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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
537/993

その537 『討伐』

 挟み撃ちにされたが、それぐらいで音を上げてはいられない。

「知略で負けるなら、力で押し切るまでよ」

 イユの宣言に、アグノスが呆れた声で鳴いた。まるで、「人間が知略で負けて恥ずかしくないのか」とでも言いたげな声である。

 アグノスには物申したいところだが、反論する時間はなかった。一番近くの扉から飛び出てきた人食い飛竜がイユに向かって炎を吐いたからだ。

 それだけではない。炎は三方向から、退路を失くしたイユたちへと迫ってくる。熱気がちりちりと肌に刺した。逃げ場がなければ、ここで丸焦げにされて終わりだ。まさに絶体絶命。炎を通して、勝利を確信した人食い飛竜たちの瞳がぎらついて見える。


「リュイス!」

「分かっています!」

 リュイスの風の魔法がイユたちを中心に吹き荒れる。迫ってきた炎が風に揺らされて、より激しく燃える。それは風向きに合わせてそれぞれの人食い飛竜へと襲い掛かる。


「今です!」

 リュイスの掛け声とともに、イユは炎を追いかけるようにして飛び出した。炎のせいで魔物の様子は分かりにくいが、イユの目はしっかりとその位置を捉える。徐々に身体に感じる熱を感じるが、飛び出した勢いは止めない。やがて、人食い飛竜の独特な形の尾に近付いた。そのまま手を伸ばして――――、

「捕まえたわ」

 魔物が、ぎょっとした顔で振り返ったのを確認できた。だが、もう遅い。イユの手は尾を引っ張り上げる。異能の力を使ったイユには、魔物であっても敵わない。

 遠くで逃げ出そうとしている別の人食い飛竜へと向かって、その身体を放り投げる。


 仲間を背中から受ける形になった人食い飛竜とともに、目を回して倒れたのを確認すると、次の魔物へと走る。この頃には、炎は完全に消え、視界がはっきりとした。

 目の前にいるのは残るところ二体。勝利を確信していた頃と違い、明確な警戒感がどちらの表情にも浮かんで見える。

 こうなると、先ほどのように上手くはいかない。互いに出方を窺う。

 そのとき、飛竜の悲鳴が後方から聞こえた。

 目の前の人食い飛竜たちはその悲鳴を聞いても動じない。それどころかどこか挑戦的な瞳を浮かべている。まるでこの悲鳴が、アグノスのものと言わんばかりだ。

 確かにあり得ない可能性ではない。三方向から飛びかかってきた魔物に、今イユたちはそれぞれ立ち向かっているはずである。リュイスの剣さばきの音は聞こえてくるので、まだ戦っているのだとは判断がつく。しかし、アグノスの戦い方は人食い飛竜と同じのため、判断がつかない。今の悲鳴がどちらのものか知ろうと思ったら、振り返るしか手がない。

 だが、それは大きな隙になる。人食い飛竜はその隙を狙っているのだ。


 そうであるならば、相手の出方に乗らないのが一番だ。

「アグノスが丸焼きになっているなら、それはそれで非常食として役立ちそうね!」

 わざと声を張ってから、目の前の魔物へと走り出す。

 後方で、アグノスと思われる文句のありそうな声が響いて、無性に安心した。やはり、人食い飛竜のブラフらしい。

 人食い飛竜が吐く炎を前に飛んで避ける。ただ前進するだけでは滞空時間を狙われると分かっていたので、斜め右前方の壁へと向かって飛んだ。迫った壁を蹴りつけると、人食い飛竜のいるその先へと向かって着地する。

 もう一体の人食い飛竜の吐いた炎が、頭上で弾けた。壁を蹴りつけた分早く着地できるために、相手の狙いが外れた結果だ。

 そうして人食い飛竜を飛び越え、更には別の飛竜の吐いた炎を避けたイユは、綺麗に着地を決めた。そのまま走り、炎を吐いた人食い飛竜に蹴りつける。後方に飛び越えられる形になった人食い飛竜は首を曲げて狙いを定める必要がある分、対処が遅くなる。故に、今が機会だった。

 蹴りつけられた人食い飛竜の骨の折れる音を聞きながら、すぐに鞄を投げつける。

 振り返ったばかりの人食い飛竜の顔面に、がんと鞄がぶつかる音が響く。

 それほど荷物は入れていないが、イユの異能を受けた鞄なので、衝撃があるのだろう。後方によれよれと数歩下がる仕草は、イユでなければ可愛いと称した者もいるかもしれない。

 だが、生憎、今対峙しているのはイユだ。

 イユはそれをはっきりとした隙と捉えた。この機会を逃すはずもなく、全力で人食い飛竜へと飛び蹴りをする。

 なすすべもなく弾き飛ばされた人食い飛竜が、イユたちが先ほどまでいた分岐まで転がっていった。




「そっちはどう?」

 分岐に立ち戻ると、同じようにリュイスもアグノスも戻ってきたところだった。どうやら全員無事らしい。

 ほっとしたイユに向かって、アグノスが突然吠える。口から赤い炎がちらちらと見えていた。

「何よ! 文句でもあるわけ」

 イユの言葉に、これでもかと吠えたてられる。声が大きいので、頭にがんがんと響いた。

「うるさいわね!」

 吠え止むどころか、止まらない。

「不服なのだと思いますけれど……」

 リュイスはその様子を見て、「非常食は、ちょっと……」と気の毒そうな顔をした。

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