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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
555/993

その555 『休息を求めて』

「でもそれって本当に合ってるの? 偶然じゃなくて?」

 訝しむのも当然というものだ。今の今までできなかったものが、急に見つかったのである。ここでぬか喜びはしたくない。

「いえ、そうですね……」

 リュイスも同じ意見なのか慎重だ。

「この位置だと、試せると思う」

 シェルがそこで提案した。

「試せるって?」

「あ、うん。この現在位置であっているとすると、明日の昼頃には嘆きの口から抜けるから」

 それは、喜んで良いのかどうなのか、微妙なところである。

「えっと、現在位置は特定できたかもしれないけれど、明日には抜けるのね」

「合っていればです。合っているかどうかの確認がそれで出来ます」

 リュイスの言葉を聞きながら、イユは自分の中で感情を整理する。ずっと取りかかっていた定期計測と製図。その努力がようやく実を結ぼうとしている。それは嬉しいことだ。同時に嘆きの口を出る頃になって分かったとすると、今頃かという落胆もある。おまけに、これで終わりではないのだ。

「ようやく、一段階目の難関を突破できたか確認できるということね」

 現在位置があわせられれば、タラサの地図と現在の地図とのずれを調べられるようになる。

「はい、そうです」

 ふぅっとシェルが息をついた。イユもその気持ちを代弁するように、感想を述べる。

「先が長いわね」

 これでは本当に桜花園についてしまうのが先かもしれない。

「ですが、一歩は一歩です。この情報をラダたちにも伝えてきましょう」

「うん。にぃちゃんたち、よろしく」

 動けないシェルに代わって、イユたちは航海室に急いだ。




 朝方の航海室では、レンドとラダがいた。眠そうな顔をしているレンドは、イユたちが来ると「もう休息の時間じゃなかったか」と声を掛ける。

「そうだけれど、重大なことが分かったから伝えに来たわ」

 現在位置を特定できたことを説明され、さすがのレンドも眠気が吹き飛んだ顔をした。

「確かめ方は、明日の昼に嘆きの口から抜けるかどうかということだね」

 ラダの言葉に頷きながらも、イユは彼の隈に目をやってしまう。綺麗な顔にははっきりと疲労が浮かんでいた。

「はい、そうです」

「ありがとう。君たちはずっと夜番なのだろう? もう朝なのだから休んでくるといい」

 ラダの労わりの言葉を聞く、イユの心境は複雑だ。ラダのほうこそ休んでほしいのだが、それを言うことができない。こうなると早く突き止めなければならないとも思うが、残念ながら明日の昼までは動けない。そこまで考えて、本当にそうだろうかと考え直す。動こうと思えば動けなくもないのだ。

「地図があっていると仮定して、次の調査はできるかしら」

 イユの呟きに、リュイスは反応を示した。

「できなくはないです。タラサの地図と現在の地図とのずれ、その規則性を調べるんですね」

 それならば、一日棒に振る心配はない。喜んだイユの前にあったのは、ラダの寂しげな瞳だ。

「仮定の話であまり動くことはお勧めしないよ。徒労に終わりやすいからね。それよりは十分に休んでほしい」

「それをラダが言うと、説得力がないんだろ」

 レンドが横から呆れたように声を掛ける。

「おかしいな。仮定で動いた記憶はないんだが」

「仮定で動かなくても、十分疲れた顔をしているから問題なんだろ」

「問題ないさ。幸い睡眠不足の仲間は多いみたいだからね」

 眠そうな顔をしていた本人は、自分のことだと気づいたようだ。

「桜花園についたらまずは寝る。それだな」

「それには同感だ」

 気安い二人の物言いを聞きながら、まだ元気かもしれないと少しだけ安堵した。




 医務室でシェルに事情を伝え、包帯を巻き替えた後、イユは客室に戻る。ぐちゃぐちゃなままだったベッドを整え、手ぐしで髪を直してから、すぐにベッドに潜り込む。そこまでしても、不思議と眠気がこなかった。最初の難関を突破したかもしれないこと、同時に船員たちの募る疲れを感じたこと、それらがイユの目を冴えさせてしまった。そんなものだから、いろいろ考えてしまう。


 明日の昼までにやること、つまりは今日の夜にイユができることを考える。仮定で動くことはおすすめしないとラダは言ったが、だからといって何もしないわけにもいかないのだ。それに、素直に従うとしたら、定期計測も果たして続けるべきことだろうか。いらないなら、夜に起きている必要はなくなる。扉の前の見張りを変わったほうが喜ばれるだろう。しかし、それでよいのだろうか。皆が疲れているなか、本当にしないといけないのは何だろう。

 そんなことを考えているうちに、ふとクルトがお風呂に入りたがっていたことを思い出す。幾ら布で身体は拭けるといっても、シャワーとはまた違う。夜に立ち寄った補給地点はあまり長居をしないようにしていたから、泉での水浴びもできなかった。だから、恋しい気持ちはわかった。

 だが同時に、何を悠長なとも、思うのだ。

 確かに、本当に嘆きの口を出られるとしたら、一旦補給による桜花園までは数日だ。その計算なら、水は十分に足りる。シャワーぐらい浴びれるだろう。

 けれど、それは本当にしないといけないことではない。それをするぐらいなら、やはり見張りを変わったほうがいい。それで、ミスタやレンド、レパードたちの負担を減らすのだ。それなら、役に立てるだろう。

 だが、航海室や機関室の皆の疲労はどうしたら、取り除けるだろうか。皆、あまり大きく場所を離れられないようだ。クルトだけはそうでもないようだが、そのクルトも目に隈を作っている。

 睡眠時間を確保したいところだが、眠る時間が長いと他の船員に負担が行く。全員が疲弊しているなら、負荷の軽減も中々できない。


 イユは嘆息した。

 イユの頭ではどうにかなる気がしない。そもそも、イユ自身も疲れている。こんなときに考えても、良い案は出てこない。

 自覚した途端、ようやく眠気が込み上げる。イユの意識が落ちるまで、そう時間は掛からなかった。




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