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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その557 『目覚めて』

 寝るつもりだったのに、目が覚めてしまった。

 イユは想像以上に嘆きの口を出られるかどうか気にしている自身がいることに気が付かされる。ちょうど時計の針が昼の十二時を指しているのをみて、身体を起こした。

 甲板は、人食い飛竜がいるかもしれない。そうなると、確認するには窓の大きい航海室が良いだろう。そこまで考えてから、同じ階に窓のある部屋があったのを思い出す。

「休憩室、行ってみようかしら」

 掃除だけはしてあるので、窓ガラスが汚れて外の様子が分からないということはないだろう。

 身支度を整えると、早速向かった。





 休憩室の窓には、眩しいばかりの青空が映っていた。目を細め窓に近づいたイユは、周囲に飛竜の影がないことを確認する。吸い込まれそうな青空に幾らかの雲が帯状に漂っている。真下には群青の海が渦巻き、近づくものを食らわんとしていた。

「休まなくて良いのですか」

 声に振り返ると、ワイズが扉を開けて入ってくるところだった。

「ワイズこそ、目を覚ましたのね」

「一日寝てましたから、さすがに」

 あくまで淡々と告げるワイズの眉間には皺が寄っている。あまり倒れたことを追及されたくないとみた。

「普段からここには来ていたの?」

 休憩室に寄る印象はなかった。

「ここだと空の様子がはっきり見えますから」

 肯定とも否定ともつかない答えを述べ、ワイズが窓――、イユの近くへと近付いてくる。

「見たところ、嘆きの口を出たようですね」

 イユは再び空へと向き直った。先程までと変わらない眩しい光がイユの目から景色を奪う。

「何で分かるのよ」

 人を見下すような呆れ声で告げられる。

「見れば分かるでしょう。奈落の海の流れが違います」

 言われて初めて気が付いた。嘆きの口にいたときは渦を巻くように激しかった海の流れが段々弱くなってきている。

「逆光ですが、大陸も見えてくる頃かと思います」

「本当に目と鼻の先なのね」

 リュイスの言っていたことを改めて理解する。

「とはいえ、シェパングは大きな大陸です。街が見えてくるまではまだ掛かるでしょうね」

 窓から目を離し、ワイズへと向き直る。寝てきたらどうですかと、ワイズのその目が言っていた。

「そうね。これで無事、現在位置が突き止められたし、もう一眠りしてくるわ」

 でも、とイユは続けた。

「先に情報を共有しておくわ」

 ワイズとしても、目が覚めてからどうなったか知りたかったのだろう。大人しく頷く様子を見るに、同じ医務室にいたシェルから事情を聞いているわけでもなさそうだ。


「思ったより進んでいますね」

 イユが説明を終えると、そう感想を告げられた。

「この分だと、食事の準備もいらないようですし」

 ワイズの代わりは、アグノスがやっている。

「そうよ。起きたてなんだから、ワイズも休んだら良いわ」

 下手に倒れられるよりはずっと良いはずだと、結論付ける。人手は確かに欲しいが、無茶はさせたくない。

「そういうことでしたら、承知しました」

「私も寝るから」

「えぇ、おやすみなさい」

 そう挨拶されるものの、ワイズは動く様子を見せない。助言はしたのだ。これ以上言うこともないと思ったイユは、すぐに客室に戻ることにした。





 眠りが浅いらしい。次に目が覚めたのは、夕方である。欠伸を噛み殺しながら起き上がると、簡単に身支度を整えた。

「まずは、夕飯ね」

 いつも通り、最初は厨房に向かう。

 扉を開けたイユは思わぬ熱気に足を止めた。

「何?」

「あぁ、おはようございます。夕方ですが」

 挨拶をしたのはワイズだ。その奥にリュイスもいる。早くに目が覚めたのはイユだけではなかったらしい。

「おはようございます」

 リュイスたちの律儀な挨拶に、大人しく返す気にはならなかった。

「何してるの?」

 調理台の上に鍋がある。そこからぐつぐつと湯気が出ているからこそ、理解ができない。火は起こせないのではなかったか。

「魔法石のストックを使いました。そろそろ他の料理を口にしたいということでしたので」

 イユの疑問を感じ取ったリュイスの発言に、理解する。言い出しっぺは、ワイズのようだ。

「さすがに気が滅入りますから。昼間のうちに魚を釣ったのでそれを使って魚鍋にしています。量が多いので朝の分まで持ちますよ」

 ワイズの説明は詳しい。あの後、結局休まずに起きていたのだろう。倒れても知らないぞと思ったが、そのワイズの手におたまがあるのを確認してしまう。料理に目覚めたのかもしれないと思ってしまった。

「香りが良いですね」

 魚臭いのが当たり前になっていた厨房だが、リュイスの言うとおり、鍋の美味しそうな香りに変わっている。ワイズは満更でもなさそうな顔だ。

 それだけに、気になってしまう。

「鍋だとアグノスに配達は無理でしょうね」

 言った側から、アグノスの羽ばたく音が聞こえてくる。仕事にやる気を出しているところ悪いが、バスケットで運べそうな食事ではない。

「交代で船員に来てもらいましょう。それぐらいはやってもらっても良いはずです。ラダさんの分だけならお椀に入れて運べば充分でしょう」

 アグノスはまだよく分かっていないのか首を傾げている。

「今日は配達でなくて、伝言を頼みます。今、メモを書きますから」

 アグノスは理解したらしく、一声鳴いた。

「そう、朝の配達は休みです。よく理解できますね」

 イユは満足そうに鳴くアグノスをみて、衝撃を受けた。

「今のでどう理解したのかさっぱりなのだけれど」

「僕もです。アグノスは本当に理解したのですか?」

 イユとリュイスの戸惑いをよそに、アグノスは当然だとばかりに鳴いている。

「飛竜ですから、あなたたちよりよっぽど賢いと思いますよ」

 メモを書き終えたワイズは、アグノスにそれを持たせる。アグノスはすぐに厨房を飛び出していった。

「飛竜以下で悪かったわね」

「えぇ。反省してください」

 何故、そこで反省を強いられるのか理解に苦しむ。

 とはいえ、口の悪さが戻ってきたあたり、体調は良いらしい。


 

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