穴が塞がるのはあっという間だった。


「これで、片付きましたね」

 リュイスが汗を拭きながら塞がった穴を見て言う。

「はい……」

 アグルが頷きながらも、イユにちらちらと視線を向けてくる。その目には、まだ怯えが入っている。むしろ、最初に会ったときより増している気がした。

「作業がスムーズにいったのはお前たちのおかげかもしれないが」

 レンドはリュイスを睨みつけている。

「そんなに俺らに馴れ合ってほしいのかよ」

 イユならば睨み返してやったところだ。これがリュイスだと素直にその視線を受け止めて落ち込んでいるように見える。

「俺たちは自分の命が惜しい。今回でこの女の異能の不気味さはよくわかったんだ。いざ敵に回ったら危険だってことも、よぉくな。……それでも命令するというのなら、俺は船を下りることも考える」

 船を下りるという言葉で気が付く。イユは自分の意思でセーレに乗りたいといったが、その逆もいるのだ。そしてリュイスの表情を見る限り、これはリュイスにとって痛い言葉のようだ。

「命令をするつもりはありません。ただ、会っておいてもらいたかったんです」

「甲板長を通しておいて、命令でない? 滅茶苦茶いうなよ」

「それは……」

 受け答えをするのが、お人よしのリュイスでは分が悪そうだ。

「俺たちはな、リアの一件で懲りているんだ。それなのに、危険な異能者をイニシアに置いていかずにのこのこ連れ帰ってきて、おまけに一緒に働けだ? なるほど、一緒にいてわかったさ。この異能者がどれぐらい危険かっていうのはな」

 要するに、今回のリュイスの行動で余計にレンドの納得がいかなくなったらしい。

 或いは一緒に働いてみてイユが何の力もないか弱い人間だとわかったら危機感を抱かなかったのかもしれない。

 だがイユは異能を使ってしまった。レンドは普通の人間にない力を見て命の危機を感じたのだろう。イユがやったことといえば重い板を運んだだけだが、分かる人間には分かる。単純な力の差というのは、実は非常に大きなものだ。もしここでイユが船を壊そうと思って行動すれば、レンドには絶対に止めることができない。

 こうなってくると、アグルに会って話をするという当初の予定が、大きく失敗していることが分かった。

「レンド。怒鳴り散らしている暇があったら次の仕事に移ってくれ。アグル、君もだ」

 声に振り向くと、ミンドールが歩いてきていた。

「ちっ」

 舌打ちをしてレンドが去っていく。アグルも慌ててついていった。

「やれやれ。君たちもご苦労さん。しかしまぁ……、これ以上ここにはいないほうが良いかもだね」

 周囲の様子から、甲板にいる船員たちに動揺を与えてしまったことが何となく伝わる。

「……はい」

 リュイスも沈んでいるようだ。

「すまなかったね」

 とミンドールが謝る。

「レンドが思ったより警戒しているみたいでね。……まぁ、暗示はないとわかっても簡単に約束していた話が覆れば人はなかなか信用しないさ。むしろ君相手にあそこまで歯向かうレンドが凄いと思うけれど」

「……はい」

 頷くリュイスにイユは内心穏やかではいられなかった。二人はミンドールに促されるままに甲板を後にする。そうするしかなかった。



 船内に入ると、作業疲れとは違う、なんとも言えない疲労感がイユを襲った。思っていた以上に、前途多難だ。それを思い、ため息をつく。

「……次はどうするの」

 イユの質問に、リュイスが悩んだ末答える。

「……当たるとしたら、クルトでしょうか」

 会ったばかりの名前を告げられ、再び心の中でため息をつく。確かにギルド員が怪しくなった今リュイスの方針上では無難な選択かもしれない。

 しかし、よりによって先程会ったばかりのクルトに頼るとは情けない。二度手間である感じもあり、気が進まない。

 そこで、ふと思い直す。すっかり仲間気分だったが、大事なことを忘れていたのに気づいたからだ。

「私が生きていられたのは反対した二名のおかげなんでしょう。一人がリュイスでもう一人がマーサなら、クルトは……」


 クルトはイユを殺してもよいと、そう言ったのではないか。


 思わず穴が開いている床を踏み外しかけた。


 確かに長い付き合いではなかった。イユにとっては初めてのことだっただけでクルトやリーサにとっては何でもないことだったのかもしれない。

 しかしまさか、死んでもよいとまで思われていたのだろうかと言いたくなる。そこまでイユは嫌われていたのだろうかという思いが、頭の中をぐるぐると回っている。


「違います、イユさん」

 リュイスから慌てて否定がある。

「イユさんの境遇についての話はそもそも船員全員でしたものではありませんでした。それに、誰もイユさんに死んでほしいなんて思っていなかったと思います。どうにかして置いていくという案はあっても、少なくともそんな人を殺すみたいな物騒な話はでていません」

 魔術師にも人道的なセーレの話だ。嘘ではないのだろう。だが、『はい、それなら良かったです』とは言えない。リュイスの性格を知っているからこそ、リュイスの言葉が相手を傷つけないための綺麗ごとのように聞こえてしまう。

「でも実際反対したのは、二名だけだったんでしょう?」

「ですからそれが違います」

 リュイスは強く否定してみせた。

「二名というのは、話し合う過程で意見を述べた人数です。それに対して皆が意見を合わせてくれました。だから全員が全員イユさんを否定したわけではないんです」

 そこまで言われてようやく、勘違いに気が付いた。リーサに逃げられ、ギルド員に恐れられ、窮地に立たされていると思っていたのだ。本当に助けてくれたのは二人で、それ以外全ての人間の意見を変える必要があると考えていた。

「……レパードの奴、わかりにくい表現をしてくれたってわけね」

 レパードとミンドールの顔が浮かぶ。恐らくリュイスとマーサが意見を出してくれなければ船員たちの意見は変わることがなかったのだと思う。だから、『感謝しろよ』とレパードは言った。

 だが、それならば船員たちの殆どは傍観者だ。リュイスが少しずつ仲間を増やそうとする意図もその現状があるならばわかる。数人を仲間につければ、イユを受け入れてもらえる可能性が増える。

 問題は、イニシアへ残すというある意味厄介ごとを置いていくような結論で固まった船員たちに、セーレに居続けるというイユの選択は受け入れてもらえるかということだ。レンドのように反対する者も、現れるだろう。

「クルトの部屋へ行きましょう。イユさんがセーレに居たいというのなら一人でも賛同者がほしいです。クルトなら大丈夫だと思いますが、今当たることのできるなかで動くとすると」

「確約がほしいということね」

 リュイスの言葉を引き取ると、頷きが返ってきた。

 確かにリーサの態度があったことを踏まえると、理解できる判断だ。

 歩きはじめながらも、改めて自分なりに整理する。


 リュイスとマーサはイユを生かす方向で話をつけてくれていた。だが、それはイユをイニシアへ残すという意見に傾ける形でだ。リュイスはイユを置いていかなかったので、レンドたちが約束を違えたことで怒るのは理解できるのである。リュイスは確かに他人のイユのために頑張ってくれているが、リュイス任せでは、恐らく実を結ばない。

 ここはイユこそが頑張らなくては、いけないだろう。


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