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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その548 『配ったり線を描いたり』

 朝ご飯を作り終えたところで、早速船内の面々に配り歩く。はじめは甲板の前で見張っているレンドだ。

「おぉ、悪いな」

 昨日は部屋の前に置いておく形になったが、いつの間にか食堂にバスケットが戻されていた。中は空だったので、全部食べたのだろう。

「ん、今回は形が悪いのがあるな」

 ワイズが作ったサンドイッチのことである。イユも手直しをしたが、一度崩れたものを直すには限度があった。

「貰える側が何か文句でも?」

「いや、別に」

 ワイズがすかさず突っかかるが、レンドは軽く受け流す。少し不満そうなワイズを見ていると、珍しく子供相応だ。

「普段からこうだと可愛げがあるのに」

 そう言ったら、冷ややかな目で見られた。

「何よ」

「別に何でもありません。あなたに可愛げを求められても何にもならないと思っただけです」

 相変わらず、憎々しい言い草である。何か言ってやろうかと思ったところで、リュイスに止められた。

「ほら、次に行きましょう。時間が勿体無いです」

 渋々頷くと、ワイズが余計なことを口走る。

「全くです。気を付けてください」

 ここで反論しては、相手の思う壺である。口を引き結んで、航海室に向かう。

 その背後でレンドが忍び笑いしてやいないかが無性に気になった。何ということもない。当てつけ先を探していたのである。

 ところが、曲がり角を折れたところで視線をやると、レンドは呆れきったような顔でサンドイッチを食べていた。


 何となく、余計にむしゃくしゃして、航海室の扉を開け放つ。

「おーい、もう少し静かに開けろ」

 そこには、レパードとラダがいた。レパードの苦情は無視して、気になったことを告げる。

「ラダ、起きているじゃない」

 てっきり休んでいると思っていた。そのためにレパードと交代したはずだ。

「残念ながら、休む時間が取れなくてね」

「方角が変わったんだ。起こすしかなかった」

 自動操縦にしていたところ、進行方向が想定と違うものになったらしい。

 ラダは飄々としながらも、舵から手を離さない。どちらかというと、やることのないレパードが手持ち無沙汰にしている。

「ひとまず、朝御飯です」

 レパードにラダの分もまとめて預ける。

 サンドイッチだと知ったラダが感想を述べた。

「ありがたいね」

 片手で食べられるのがやはり良いらしい。

「次は、機関室でしょうか」

 ワイズの言葉にイユたちは頷く。それを聞いていたレパードが声を掛けた。

「機関室に行くなら、ちゃんと休んでいるか確認してきてくれ。あいつらは、ある意味ラダより心配だ」

 働き続けて気づいたら倒れていたということがありそうである。

 同感だと、イユは再三頷いた。


「あぁ、イユ。おはよう」

 機関室は、幸い煙っぽさからは大方解放されていた。かわりに、鉄板を手に持ったクルトに出会う。

「ちょっと、クルト。目の隈が凄いわ」

 心配していたとおりである。

「そう? まぁ、食べたらちょっと寝るかな」

 どうやら一睡もしていないらしい。

「レッサとライムは休んでいますか? 心配なのですが」

「大丈夫、大丈夫。休んでないよ」

 リュイスの疑問に、クルトがあっけらかんと言う。レパードの予感が的中だ。全く大丈夫ではない。

 イユたちの表情を見たクルトは、ようやく不味さに気づいたらしい。

「一応、ご飯食べ終わったらレッサを先に寝かせるよ」

 と言い切った。

「……本当に大丈夫よね?」

 念には念をいれて、念押しをしておく。

「大丈夫だって。元々、作業に没頭すると寝なくても生きていける人たちだし」

 セーレでの生活と大して変わらないと言われると、絶句するよりない。

「ここの人たちは人間ではないようですね。僕には理解できません」

 ワイズが呆れたように首を横に振った。


 最後は仮眠中のミスタだ。当たり前のようにノックをすると、アグノスがバスケットを持って出てくる。慣れた様子でサンドイッチを入れるリュイスとイユを見て、ワイズが理解できないと言う顔をしていた。





「とりあえずこれで配り終わったわね。後は食事だけれど」

「折角ですし、シェルと食べましょう」

 リュイスの提案に皆が頷く。シェルとなるべく一緒にいるというのもそうだが、渡してあった計測器で、どこまで製図が進んだかも気になるところである。

 医務室に入ると、しんとした空気がイユを包んだ。シェルが意識を集中させているのだと気づいたイユは、しっと後ろの二人に注意を促す。そうして慎重に中に入ると、計測器を前に固まっているシェルの姿が見えた。腕を動かして、びしっと広げられた紙に何かを書こうとしている。その途中で痛そうな声が漏れた。

「シェル?」

 慌てて駆け寄ったイユは、紙に描かれた歪んだ線に気づく。恐らくは、真っ直ぐな線を引きたかったのだろう。

「あ、ごめん。気づかなかった」

「集中していたみたいだから静かに入ったの。お腹、空いてない?」

 言いながらイユはバスケットを取り出した。出てきたのはイユたちの作ったサンドイッチである。シェルの先日の食べっぷりを見て、大丈夫そうだと判断したのだ。とはいえ、本人がどういうか次第である。

「大丈夫だと思う」

 無理をしている様子も見えないので、四人でシェルを囲む形で朝食の時間が始まる。

「さっき痛そうだったけれど、大丈夫なの?」

「あ、うん。乗り出そうとすると、ちょっと」

 リュイスの作ったサンドイッチを頬張りながら、イユは先ほどのシェルの様子を思い返す。シェルが乗り出そうとしているようには到底見えなかった。とはいえ、製図するのは大きな紙だ。手を動かすだけでも肩や背中の筋肉を一部使うことになる。そこで痛みが発生するのだろう。

「骨折自体はほぼ治っているはずですが、痛みとしてはまだ残りますからね」

 ワイズが自身の治癒魔術の効果について語る。

「うん」

 それにしても、たった一つの線を引くだけの作業にこれだけの時間が掛かるとすると、計測器の情報を全て書き取るにはそれ以上の時間が掛かることになる。リュイスもそれに気づいたのか、提案した。

「経度や緯度の情報は予め僕らで描きましょう。シェルは計測器を見て必要な個所に点を書き足してください。そうすればあとはそこをなぞるだけで大まかな輪郭がとれるはずです」

 なるほど、線は無理でも点ならば描きやすいはずだということらしい。

「うん。分かったよ」

 自分の状況を理解しているシェルは素直に頷いている。その素直さが逆に悲しい気もした。

「あぁ、分かっていると思いますが、イユさんは描かないでくださいね。僕らでやります」

「はぁ、なんでよ」

 ワイズは、淡々と答えた。

「あなたに地図が描けるとは思えないからです。ついでにいいますと、真っ直ぐな線を描けるかも甚だ疑問です」

 全く心外である。製図ができないのはリュイスもワイズも一緒なのだ。ましてや線を引くぐらい、イユでもできるだろう。

「大丈夫よ。紙に線ぐらい描けるわ」

「本当ですか」

 ワイズはまだ疑う顔だ。

「見てなさいよ」

 食べ終わったイユが早速線を引き始めたのは、言うまでもない。



「やられたわ」

 手元にある線を引き終わったときになって、イユは後悔の声を上げた。既にワイズは仮眠に入っていて、そこにはいない。

「ねぇちゃんも、夢中になると周りが見えなくなる人なんだ」

 機関部員を見るような目を向けられて、イユは「うっ」と言葉に詰まる。

 意外と簡単だと分かったら、後はひたすら線を描き続けてしまったのだ。まんまとワイズの口車に乗せられてしまった。おまけに当の本人に文句を言おうにも、既に自室で休息中という有様だ。

「ですがこれで必要な情報が描き込みやすくなったと思います。お疲れ様でした」

 素直に労をねぎらうのはリュイスだ。そのおかげで幾らか溜飲が下がる。

「それより、そろそろ計測の時間です。行きましょう?」

 更にやることを指示されれば、大人しく頷くよりない。

「仕方ないわね」

 準備を始めたイユたちを見て、シェルが声を掛けた。

「ねぇちゃんたち、いってらっしゃい」

 その声が少しだけ明るさを取り戻した気がして、「まぁ、いいか」という気にさせられた。

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