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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
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その547 『製図をしながら』

 結論として、シェルを巻き込んで正解だった。

「全然、分からないわ」

「僕がやりますので、とりあえず待っていてください」

 イユが断念すると、リュイスが代わりに前へと出る。

 今、イユたちは甲板から太陽や星、周囲の島の位置を計測している。計測器は、幸い機関室にあった。

 だが、使い方はさっぱり分からない。そもそも何故その計測器で現在位置が特定できるのか、そもそもの仕組みがイユでは理解できなかった。

「シェルって頭良かったの?」

 地図を確認したシェルは、リュイスの段取りを聞きながらも、はじめに現在位置を特定すべきだと意見した。幸い、古い時代の地図であれば現在位置は飛行船上に示されている。故に、今の時代の現在位置を特定できれば解決に大きく近付くわけである。

「以前のギルドで、製図のお手伝いをしていたそうですから、知識自体はあるのだと思います。あの、少し横に反れていただいてもよいですか? 影になっています」

 言外に邪魔と言われて、イユは大人しく後ろに下がる。

 リュイスは手に持った球状の物体、測定器を操作している。透明感のある水色の球は見る分には美しい。球を囲む白い帯には絶えず文字が並んでおり、それをうまく動かすことでまず日時を指定する。続けて、海から飛行船までの高さを合わせ、自分の位置を掴んだら太陽や星の位置を記録するらしいが、常に水色の球の上を複数の文字や記号が絶えず動いており、イユには何をどうしたらよいのか分からないのだった。

「どうして、これで現在位置が分かるのかしら」

 何度目かになるイユの呟きに、リュイスは懲りずに答える。

「分かるわけではないです」

「でも、これで地図を描くのでしょう?」

 現在位置が分からないなら、新しく地図を書けばよいではないかという発想は、イユにはなかった。だが言われてみれば納得できないこともない。大陸の隅から隅までを歩いて輪郭を調べることで地図を描くという発想は、イユの頭のなかで辛うじて理解できる。それと同じことを空でも実行し、大体の輪郭からスナメリに貰った地図と一致する場所を調べればよいのだと、シェルは言っていた。幸い、魔物狩りギルドだけあって、スナメリの地図は街よりも嘆きの口といった曰く付きの場所のほうが事細かに載っている。一致させやすいのだとも。

 しかし、ここは陸ではなく、空なのだ。ラダが一定の高さを維持して空を飛んでくれているとはいえ、目印らしきものは殆どない。

「どうして、これで地図が描けるのよ」

 質問を変えたイユに、リュイスはさっぱりと答える。

「この計測器は、今いる周囲の状況を数字に書き換えて記録するものだそうです」

 イユにはその数字がさっぱり理解できないのだが、どうも詳しく説明する気はなくなったらしい。

 イユの表情を見てか、リュイスが「仕方ないです」と続けた。

「イユは暦が読めませんから日時の指定もできませんし、ましてや座標の考え方も知りませんから」

 文字の読み書きが出来るようになって、やれやれと思ったところでの新知識である。

「落ち着いたらでいいから、後で教えて」

 今教えを乞うても、作業の邪魔になる。それが分かっているから、妥協した。

「良いですよ」

 にこやかに笑うリュイスに、少し胸のもやもやが晴れる。

「それにしても、シェルが言っていた計測器があって、本当に良かったですね」

 計測器があるということは、タラサは以前、製図が必要な場面に出くわしたことがあるということらしい。タラサにあった地図にはシェパングとシェイレスタ、イクシウスのそれぞれの大陸の一部しか載っていないので、足りない部分を補う必要があったのだろう。

「さて、これで完了です。医務室に戻りましょう」




 医務室に戻ると、意外なほど静かだった。微かな寝息が聞こえて、イユは足を止める。

「眠っているわね」

 さすがに、疲れたのだろう。やはり無理をさせ過ぎたのかもしれない。イユはリュイスに合図すると、すぐに廊下へと戻った。

「もう、夜ですしね。僕たちは今の作業を定期的に続けましょう」

 リュイスの言葉に、イユは頷く。シェルの話では、今回の記録は一回では終わらない。地図を描く機械なわけなので、一定時間が経ったら再度外に出る必要がある。一時間に一度計測すれば十分なはずだと言っていた。

 ただし、その度、人食い飛竜に襲われる可能性があるので、これは危険な行為ではあった。今回は偶然、襲ってこなかったが、同じことを繰り返すとなるとそれなりに大変だ。

「私、よくわかっていないのだけれど、この計器でとった情報を地図に書き起こすのよね?」

「そうです。ここに必要な情報が入っているので、これをもとにシェルに製図をしてもらいます」

 製図はリュイスにもできないらしい。実際に地図を描くギルドにいたシェルやミスタであれば、描けるのだろう。ミスタは仮眠中であり、出来れば見張りを優先してほしいため、こればかりはシェル頼みになってしまった。

「いつの間にか、シェルなしじゃ成り立たなくなったわね……」

 とはいえ、実情として、タラサ内は人手不足だ。

「シェル自身も製図経験はないそうですが」

 自信がないと、シェルは言い切った。怪我で線が上手く引けるかどうか分からないだけではない。そもそも、実際に製図業務に携わったことがないのだという。当時のシェルは見習いで、作業をさせてもらう機会はなかったらしい。所謂、雑用係が主であったという。だから遠目に見ていた動作を見よう見まねでやってみるしかない。

「まぁ、見よう見まねでここまでになった人もいるし、何とかなるでしょう」

 本物の地図を作れと言っているわけではなく、現在位置を調べるための地図製作なのだ。多少下手でもなんとかなるはずだと、イユは思う。

 見よう見まねで二刀の剣を扱えるようになったリュイスは、イユの視線を受けても分かっていないのか首を傾げている。

「とりあえず、私たちも寝ましょう。次の計測までだからたっぷり寝れるわけではないけれど、もうすっかり夜よ」

 レパードは休めるときに休めと言っていた。それならば、今がその時間だろう。イユの言葉に、リュイスも頷いた。



 それから暫くは、計測作業続きだった。一時間に一回計測をするために十分に寝付くことが難しく、すっかり寝不足だ。人食い飛竜の襲撃の危険があるので、一人だけが計器を持って外に出ることもできず、レパードたちに頼もうにも扉を防ぐ係の人間が必要になる。

 仕方なく、途中からはワイズも巻き込んだ。幸い、ワイズもリュイスと同様、計測器の扱いをすぐに習得してみせたので、上手いこと三人で回すことができた。

「それでも、この間ラダは全然寝てないのよね」

 医務室でシェルに製図をしてもらう待ち時間に、三人で朝ご飯を作る。ラダはほぼ徹夜のはずだ。

「しっかりした休息は、確かにないと思います。ただ、てきとうな地点を選んで自動操縦を指定することもできるわけですから、さすがに休息は取られていると思います」

 リュイスの言葉に、それもそうかとイユは納得する。今の地図と昔の地図が大きく異なっていても、方角さえ正しく掴めていれば、正しい進行方向に進むことはできる。おかしな方角に進もうとしたら、自動操縦の位置を都度変えてやればいいわけだ。

「問題は大陸が近づいてきてからということ?」

 シェパングは広い大陸だ。街の位置が分からないと、延々と彷徨うこともあり得る。

「それこそ、大陸の形状から今の地図をもとに進めるでしょう。問題は、今ですよ。ラダさんが寝ている間に、おかしな方角に進まれると困るわけですから」

 理解力の早いワイズが呆れたように答えるが、彼の手元の作業は殆ど進んでいない。今朝もサンドイッチのつもりなのだが、どうも『魔術師』様は料理経験がないと見える。

「こうやるのよ」

 キュウリを切ってみせながらも、イユはワイズの話に答える。

「そうなると、やっぱりラダは殆ど眠れてないじゃない。あ、でもレパードが航海室に行くのはそのためね」

 見張り役だったレパードは、仮眠をとった後、航海室に入った。今見張り役はレンドがしており、ミスタは先に航海室に行った後再度仮眠に入っている。

 つまり、イユたちと同じで、大人組も大人組でラダを巻き込んでの交代制を取っているわけだ。

「進行方向に進んでいるかどうかぐらいは、レパードでもどうにかなるってことね」

 方角がずれたらすぐにラダを起こすのだろう。

「そうはいっても負担はあるでしょうから、現在位置の特定は急いだほうが良いでしょう。同じ負担があるはずの機関部員は何故か元気ですが」

 ワイズが言うのは、語るまでもなく、ライムとレッサのことである。クルトも徹夜組のはずだ。

「朝食を配るときに、一応機関室の様子は見てみるとして……、ちょっとそんなに具材を入れたら入りきらないわよ」

 イユはワイズが挟もうとしているパンを見て、声を上げた。


 

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