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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
541/994

その541 『忘れたくない思い』

 はっとしたイユは眼下を確認しようと窓に近づく。

「残念ながら、『海の守り人』との付き合いはこれまでのようだ」

 窓からは空しか確認できないが、ラダの言葉の通りなのだろう。折角の安全地帯とは、早くもお別れすることになってしまった。

「しかも、いきなり出てきたわね」

 顔を上げたイユの前で、人食い飛竜の影が窓を走っていく。だが、扉はもう閉めてあるし、土嚢で塞いである。大丈夫なはずだ。

「機関室のほうも問題ないのでしょう?」

 機関室にはレッサとライムがこもっている。あそこに一番近い入り口は、中からだと比較的簡単に開けられてしまう。

「あぁ、念入りに確認した。念のため、暫くはアグノスがいるしな」

「それに、機関室とは通信機器があるから大丈夫だよ」

 今まで動かせていなかった機関室への通信も行えるようになったらしい。機関室に籠ってからそれほど時間は経っていないはずだが、レッサとライムの二人がいれば順調のようだ。

「それなら、安心のはずですね」

 だが、いつ破られるかもしれないと思いながら、日常を過ごせと言われると、落ち着かない。それを読んだように、レパードが発言をした。

「扉は、俺が見張っておく。何かあったら呼ぶから、構えておいてくれ」

 レパードの指示で、全員が「了解」と返事をする。

 ばらばらと別れた一行だが、やることは決まっていた。

「イユ、夕ご飯を作りましょう」

 イユはリュイスに声を掛けられて頷く。そろそろ夕暮れなのだ。食糧のチェックも兼ねて、作っておいたほうがいい。

「えぇ」

 クルトはカメラの修理に忙しく、ラダは船の操縦がある。ワイズは翻訳の手伝いで、ライムと同じ機関室に籠るそうだ。レンドとミスタはレパードと話した後、航海室を出ていった。目的をもって行動しているように見えたので、やることがあるのだろう。




 厨房に入ったイユは、何やら分解されている設備を見て、足を止めた。レッサが機関室に移ったせいで、途中やりだったのだろう。これは、まだ火は使えないとみていい。

「何が作れそうかしら」

 倉庫にある食糧を見ながら、イユは首を傾げた。水とパンが殆どを占めるが、中には干し肉や茸類もある。レタスやキュウリといった野菜類が豊富なので、サラダが作れるかもしれない。

「ハムがありますし、サンドイッチはいかがですか」

 リュイスの提案に、イユは唸った。

「また機関部員たちが片手で食べながら作業しそうね」

 サンドイッチにすると、大体そうなるのだ。とはいえ、今回はレパードも扉の前で見張っていないといけないし、ラダも船の操縦がある。そう考えると最適かもしれない。

「まぁ、いいわ。そうしましょう」

 決まってしまえば、あとは実行するのみだ。せっせとサンドイッチを作っていると、リュイスも一緒になって料理を手伝う。イユが何も言っていないうちから、さくさくと作業を始めるリュイスを見て、内心溜息をついた。

「リュイスって、料理ができたのね」

 いつもはセンやリーサ、マーサがいるから、リュイスの腕を直接見ることはなかった。こうしてみると、明らかに手際が良い。下手をするといつも料理をしているリーサたち以上である。

「子供の頃はよく作っていたので」

 セーレでの話とは思えない。恐らく、カルタータにいた頃のことだろう。

「子供の頃って、家族に?」

 何故そう聞いてしまったのか、イユ自身あまりわかっていない。リュイスが寂しそうな顔になったのを見て、余計なことを言ったかなと思った。

「そうですね。よく祖父にお昼ご飯を作って持って行きました」

 リュイスが以前、唯一の家族という言い方をしていたのを思い出した。祖父が唯一の家族だとしたら、両親は早いうちからいなかったということなのだろう。

「祖父、ね。イメージが湧かないわ」

 イユにとって、両親の記憶こそ朧げにあれ、祖父母に至っては未知の存在だ。

「厳しくて優しい人でした。道場を経営していまして」

「道場?」

 イユにはよく分からない言葉だ。

「剣や銃、斧の使い方を教える、学校のようなものです。習いにくるのは、狩人か狩人に憧れる人たちでした」

 イユが知らないと気づいてか、リュイスが慌てて付け加える。

「あ、狩人というのは僕らの故郷にいる一部の『龍族』のことで、故郷の外にいる獲物を狩って『八龍』様……、僕らの故郷の守り神に献上する人たちのことを言います」

 リュイスから出てくる言葉の意味が、イユにはあまりよく分からない。大体、守り神とは何なのだろう。

 気にはなったが、聞かないことにした。リュイスの話の本質は、今回は別のところにある。

「リュイスが剣を使うのは、教えてもらったから?」

 祖父が剣を教えている人ならば、リュイスが剣の扱いに長けているのも分かるというものだ。

 ところが、リュイスは首を横に振った。

「まだ幼かったので、練習している姿を見せてもらうことしか出来ませんでした。僕が剣を実際に使うようになったのは、セーレに乗ってからで……、当時の練習姿を思い出しての見よう見まねです」

 イユは思わず、手に持っていた包丁を落としそうになった。イユから見て、リュイスの剣は相当扱い慣れているように見える。それが見よう見まねの独学だったとは、意外にも程があった。

「リュイスって、時々、常識を超越するわよね」

 イユの感想に、リュイスが複雑そうな顔を向ける。

「そうでしょうか……?」

「普通、それでそこまで剣が上手くはならないでしょう」

 少なくとも、イユはできる気がしない。リュイスの剣は二刀なのだ。イユからしてみると、更に難易度が跳ね上がる。

「そうは言っても、十二年も経ってますし」

 十二年という長い年月で独学を続けていれば、多少なりとも形にはなると、言いたいらしい。

「それに祖父のことを、忘れたくなかったので……」

 覚えているのではなく、忘れたくないと呟いたリュイスの言葉に、胸が疼いた。イユは、家族のことを忘れていたのだ。そうでもしなければ、異能者施設での仕打ちに耐えられなかっただろう。しかし、リュイスはその記憶を守るために、剣を握り続けた。それができるのが、イユにはないリュイスの強さだ。羨ましいと思ってしまった。

「そう」

 他に何と返せばよかったのか、イユには分からない。

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