その556 『明日に備えて』
その夜も、食事は魚料理にした。アグノスに配達を頼んだ後、扉の前へと急ぐ。今夜はレパードの見張りを代わることになったのだ。
ちなみに、定期計測については悩んだ末、数を減らしながらも、やることになった。当てが外れて嘆きの口を出なければまた計測が必要になる。起きてすぐのときと次の見張りの交代時間のときだけでも、やっておこうという判断だ。
「じゃあ、よろしく頼む」
本来ならレパードが来るところをイユたちがやってきたわけだが、ミスタもレンドも既に聞いているようで、すんなり挨拶をして去っていく。
「話をつけるの、早すぎよ」
実は、リュイスが今朝寝る前に既に手を打っていたのた。レパードに話をつけ見張りの交代を名乗り出て、話を通してあった。定期計測についても決めていたらしく、イユが起きたときにその旨を説明されてしまった。今朝悶々と悩んでいたイユが、ひどく滑稽である。
「私にも相談してくれれば良かったのに」
「すみません。思い立ったのが、イユさんと別れてからだったので」
謝罪されるものの、気は晴れない。
「それなら、明日以降のことも考えてあるの?」
「いえ、それはこれから相談したいと思っていました」
見張りを代わったイユとリュイスは、二人が戦えることを考えれば一人ずつ交代で代われば良かった。だがその前に、この場で相談をしてしまいたいらしい。これ以上、勝手に決められるのは嫌なので、イユとしてもそれには納得だ。
「地図が合っていたと仮定した場合と合っていなかった場合の二通りで動き方を決めましょう」
「まぁ、そうなるわね。前者の場合は?」
リュイスは、相談といいつつある程度は決めてあるようで、指を三つ立てた。
「まず、タラサの地図と現在位置のずれを調べることはできますね」
「それは具体的にどうやるべきなの?」
肝心な方法がイユには浮かんでいない。この際聞いておこうと思った。
「地図を眺めてみることしか、思い付かないです」
残念ながら、リュイスも手立てが浮かんでいないらしい。
「ただし、クルトやミスタたちの意見も聞いてみたいです。彼らの知見があれば、解決に近づくと思います」
それには、なるほどと同意する。聞くだけならイユにでもできそうだ。
「それから」
リュイスは一本指を折った。話は二件目に移る。
「食料や水の事情が変わってきます」
本当に嘆きの口を出れば、残りの距離が分かるのだ。ひとまず桜花園で補給をしたいという話なので、そこまで水を持たせられればそれでいい。
「かなり余る計算よね」
「そうです。多少贅沢しても大丈夫だと思います」
贅沢という表現はどうかと思ったが、確かに水が余ると言われるとできることがかなり増える。
「洗濯をしたいわ」
何せ、機関部員たちの衣服の汚れは目も当てられない有様だ。綺麗好きのリーサがその場にいたら卒倒しそうである。イユとしてもずっと気になっていたが、水が不足するかもしれないので、手を付けられていなかった。
「同感です。あまり不潔だと、病気になる可能性も高いです」
不潔と言われて思い出した。
「可能なら、シャワーも浴びたいです」
先にリュイスに言われて、頷く。今朝は優先事項ではないと思ったが、水が余るのならシャワーを浴びることはしたい。
「お風呂場を掃除しておくわ」
シャワーは各自の個室にはついていない。あったのは、風呂場の中だ。
「男女で別れているので交代で掃除しにいきましょうか」
リュイスの提案に頷く。見張りと風呂場の掃除を二人で対応しようと思ったら、そうなるだろう。
「あと気になるのは洗濯物を干す場所だけれど」
洗濯自体は風呂場でやってしまえばいい。だが、干せるような場所がこの船にあるだろうか。
「嘆きの口を出るといっても、外が安全かどうかは別の話ですし、室内干しが良いです」
本当は日干ししたいところだが、残念ながらそうもいかないようだ。
「洗濯を干せるだけの場所といったら、地下かしら」
「そうですね。クルトに物干し竿を作ってもらいましょう」
イユはそれに頷いた。タラサに物干し竿があれば何も困ったことはなかったが、今のところ見つかっていない。大昔の人間といえども洗濯はしているだろうと思うので、長い年月の間に壊れてしまったか或いはイユたちの理解を超える手段があったのかもしれない。ライムたちがいろいろ調べていたものの、全ての機械を理解できたわけではないので、或いはその中に物干し竿の代わりになるものがある可能性もあった。
「クルトには僕から頼んでおきます」
「任せたわ」
リュイスが指を更に一本折り曲げる。
「後は、桜花園に着いたときのための準備です。嘆きの口を出てしまえば、シェパングは目と鼻の先ですから」
「準備って、何か必要なの?」
リュイスは少し困った顔をした。
「誰が桜花園に出向くか決まってからかもしれませんが、今の服だと少々肌寒いと思います」
衣服は無理に替えなくていいと聞いていたから、全く気に留めていなかった。だが、確かに今の時点で肌寒くないかと言えば嘘になる。かたや砂漠にいたときと砂漠から離れたときでは、やはり温度差は大きい。
「羽織るものがある人はそれでいいと思います。問題は……」
セーレに衣服を置いてあり、燃えてしまった面々だ。つまり、殆ど全員である。
「布がどれぐらいあったかしら……」
マゾンダで買い込んできたものの一つに布もあった。ラビリが多めに買い込んでいた記憶があるが、今から服を作るとなると難しいだろう。リュイスが誰が桜花園に出向くか決まってからといったのを今更ながらに理解する。全員は到底無理なので、ひとまず、桜花園を見て回る面々だけでも羽織り物が欲しいということだろう。
「とりあえず縫えるだけ縫っておくわ。縫い物ならここでもできるし」
「はい、お願いします」
羽織り物なら多少大きめに作っておけば、寸法をきっちり測らなくても大丈夫なはずだ。最悪紐で調整できるようにしておけばいい。時間を考えながら、イユはそう頭の中でまとめる。
「意外とやることは多いわね」
風呂掃除、縫い物、見張り、終わり際に恒例になっている定期計測と食事の支度があるので、意外と盛沢山だ。
「はい。ただ、たとえ明日嘆きの口を出なくとも、いつか必ずやらないといけないことです」
言われてイユは頷いた。ラダの懸念したような無駄になることはないということである。
「残りは、明日嘆きの口を出なかった場合です」
リュイスは指を立てなかった。
「やることは、今までと同じだと思います」
定期計測、食事の準備、その続きが待っている。
「分かったわ。だったら、来るかもしれない明日に備えて、準備をしてしまいましょう」
出来れば明日の夜目が覚めたら嘆きの口を出ていることを祈って、イユは早速取り掛かるのだった。




