その569 『贖罪を求めて』
「そこまでは分からない」
ミスタは明言を避けた。あくまで予想だとそう言いたいらしい。
「仮に繋がっているとしたら、戦争を止めるために僕らを襲ったことになるのかな」
ミスタの隣でレッサがそう発言した。
「姉さんも何かしら絡んできますし、今ある情報だけでは読めませんね」
ワイズの言葉に、イユはふと戦争を止めるためにブライトも動いていたと聞いたことを思い出した。目的は同じのようである。
だが、それではおかしなことになる。
「戦争を避けるために襲ったというなら、現状と矛盾するものね」
むしろ止めるどころか、今回の騒動のせいで戦争が起きそうな気配なのだ。それに、イユとしては納得がいかないことがある。平和を掲げながらセーレの皆を襲うなど、言っていることとやっていることがちぐはぐだと言ってやりたい。
「そういうことです。話を戻しましょう」
「空は検問が敷かれているって話だったか」
ワイズの言葉を受けて、レパードが話題を元に戻す。
「それよ。どうするの? 陸路で向かう?」
イユの問いに、レパードは首を横に振る。
「いや、さすがに時間が掛かりすぎる。せめて近づけるだけ近づいてからだ」
桜花園周辺では検問はなかった。だから、警戒されている範囲に限りがあるのだろう。シェイレスタから明鏡園までは確実として、そのあとの明鏡園から桜花園までの間は、どうであろう。
「そのあたり、もう少し詳しい情報を集めたいところだな」
「同感。それで、行けそうなところまで行って、残りは陸路だね」
レンドとクルトがそれぞれ発言をする。イユとしても異論はない。
「それなら、午後からはそのあたりの情報も集めるとして物資のほうは?」
イユたちが買ってきたのは、昼ご飯が殆どだ。書物等少々余分なものは買ったが、それは大した量ではない。一方でクルトは鉄板を運びこんでいた。午後からは人食い飛竜がぼろぼろにしていった甲板の修理に入りたいそうだ。
「まだ全然だね。肝心な水や食料を買い込んでないのと、武器とか医薬品、ちょっとした雑貨の類が心許ないまま」
「それと、火を使えるようにしたいのでこの機会に必要な部品を買い込みたいです。折角植物を育てられる環境があるので種などを購入してもよいかもしれません」
クルトの説明に、レッサが付け加える。部品という言葉に反応して目を輝かせて頷いているのはライムだ。
「部品がないとどうにもならないから、嬉しいよぅ」
イユにはどの部品が欲しいのかさっぱりだ。頼まれたところで確実に欲しいものを買ってこられる自信がない。買い出しは、本人たちが向かったほうが良いのだろうと、うっすらと考える。
「それなら、午後からの分担を発表するぞ。可能なら今日一日で補給は完了させて明日の朝には立ちたい。そのつもりで動いてくれ」
レパードの宣言に、イユたちは思い思いに返事をした。
「ラダは寝ないの?」
食事を終えたイユは、タラサで掃除を請け負うことになった。今頃掃除かと思わないでもないが、役割はよく理解している。
実際は掃除係ではなく荷物運びとして期待されているのである。出番はミスタたちが物資を買い込んできた後だ。イユには異能があるが、人の目のある外では力が発揮できない。だから船内に物資を運び込んだらそこから先はイユが引き受けるのだ。とはいえ、それまでは手持無沙汰になる。だから、掃除や洗濯、縫い物などの雑用を今のうちにこなしてしまう。
それに今までは水を十分に使えなかったから大したことはできないでいたが、桜花園にいる間は違う。周囲は水だらけで掃除し放題だ。折角なので、この機会に船内をぴかぴかにしておきたかった。
「明日には発つんだろう? 整備だけはしておかないとね」
そうしてイユがはじめに手を付けたのは航海室だ。だから、そこにいたラダとかち合う形になった。そこでラダに質問を投げかけたわけだ。
「心配しなくとも夜には眠るよ。今のうちは動いておいたほうがいいぐらいだ。何せずっと航海室にいたからね、身体が鈍ってしまって仕方がないんだ」
午前中、ラダは本当は休み時間ではなく整備として仕事を振られていた。数時間仮眠を取っていたのはそれだけ疲弊していたからだろう。午後からは動けるぐらいには疲れも取れたので、整備の仕事が始められるということかもしれない。
「分かったわ。無理だけはしないで」
「あぁ。これでも自分しか航海士がいないことは理解しているつもりだからね」
素直にありがとうで終わっておけばよいものの、もって回った言い方をするものだ。そう思いつつも、イユはそれについて追求するのを止めた。顔には出さないもののラダにはラダの考えがある。それは薄々分かってきたつもりだ。
「私、セーレの皆を絶対助けるわ」
代わりに宣言をする。
「だから、一人で背負わなくてもいいから」
「……そんな風に見えたかな」
真剣に言ったつもりだったが、ラダには苦笑を浮かべられてしまった。
「えぇ。仕方ないとはいえ、殆ど寝ないでの操縦。桜花園にきてからも数時間休んだだけですぐに整備の仕事。それにその手」
はっとしたように、ラダは指先を隠した。だがもう遅い。
「ひょっとしなくても刀傷でしょう。そんなの、整備にも操縦にも関係ないわ」
きっとナイフを使っての戦闘訓練だ。レンドが一人でやっているのを見たことがあるから知っている。傷があることから、木刀ではなく実際のナイフを使ったのだろう。確かに、タラサにはそんな道具はない。
問題は、過労を心配したくなるはずの激務のなかでどうしてそんなことができるかだ。レンドと違い、ラダは外に出て戦うような甲板員ではないのである。
「そういうわけで、無理しているようにしか見えないわ」
本当はその行動に思い当たる節があった。ラダは、セーレを思って一度船を去った。そのせいで、ラダのいない間にセーレは燃えてしまい皆がいなくなってしまった。
どうにもならないことだ。現場にいられなかったのは、ラダだけではない。イユもそうだ。それどころか、イユは暗示に掛かって『魔術師』に荷担してしまったようなものだ。だからこそ、心のどこかでいつも自身を責めている。
ラダもまた、同じなのだろうと、そう悟るぐらいのことはイユにもできた。
しかし、ラダはどこまでいっても本音を見せない大人だ。ただ、張りつけた笑みをそっと深めた。
「あまり仲間に心配を掛けさせるのもよくないね。気を付けるとするよ」
何が言えたというのだろう。ある意味それはこれ以上深入りするなという拒絶だった。だからこそ、イユは話す機会を失った。二人して、黙々とそれぞれの作業に取り掛かるよりなかった。
単純なもので、ラダのことが気がかりだったイユは、続けるうちに掃除に熱が入り始めた。そのうちに、イユの意識は完全に掃除に向いた。
ラダがイユに向けてどこか優しい視線を向けていることにも全く気付かなかった。




