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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
544/994

その544 『絶望のなかに取り残されて』

「シェル、起きた?」

 医務室を覗く。耳を澄ますが、寝息が聞こえない。明かりをつけ、シェルの近くまで進む。

「ねぇちゃん?」

 包帯のせいで音が聞き取りにくいのだろう。初めて気がついたように、シェルが呼んだ。

「えぇ、私よ。起きられそう?」

「うん」

 ずっと寝ているのも辛いだろうと思い、リュイスとともに身体を起こす。その動きだけでも、一苦労のようで辛そうだった。

「大丈夫?」

「うん」

 そうは言うが、以前より厳しそうだ。ここ数日で、体力が落ちてきているのかもしれない。イユは心の中で考える。癪に障る医者がリハビリが必要だと言っていた。しかし今は一人でも起き上がれない状況だ。助けがいる。

「ラビリねぇちゃんは、もう行っちゃった?」

「えぇ」

 今まではラビリが比較的シェルの面倒を看てくれていた。身体を起こすといったこともこれからは、イユとリュイスで看るべきだろう。

「シェル、何か食べられそう?」

「うん」

 幸いにも、すぐに返事があった。食欲はあることにほっとしながら、イユは持ってきた粥を渡す。サンドイッチはまだ喉が通らないだろうと考えた故の判断だ。火傷をしないようにとの配慮から少しぬるめになっている。スプーンを使う必要があるのが唯一の心配点だった。

「……ほら。食べられそう?」

「大丈夫だよ」

 利き手でないからだろう。言葉とは裏腹に、思ったより苦戦しているように見て取れた。それを眺めていたら、待ち時間があることに申し訳なさを感じたのだろうか、シェルから今日一日の出来事について質問される。

「そうね……」

 どこから話したものか。イユが悩んでいる間に、リュイスが今日起きたことを話し始める。相変わらず、的を得た説明だ。

 シェルはその間、黙々と食べ続けている。人食い飛竜の話を聞く最中も、その様子は変わらない。

 一通り話し終わった頃が、ちょうどシェルの食べ終わる時間だった。リュイスが口をつぐんだのを見計らって、シェルが口を開く。

「街にはいつ着くか分かる?」

 イユは首を横に振った。

「はっきりとは分からないわ。分かるのは方角だけ」

「そっか……」

 覇気のない言い方が気になった。

「街が見えてきたらすぐに伝えるから。何か欲しいものでもある?」

 シェルの視線が、空っぽの皿に向けられている。その瞳に何が映っているのか、分からなかった。

「欲しいわけじゃないんだけど……」

 その歯切れの悪さが、イユの心の中にもやもやを与える。

「何でもいいわ。言って」

 イユの言葉に意を決したらしいシェルが、ゆっくりとイユとリュイスの方へと目を向けた。



「街に着いたら、オレを置いて行って」



 意味を理解するのに時間が掛かった。


「それは、どういう……」

 意図を図りかねたリュイスの様子を見てか、シェルが続ける。

「街なら安全だから、そこにオレを置いて行って」

「ですが、当てはあるのですか? 恐らく着くのは桜花園ですよ」

「それは……、ない、けど」


 二人の会話を聞きながら、イユは辛うじて声を絞り出した。

「どうして……、そんなことを……?」

 分かっている。シェルはギルド員だ。イユのように事情がある場合とは違う。彼らは自由なのだ。いつでも船を下りてしまえる。だが、今のシェルはぼろぼろで、満足に動くこともできないのだ。そんなことを言いだす理由が分からない。

「ねぇちゃん」

 何より、イユのなかで、折角会えたシェルを手放すという選択肢がなかった。だから、勝手にずっとシェルの面倒を看るつもりでいた。

「オレ、ここでこれ以上、迷惑はかけられないよ」

「迷惑だなんて」

 言わないでほしかった。イユにとっては、大事な仲間だ。そんな風に遠慮しないでほしかった。

「迷惑だよ。こんな風になって実感してる。雑用もできないなら、皆の負担にしかならないよ」

 そんなことはないと言い切りたかった。だが、現状を知っていた。人食い飛竜に襲われたとき、シェルには身を守るすべがなかった。ただ医務室で大人しくしていること以外できなかったのだ。

「だったら早く治せばいいのよ」

「治らないって言われたのに?」

 あのやぶ医者め。イユは心の中で精一杯の罵倒をした。

「あんな奴のことなんて、無視でいいのよ。見返してやりましょうって言ったじゃない」

 イユの言葉を聞いてもシェルの反応は鈍い。それが分かって、イユは話を続けた。

「それに麻痺を免れた他の機能を使えば、ある程度の日常生活を営めるって、あの医者自身が言っていたわ」

「ある程度ってどの程度?」

「それは……」

 言い淀むイユに、シェルは続ける。

「魔物が襲ってきたら逃げられる程度? それとも、見張り台に登って望遠鏡を覗ける程度?」

 あり得ないと、シェルの目は言っていた。あの医者は、日常生活と言った。だがそれは、ゆっくり歩いたり自分で食事をしたり眠ったり……、そう言った魔物の脅威のないところでの生活のことだ。決してギルドでの船上の生活のことではない。

「無理だよ。仮に治っても、ここにはいられないよ」

 シェルは現実を直視していた。それ故に、絶望をその目に映していた。イユは少し前、自身を含め全員が前を向いて行動できていると思っていた。だが、とんでもない勘違いだった。あのときの、シェルの心情を取り残した自分を、呪いたくなった。

「……でも、私はシェルにいて欲しいの」

 イユの今の気持ちをそのまま言葉にしたつもりだった。そう言えば、シェルも呑み込んでくれると、奢っていたわけではないと思う。

 しかしながら、次の言葉には頭をがつんと殴られた気がした。

「そんなの、オレには辛いだけだよ」

 イユが望んで一緒にいたいと思っても、相手にはそれが辛いときもあるのだという、簡単な事実。それを、初めて思い知らされた。



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