その542 『サンドイッチを』
「さて、これで完成ですね」
サンドイッチを作り終えたリュイスの声を聞いて、イユはしげしげとバスケットの中を再確認する。女子力が高いとはこういうことを言うのだろう。どこから見つけてきたのか、木で編まれたバスケットの中に水色と白色のチェックの紙が敷かれ、そこにサンドイッチが小綺麗に並べられている。
「私が作ったのはキュウリとレタスとハムのサンドイッチで……、リュイスのは何?」
尋ねはしたが、見れば分かる。リュイスのサンドイッチは二種類に分かれている。
一つは細かく刻んだ人参と、レタス、紫キャベツ、ハムという組み合わせの色彩豊かなサンドイッチ。断面にミニトマトが三つ並べられているせいで、驚くほど可愛らしい。
もう一つはイユが作ったものにトマトが入った代物だが、パンの種類が違った。白いパンではなく、よくある茶色のふわふわなパンだ。サンドイッチには使えないと思って、イユが敢えて使わなかったものである。それがどういうことか、意外なほどしっかりと具材を挟んでバスケットのなかで存在感を主張していた。
だが、これはサンドイッチと呼んでよいものなのだろうか。イユは記憶を引っ張り出す。
「ハンバーガー?」
「御覧の通り、普通のパンに具材を敷き詰めました。ハンバーグはないので、ハンバーガーとは言えないと思います」
残念ながら、ハムでは役不足らしい。
「紫キャベツと人参のほうは、人参を油と胡椒で味付けしています。本当のところを言うと、具材は逆のほうが良かったかとも思ったのですが……」
どういうわけか、リュイスとしてはまだ作ったものに不満が残っているらしい。
「何で、火を使うわけでもないのに油なんて入れるのかしら……」
「味付けです。香りのよい油だったので」
イユとしては説明されても、いろいろと理解に苦しむ。
おまけに作ったサンドイッチを包むために、白い紙が用意されている。イユが自分のサンドイッチを、リュイスが予め作ったスペースに入れている合間に、どこからか持ってきたのだった。手で食べられるようにという、行き届いた配慮が確認できる。合わせて、配るときに一緒に手渡すつもりだろう手拭きは、バスケットの隣の巾着に収められていた。
これらを確認したイユは心の中で『敗北』を強く感じる。イユも包丁で具材を切るぐらいはできるつもりだが、残念なことに、リュイスの足元にも及んでいない。
「それでは、皆さんのところへもっていきましょう」
イユの心中を理解していないリュイスが、朗らかに宣言した。
「これは、ありがたいね」
始めに寄ったのは航海室だ。手早く一通りのサンドイッチを受け取りつつもすぐに機器を操作し始めたラダを見て、思わず訊ねた。
「この船ってラダしか操縦者いないけれど、休めているの?」
長い睫毛のおかげで目立たないが、よくよく見ると瞼が腫れているのだ。
「十二年前に比べれば負担は少ないよ。何せ、自動操縦付きだからね」
「ですが、地図情報が現在と異なるなら、ほぼ使えないのではないですか?」
リュイスも心配していたのか、口を挟む。
「まぁ、目的地を指定してそこに行くタイプの自動操縦だから、確かにそこは難点だね。だから今、大体の地図のずれを見比べて、自動操縦に切り替えようとしているところさ。さすがに数日間舵を握りっぱなしで平気なほど若くはないからね」
指定した方角に進んでいくものとは違うらしい。地図を見て自動で目的地まで進むとは中々に賢いと思うが、肝心な地図が役に立たないのでは、何とも空しい。
「なるほど、頑張ってください」
そう言いつつ、リュイスはラダの水筒に、持ってきた水を注いでいる。ラダは席を離れられないのだから、代わりに飲み物ぐらいは注ごうという配慮だ。
「何か役立てそうなことがあれば、手伝うわ」
手持ち無沙汰になったイユはそう宣言した。
サンドイッチを配り歩いた後は、少し時間もできるだろう。地図を見比べる作業であれば、イユでも手伝えることはあるかもしれない。
「そうだね。頼りにしているよ」
ラダとは一旦別れることにし、今度は廊下へと出た。
「相変わらずお前は上手いな」
廊下では、レパードにサンドイッチを手渡した。誰が作ったか言わないうちからそう返されるのだ。リュイスはレパードにサンドイッチを作ったことがあるらしい。
それにしてもと、イユは首を捻る。
「レパードはずっとこんな床で見張りを続けるつもり?」
「お前が異能者施設からきたと分かったときもそうだったがな。今回はレンドとミスタと交代で見張るから前ほど面倒じゃないぞ」
以前、三人が相談していたのは、見張りの交代だったらしい。
「私も混ぜてくれればよかったのに」
イユの言葉に、レパードは取り合わない。
「お前たちは休んでいろ。人手がないときならともかく、こういうのは大人がやればいい」
レパードはすぐにイユを子ども扱いする。
「私、子供じゃないわ」
むくれていると、やれやれと首を横に振られた。
「そういうところが子供なんだ。船に乗っている人数が限られている以上、休めるときに休むのも仕事のうちだ」
レパードはこういうとき、ひどくぞんざいだ。てきとうにあしらわれていると感じたが、言っていること自体は理に適っている。むっとしながらも、イユの視線は医務室へと移った。
「……シェルにはまだ、サンドイッチはつらいわよね」
シェルは襲撃の合間も大人しく寝ていた。イユたちがベッドを覗いても、静かだった。だが、本当のところは分かっている。さすがにあの騒ぎだったのだ。邪魔にならないよう、寝たふりをしていたというのが正しいだろう。
だが、何故そんなことをしたのだろう。下手に気を遣わせたくなかったのだろうか。
怖かったはずだと、イユはシェルの状況を慮る。身体が怪我で満足に動かないなかで魔物が襲ってくるのだ。事情は理解できなくとも、イユたちがばたばたと医務室に出入りしていれば気にはなるはずだ。
「そうですね。後で別の食事を持って行きましょう」
リュイスに言われて、イユは気持ちを切り替える。シェルが不安にならないよう、まずは温かい食べ物を持っていってやりたかった。




