その543 『配り歩いたら』
どういった食事が良いのだろう。水があるので喉を通りやすくすることはできるかもしれない。
考えながら階段を下りたイユたちが次に訪れたのは、船室だ。レパードからミスタとレンドが休むことになった部屋を聞き、ノックをする。ひょっとするともう寝ているかもしれないと思ったが、意外にもノブが開いた。
「……ガゥ?」
「あんたが出るのね……」
扉を開いた先で、アグノスの瞳が光っている。人食い飛竜が船室の扉を開けられたのだ。やり方を覚えたらしい。
「あの、これ差し入れです。ミスタに」
飛竜相手にも関わらず丁寧に伝えるリュイスに「ご苦労」と言わんばかりにアグノスは鳴く。
「あんたでどう受け取るのよ」
偉そうな返事はいいのだが、飛竜の手でサンドイッチを受け取れるとは思えない。アグノスは「待っていろ」と言わんばかりに一声鳴くと、一旦部屋の中に引っ込んだ。少しして、リュイスが持っているのと同じ類のバスケットを咥えてやってくる。ここにサンドイッチを入れろと言っているのはすぐに分かった。
「はい、入れますね」
バスケットに一通りサンドイッチを受け取ったアグノスはすぐにまた部屋の中へと引っ込む。最後に一鳴きして、扉が閉まった。
「ねぇ、今更聞きたいことがあるのだけれど」
イユはリュイスへと視線をやる。
「飛竜って人語が分かるの?」
本当に今更ですね、と言わんばかりの苦笑を浮かべられた。
レンドはノックしても応答がなかったので、イユたちは先に機関室に向かう。
「おぉ、イユたち。ご飯持ってきてくれたの、サンキュー!」
機関室に入ると、クルトから早速お礼の声が入った。
だが、声の主が見つからない。
いつの間にか、煙で溢れ返った機関室に、イユは思わず叫んだ。
「どこにいるのよ!」
「ここ、ここ! ちょっと、稼働させたときに煙たくしちゃってさ」
ちらちらと手を振るクルトの姿が浮かび上がる。既に煤まみれの顔を認めて、大丈夫なのかと心配になった。
「あぁ、平気、平気。そのうち落ち着くし、いつものこと」
イユの顔から言いたいことを察したのか、聞く前からそう説明をする。
「えっと、サンドイッチを持ってきました」
とりあえず現状については置いておくことにしたらしいリュイスが、バスケットを差し出す。
「ありがと。どうせ二人とも夢中になっているから、二人の分も貰っておくね」
二人とは言うまでもなく、レッサとライムのことだろう。
「ワイズは?」
「全く最悪ですよ」
クルトが返事をする前に、当の本人から愚痴が入る。
「こんなに煙たくては解読も何もないです。あの人たちの目は、どうなっているのですか」
言葉通り、煙たそうにするワイズの姿が浮かび上がる。
「その噂の二人はどこに?」
「ん、あそこだけど」
指を指された先、目を凝らしてようやく見つけた。球型の飛行機関の前に張り付く二人の姿がある。正確には、レッサが計器類に顔を近づけていて、ライムが投入口を覗き込んでいた。
「相変わらずのようね」
「まぁね。ボクも、カメラを直せるところまで直さなきゃだけど」
「でも直らないのでしょう?」
部品不足だと言っていたはずだ。
「そうそう。だからできるところまでね。扉も何とかしないといけないし、やることはたくさんあるかも」
イユはクルトの作業量を思い浮かべて、頭を下げたくなった。ライムやレッサたちも頑張っていると思うが、修理屋クルトがいないとこの船は成り立たない。
「今度、ウインナー譲ってあげるわ」
「どうしたの、急に?」
しみじみというイユに、クルトがぎょっとした顔をした。
そこに、ワイズの声が掛かる。
「頭のネジが外れたのでしょう。無視しましょう」
「相変わらず、口が悪いわね!」
たまらず、イユの反論の声が大きくなった。
「まぁまぁ、それはいいとして、アグノスがどこ行ったか知ってる?」
軽く流されてしまったが、アグノスと聞いて首を傾げる。
「ミスタの部屋にいたけど、それが?」
ワイズとクルトが、やれやれという表情を浮かべ合っているのが、何とも不思議な光景だ。
「煙たくした途端、逃げられまして」
「ちゃっかりしてるよ、全く」
なるほど、ミスタの部屋で偉そうにしていたアグノスだが、機関室から逃げ出していたらしい。
「あいつ、本当に図々しいわね」
イユの溢した言葉に、何故かリュイスから物言いたげな視線を向けられた。
「さてと、あとは、レンドの分ね」
クルトたちにサンドイッチを渡した後、もう一度レンドの部屋の前に戻る。扉をノックしたが、応答はない。耳を澄ませば、微かに寝息も聞こえてきた。
「まだお休み中のようですね。とりあえず、僕らの分だけ抜いて、バスケットを部屋の前に置いておきましょう」
確かにそれならば、起きたときに気づける。イユは納得すると、早速サンドイッチを抜き取った。
「イユ、一つ多く取ってます」
「目聡いわね」
仕方なく一つを残すと、二人で食堂に向かう。その場で食べても良かったが、そこは何となくの雰囲気だ。
それにしても、こうして配り歩くと不思議なもので、いつ人食い飛竜が襲ってきてもおかしくないのに、気張っていた心が解れていくのを感じた。
「うん、私のも別に、美味しいわね」
サンドイッチを早速頬張る。二人でテーブルを囲んで食べるサンドイッチが、何故か斬新だ。最近は皆でテーブルを囲むことが多かったからかもしれない。
「この後は、シェルにご飯を作って持っていくとして……」
先ほど医務室を覗いたが、微かに寝息が聞こえたので、そっと戻った。だが、目を覚ましたらお腹がすくことだろう。
「可能ならラダの手伝いをしましょう。地図なら僕らでも役に立つかもしれません」
「そうね」
リュイスとともにこれからの動きを決めてしまう。そうやって前を向いて話ができる自分を改めて意識する。イユだけではない。他の仲間たちも皆、それぞれやることに向き合っていた。
「どうしたのですか?」
顔に出てしまったのだろう。指摘を受けたイユは「ちょっとね」と濁した。
いろいろなことが急に起きたけれど、全員で前を向けていることが嬉しかったなどと言ったら、おかしな顔をされるだろうか。




