その549 『やれることを』
「駄目だな」
出鼻をくじかれてしまった。
レンドが扉の様子を指しながら、事情を説明する。
「見ての通り、人食い飛竜が襲撃してきている。今のところ、土嚢だけで耐えられているが……」
扉ががんがんと揺れるのを見れば、これ以上の説明は不要だ。このようなところで進んで扉を開けたものなら、人食い飛竜がわんさか侵入してくるのは目に見えている。
イユとリュイスは顔を見合わせた。
「どうする?」
「……仕方ありません。一旦医務室に戻ってシェルに計測器を預けましょう。ここが静かになるまではそうするしか手がありません」
定期計測ができなくなるということは、今記録に残っている分しか地図に残せないということだ。
「問題ないの?」
イユの不安を嗅ぎ取ってか、リュイスは小さく頷いた。
「確実な情報は取れませんが、出来るところまでやるしかありません」
自信のなさそうな答えだった。
一時間待っても、二時間が過ぎようとも、人食い飛竜の襲撃は終わる気配がなかった。昼ご飯を配り終わり、計測器のデータを全てシェルが描き終えた頃になっても、まだ襲撃は終わらない。イユの休息時間が過ぎ、リュイスと交代しても変わらなかった。
「幸い、扉を破られる気配がないのは救いだけど」
レンドがまだ見張りを続けているが、突破される心配はないようだ。
「察するにですが」
ワイズが扉のあるほうを見ながら、イユに自身の推測を告げる。
「人食い飛竜は昼行性なのではないでしょうか」
ワイズとイユは今、船長室の奥の書斎にいる。シェルは負担があったらしく寝てしまい、医務室からそっと出てきたのだ。場所が書斎なのは、ワイズの発案で船のマニュアル本がないか調べるためだ。ワイズは、殆どの操作方法は機械のなかにあるとはいえ紙としても残っていないのはおかしいと指摘しており、上手くいけば船の自動操縦についても手掛かりが得られるはずだと言うのである。
「夜になれば、静かになるということ?」
イユは机に広げられたぼろぼろの本から出てくる埃に鼻を摘まむ。書かれている文字はイユでも理解できるが内容はさっぱりだ。同様にワイズの言う『昼行性』が何なのかも分からなかったが、言わんとするところは理解できた。
「はい。ですので、昼間の計測は不可能ということです」
ワイズは手元のノートに、本に書かれていることをかいつまんでまとめている。本が古すぎて持ち出せないためだ。残念ながら、今開いている本に自動操縦は出てこないようだが、機関室で役立てそうなことが載っているそうで、書き写すことになった。
イユは役立てない代わりに頭を動かし始める。
ワイズの言うとおり、昼間は殆ど計測できないとなると、計画の見直しが必要になる。夜に本当に人食い飛竜が静かになればの話ではあるが、イユたちは、昼間寝る生活をしてしまえばいい。そうすれば数時間ごとに起こされる生活をしなくてすむし、三人も人を割く必要がない。ワイズには引き続き、書き写し作業をしてもらったほうが効率的だ。
いっそのこと、夜間の定期計測の間隔を狭めてもよいかもしれない。夜の間だけではあるが、細かく確認できるのであれば、地図の精度は上がるはずだ。
イユの考えをワイズに伝えると、
「そこまで精度に影響が出るかはわかりませんが、試してもいいかもしれませんね」
と珍しく素直な賛成意見が飛び出た。
「とはいえ、シフトもありますからリュイスさんが起きてきたときにもう一度相談と言う形でしょう」
リュイスが起きてくるにはまだ数時間かかる。その間待ちぼうけもよろしくないと思ったイユは一つ、提案した。
「先に夕ご飯を作ってくるわ」
作り置きは料理の基本だ。セーレは船員が多いので寸前に作っても到底間に合わない。リーサが言っていたことである。
「それでしたら、息抜きに僕も手伝うとしましょう。それで、今日もサンドイッチですか?」
積極的なワイズの様子に、イユは小首を傾げる。いつもらしくないと感じたのだ。
「そろそろ腐りそうなキュウリとかは片づけたし、他のものを作ってもいいわよ」
「サンドイッチは作れないということですか」
「具材を変えればサンドイッチでも問題ないけれど、何?」
「いえ」
煮え切らない反応だ。やはりどこか、らしくない。
「サンドイッチで構いませんよ、えぇ」
突っ込むか悩んだところで、言い切られてしまった。
「……ひょっとして、今のところサンドイッチが上手く作れていないことを気に病んでるの?」
これまでに作る機会は2回あったが、素人が作ったとよく分かる出来映えのサンドイッチができていた。ワイズが自分のサンドイッチの形の悪さを気にしていることは、過去の言動からも分かっている。尤も、イユからしてみれば、可愛らしいレベルだ。少し具材を多くしすぎてはみ出した程度なので、食べる際に支障があるわけでもない。味もイユのものと変わらなかった。
「何を言っているのですか?」
あくまで躱そうとする姿勢を見せるワイズに、イユはそれ以上何も言えなくなってしまった。
だが、心の中では別である。ワイズは意外と完璧主義者かもしれないと思った。或いは負けず嫌いなのかもしれない。どちらにせよ、サンドイッチが上手く作れなかったことに、必要以上に衝撃を受けている気がしたのである。
「そういうところは、子供相応なのだけれどね」
不思議と、躍起になる子供というのは可愛らしく感じる。素直に認められないところも引っくるめて、愛らしい。
「何を言っているのですか?」
念を押すように言われて、イユは大人しく、含み笑いを引っ込めることにした。
「今回はよくできたじゃない?」
バスケットに自身のサンドイッチを詰めながら、イユはワイズの手元にあるサンドイッチを褒める。世辞抜きで形が崩れておらずイユのものと比べても大差がない。店に並んでいても問題なさそうだった。
確かに調理の過程でまだたどたどしい部分はあるものの、たった数回の料理でここまで上達するあたりに、ワイズの優秀さが見えていた。
「三回目ですからこれぐらいは」
ところが、そう答えつつも、本人はどこかまだ不満そうな顔である。
イユは小首を傾げた。
「一回でできなかったことが不満なの?」
それぐらいしか、理由が思い当たらない。
「さすがにそこまで強情ではありません。ただ……」
ワイズは、たいへん恨めしそうにサンドイッチを睨んでいる。
「リュイスさんのはどうしてあれほどの出来になるのでしょうか」
全く向上心のあることである。世界一のシェフでも目指すつもりだろうか。イユは内心呆れかえった。
だが、ワイズの指摘については、非常に同感だ。
「あれは比べたらいけない禁断の領域よ」
と言うに留めることにした。




