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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
561/994

その561 『散策』

 橋へと下りると、まず空気が違った。

 イクシウスのような肌寒さもなく、シェイレスタのようなうだるような暑さもない。優しいそよ風が、イユの頬を撫でる。

 そのそよ風に誘われるように、桜の花びらが遅れてイユの手元へと零れ落ちた。

「可愛らしい花びらね」

 薄桃色の花びらは、再び風に吹かれて、ふわりと浮かぶ。それは一度青空に舞い、他の花びらとともに、桜の木々の合間を行き交う人々の波へと紛れ込む。

 人々が歩いている道は、花びらが敷き詰められているために桜色をしていた。恐らくは先ほど見失った花びらも、近いうちに桜色の絨毯の仲間入りをするのだろう。そうして、桜に包まれたこの独特の世界を地面から彩るのだ。



「途中までは全員一緒に行動しても問題ないはずだ。行くぞ」

 慣れているレンドが、声を掛ける。イユとリュイス、ワイズにクルトがそれに頷いた。予定通りの面々だ。レンドとクルトとは途中で別れることになっている。

 レンドが先頭を進み始める。橋を渡り切ったところで、イユは何気なく振り返った。


 湖に、多くの飛行船が停泊している。その中でタラサは白銀の船体を一際輝かせていた。ついこないだまで坑道に埋もれていたとは思えない輝き方で、不思議と桜の花と合っていると感じた。それにしてもこうしてはっきりとタラサを外から眺めたのは初めてのことである。大きさはセーレより少し大きいぐらいだった。イクシウスの戦艦と材質は同じだが、タラサに気品を感じるのは、これまでの苦労の分あって贔屓目に見てしまうからだろうか。


「ほら、イユ。おいていくよ」

 クルトに声を掛けられて、慌てて向き直る。

「分かっているわ」

 すぐに桜並木へと足を踏み入れた。




 桜の木の麓では、多くの人々が地面に布を敷いて、座っている。酒盛りをしている者もいれば、可愛らしいお弁当に舌鼓を打っている者もいた。美しい桜の下で、人々の笑顔が溢れている。

「確かに観光地だわ」

 そう断じるイユの顔も、緩みそうになるのを感じていた。人混みはいまだに慣れないが、人々の楽しそうな雰囲気につられそうになる。それに、この人数なのだ。インセートと同じで、『龍族』や『異能者』が混じっていても見つかりにくいだろう。そのうえ、観光客ということもあって、フード姿のリュイスも目立たない。刹那が着ていた装束をしている者は半数近くいたが、それ以外の人々の恰好は自由だ。イクシウスらしい恰好の者も、シェイレスタらしい恰好の者もいる。旅人らしき姿もあり、ありとあらゆる多様性が認められている気さえした。

「イユが急いで縫ってくれた服も、全然おかしくないね」

 同じ感想を抱いたらしいクルトが、自身の上着を改めて見下ろしてそう告げる。

「大きくない?」

「ううん。上着だし、気にならないよ」

 船員全員分は無理だったが、桜花園に下りた人数分はどうにか足りた。布の種類まで選ぶ余裕はなかったので皆色が違うが、揃っていてもそれはそれでおかしいのでよしとする。




「いらっしゃい、いらっしゃい。シェパング名物、リンゴ飴食べていかないかい?」

 声のほうへと視線を向ければ、木々の合間に店を構えている男がいる。男の前の棚に、光沢のあるリンゴが串に刺さった状態で並べられていた。

「ねぇ、レンド。あれは何」

 初めて見たのはイユだけではない。クルトの質問に、レンドが答える。

「屋台だ。店主が売っているものはリンゴ飴といって、リンゴを飴でコーティングしたものだ」

 飴というからには、甘いのだろう。リュイスが少し興味深そうな視線を向けている。

「喉が渇いたら、ラムネがあるよ。見て行ってね」

 別の屋台では、水色の涼しそうな瓶を水に浮かべている。ラムネという飲み物は、飲んだことがなかった。どういう味なのか気になる。

「ほら、そこのお嬢さん。お団子はどうかね?」

 客寄せの声が次から次へと掛かる。その声が告げる品物の殆ど全てが真新しくて、目移りしてしまいそうだ。

「目的は別にあるだろ。観光は時間ができたときにしろよ」

 こういうとき、レンドは手厳しい。レパードは半分以上観光目的でイユたちを送り出してくれたと思うので少しぐらい良いのにと言いたいのだが、全く妙なところで生真面目だ。

 こっそり溜息をついたイユの耳が、音を拾った。人々の喧騒に紛れて、旋律が聞こえてくる。

「この音は何?」

 レンドは気づいていたらしく、すぐに答えた。

「琴による演奏だ」

 琴とは、楽器の一種らしい。イユとしては、楽器からしてあまり関わりのないものである。セーレには笛もなければピアノもなかった。

「いい音ね」

 ぽろん、ぽろんと聞こえてくる音は、喧噪がなければ心が落ち着く良い音色だろう。もっと静かなところで聞きたいと思えた。

「あの赤い門のようなものは何ですか」

 リュイスが首で示した先には、朱色の柱があった。地面から天に向かって真っ直ぐに伸びる柱が二本と、その二本の間にある地面と平行な柱が一本。確かに、リュイスの言うように、門にも見える。

「鳥居というらしい。門の認識で合ってるぞ」

 レンドはくいっと首を右に向けた。

「あっちにも」

 それから左へ向ける。

「あそこにもある」

 確かに、一定間隔に鳥居がある。何度も門を設ける意味は何だろうかと、イユは首を捻った。門であるならばどこかの敷地に繋がっているとみるべきだが、見た限り鳥居の先と手前との違いが分からない。

「あれは所謂目印だ。桜並木は、鳥居に合わせて進むと桜花園をぐるりと一周する造りになっている」

「なるほど。土地勘のない観光客相手に用意したものなのですね」

 レンドの解説に、ワイズが納得する。シェイレスタでは専ら解説役だったワイズが、逆にレンドに教えを乞う姿を見るのは斬新であった。心なしか、いつもの毒舌も引っ込んでいる。

「そういうことだ。ちなみに鳥居の奥は見てわかる通り、下り坂になっている」

 そう言いながら、レンドが鳥居へと近づく。同じように近づいたイユは、鳥居から外れた路、街の中心に向かって急な下り坂を確認する。目印と言われて、納得した。知らない観光客が踏み外すと、ものの見事に転がっていきかねない。

 それにしても、急な勾配の先にある光景には目を奪われる。中央に桜の大樹が聳えていた。近づいたためか、飛行船から見ていたときよりも違って見えた。桜の木のなかで、最も歴史が古く最も偉大であるのだと思わされる。それはもはや、一つの建造物だった。

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