その568 『情報整理』
「なるほど、意外と厄介そうだな」
イユたちはエルダから情報を得た後、手紙を出し終わったワイズと合流し、タラサに戻ってきていた。同じく情報収集の終わったクルトたちとともにセーレの面々が集まり、収集した情報を整理しているところだ。
とはいえ、時刻は昼時。場所は食堂に代わり、イユたちが帰り際に買ってきたお弁当を食べながらの会話である。観光地を回ってきたことも含め、どこか和気藹々な雰囲気がぬぐえないのも事実だ。
「何より、御洒落で美味しいわね」
イユは自身の弁当を見下ろす。桜色の容器に入ったお弁当には、三種類のおにぎりと盛りつけられたおかずが入っている。桜色のでんぷんに梅干しの入ったおにぎりがイユのなかではお気に入りの部類だ。筍や人参、蒟蒻の入った煮物もここ最近は食べられなかった味付けで、口に含むだけでほっとしてしまった。
「そうですね」
同意を示すリュイスの前には、イユのとは異なるお弁当が置かれている。こちらは、やきそばが主のお弁当である。リュイスは梅干しが苦手なのでイユとは違う種類のものを買ったのだ。
「……イユたち、食べ物の感想はいいから」
クルトが呆れ顔を作りながら、タコ型に切られたウインナー、タコさんウィンナーを口に入れる。クルトのお弁当は、リュイスのものと一緒だ。それにしても、何故タコなのだろうとイユは首を捻る。何より、イユの記憶にあるタコとは、奈落の海にいる海獣のことだ。通称、クラーケンと呼ばれる悪魔と思しき魔物である。シェイレスタの都で似たような魔物に出くわしてしまったから、可愛いとはどうしても思えない。
作成者のセンスを疑問にしても答えられる人間はここにはいないだろうとは察しがついていた。そのため、イユはそのまま本題に戻ることにする。
「分かっているわ。明鏡園に行くのが意外と厄介かもしれないという話でしょう?」
イユとリュイスが集めた情報だけでない。クルトとレンドもそれなりに情報を収集してきていた。
「そういうことだ。少なくとも空は危ないな。政府の船が常に巡回していて、旅人がいると都度声を掛けるらしい」
「それだけならいざ知らず、船内に入って怪しいものがないか確認するって。これじゃあ、空の検問だよね」
レンドの言葉にクルトが補足を入れる。
その内容を聞いたイユは頭が痛くなりそうだった。
「何だってそんなに厳しいのかしら」
「十中八九、マドンナの死絡みだがな」
イユの疑問にはレパードが溜息混じりに答える。
「でも犯人は捕まったんでしょう? 死んでいたらしいけれど」
『白亜の仮面』の話は既に伝えてある。この名前に興味を示したのは、意外なことに起きてきたばかりのラダだった。ちなみに、数時間という短さで仮眠を終えたラダは、癖がついて長時間寝られなかったと言い訳しつつも、食堂でイユと同じお弁当を食しながら話に参加している。
「恐らく残党がいると思われているのだろう。暗殺ギルドなんてものは、何人で構成されているかさえ不明なことが多いからな。容易に包囲網が解けないというのは分かる」
レンドの説明に、イユは唸る。紋章旗で存在を証明するギルドだ。人数ぐらい把握していてほしいものだが、そうはなっていなかった。そこはそれだけ人員の増減が激しいということなのかもしれない。
「仮に、以前セーレに侵入した暗殺者が同じ『白亜の仮面』なら、人数は結構いるかもしれないね」
ラダは過去の出来事を思い出すようにそう告げる。ラダの話では、以前セーレは暗殺者に襲われたことがあるという。そのときの暗殺者も仮面をつけていたことから、ひょっとすると同じギルドかもしれないと考えているようだ。最も暗殺者というものをよく知らないイユとしては、素性を隠すために仮面を装着するのが当たり前だと言われたらそうなのかもしれないと思うまでである。残念なことにタラサにいる誰も暗殺ギルドには詳しくないそうで、その答えは持っていなかった。
「マドンナを暗殺するようなギルドだからな。大きな組織の可能性は確かにある」
だから、レパードもそう可能性を告げるに留める。
「うーん、新聞じゃ残党も全て倒した! って書いてあるだけにもやもやするけれどさ」
「そういうものだと言っただろ?」
クルトの発言にレンドが答える。何があったのか、二人の会話だけではよく分からないが、クルトはそれで納得がいったように、やれやれという仕草をする。そうして、切り替えるように告げた。
「まぁ、そういうわけで意外なところでとばっちりを食らっているわけだね」
「意外でもないかもしれません」
クルトの簡潔なまとめには、それまで大人しくしていたワイズが口を挟む。
「マドンナの死からシェパングはシェイレスタに怒りを向けつつあります。それを煽動しているのが抗輝であれば、和平派として抗輝の政敵である克望も何かしら関係しているかもしれません」
ワイズの発言は、イユにはすんなりと呑み込みにくい。そんなイユのことを気遣うわけではないだろうが、一人団子を食していたミスタが呟いた。ちなみにミスタもまた休憩が終わって起きてきた一人だ。午後からはレンドと交代することになっている。
「全てつながっている?」
その発言を逃さず、理解ある言葉として告げたのは、整備の仕事が一段落したレッサだった。
「つまり、セーレが襲われたことも何かしらそこに関係があるということですか」
イユはうすら寒くなり、思わず自身の腕をさすった。
それが事実なら、イユたちは『魔術師』たちの陰謀にこれ以上なく巻き込まれていたことになる。それも、イユが踏み入れたこともないシェパングという国にだ。




