その562 『桜舞うなかギルドへ行きたい』
「あの巨大な桜の木に、政治の中枢機関がある」
一行の視線に気がついたのだろう。レンドがそう説明した。
「よく見ると周囲の桜の木と下り坂が交互になっているだろ」
確かに、中央の桜の木の周りには下り坂があり、その後を桜の木々が囲い、更に下り坂があり、桜の木々が囲い……となっている。それを見て、クルトが『層』と呼んでいた意味を理解した。
「あれで住民を区切っている。政治に一番近い桜の木のある場所はお貴族様、その周りはシェパングの人間が住むところってな」
そう言った区切りをつけるやり方は、シェイレスタと似ていると感じた。
「でも、壁を使っているわけじゃないから、その気になれば入れるよね?」
クルトの指摘は最もだ。その気でなくとも、足を踏み外せば下へ転がり落ちるだろう。柵こそあれど、全てに設置されているわけでもない。
「あぁ、住み分けはしていてもそういう点では、絶対ではないな。さすがに貴族のいる場所は何らかの処置はしているんだろうが、他は出入り自由だ」
レンドはある場所を指さした。そこに視線をやって、納得する。そこには、鳥居が一定間隔で建てられた下り階段がある。見張りもいなければ、柵もない。住民たちは好きなときに出入りできるようになっているわけだ。最も中央に近づくほど警備は入るのだろう。だから、イユたちがいられるのは観光客に紛れられる外周までである。
「あぁ、なるほど。ボクらはあそこを下りていけばいいわけだね」
下り階段を示して、クルトも納得の表情を浮かべた。
「そういうことだ。階段を下りた先は、商業区になっている。観光名物ばかりが売っている桜並木通りとは違って日常生活に必要なものが主になっている。まぁ、水ぐらいの物資であれば桜並木通りでも購入できるがな」
クルトが購入したいものは観光客向けでもなければ日用品でもない。だが、可能性があるとしたら日用品のほうがまだ近いだろう。リンゴ飴でカメラが直るはずもない。
「ちなみに、ギルドはあっちだ」
クルトが指を指した下り階段とは真逆の方向が示される。
「まさか、あそこまで付き添いはいらないだろ」
当然だと、イユとワイズが頷いた。
「当たり前よ。任せなさい」
「無駄に自信だけはある人は置いておいて、大丈夫です」
茶々を入れるワイズを睨みつけるが、どこ吹く風といった様子で流される。
「じゃあ、ここでお別れになるわけだね」
クルトにまでさらりと流されてしまった。
「あぁ、用が済んだら船に戻るんだな。俺らはそれなりに掛かりそうだ」
レンドとクルトが反対側の道を歩いていく。それを見送って、イユたちは顔を見合わせた。
「行きましょうか」
「そうですね」
リュイスの声に、ワイズが頷く。
ギルドまでの道中も賑やかだった。周囲の様子についつい目移りしてしまう。
「あれは何かしら」
扇形の鮮やかな色をした紙が、幾つも飾られている店を見つけて、尋ねる。
「扇子ですね。暑いときに風を起こして涼みます」
幸い博識なリュイスがいるので、レンドが不在でも答えが返ってくる。
「模様が綺麗ね。あれは花かしら」
「紫陽花でしょうか。変わったデザインですね」
「桜じゃないのね」
桜だけが桜花園のうりではないということかもしれない。
「あれは、書店ですか」
ワイズも興味が引かれるらしく、視線を店の棚に向けている。
「気になるなら見てみますか。イユも読める本が増えたはずですし」
日常の言葉ならほぼ読めるようになった自信があるだけに、少し心外だ。
「何よ、まだ習っていない字があるの?」
「いえ。ですが、活字は口とはまた違うものです。難解なものはあると思いますし、手にしてみるのも良いと考えます」
そこまでいわれたら、気になる。
イユが書棚に近付こうとすると、既にワイズがそこにいた。
「これは図鑑ですか」
植物の絵が書かれた本を手に取ったワイズをみて、リュイスが言う。
「シェパング周辺の植物について記載しているようです。薬草も作れますし、ためになりそうですね」
開いたページには植物の絵だけでなく、びっしりとその効用を記した文字が並んでいる。思いがけず、眩暈がした。
「これは、確かに勉強になりそうね」
活字には難解なものもあるといわれた意味が早々に分かる。文字は読めるのだが、理解ができそうにない。
「すみません、こちらは幾らでしょうか」
リュイスが店員に値段を聞く。
リュイスと店員のやり取りを聞きながらも、イユはいつの間にか寄り道をしていた事実に気が付く。
「必要なことだから、仕方ないわよね?」
半ば言い聞かせるように呟いたイユに、ワイズが声を掛けた。
「何しているのですか、いきますよ」
「勿論、分かって……、って?」
ワイズがいるのはギルドに続く道ではなく次の店の棚である。
「これは、薬屋ですか」
買い物を済ませたリュイスの弾んだ声がした。
「えぇ。このあたりに出る魔物は毒を持っているらしいです。その解毒剤は、桜花園でしか手に入らないようですね」
話を聞く限り、それは是非とも購入したいものである。
そう思いながらも、心の中のもやもやが消せない。必要な物資の購入だ。レパードにも、物資の補充は指示されている。間違ったことはしていないのだ。
だが、この調子では、一体いつになったら、ギルドに着くのだろう?




