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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
533/994

その533 『嘆きの口』

 目的地だったシェパングに一瞬でたどり着いた。

 そう考えると、何も悪いことはない。更に地下に眠っていた飛行船は動き出し、転送装置まで搭載されていたとなれば、全てが大きく前進したといえる。

 向かう方角は大きく変わるが、それは大したことではないだろう。嘆きの口から最も近い街は桜花園となる。目的地の明鏡園に向かうには、シェイレスタから北上していく予定が、南下していくことになったというだけのことだ。

 それより不味いのは、危険だと言われている嘆きの口に入ったことであった。嘆きの口には、人食い飛竜がいると、ラビリは言っていた。あのときはさらりと流したが、飛竜の厄介さをイユは知っている。シズリナが連れていた飛竜とは、過去にやり合っているからだ。

 あれが何体も群れになって襲ってくるとしたら、皆が恐れるというのも納得がいくというものだ。


「ちょっと待って。ボク、嫌なことに気づいた」

 クルトは蒼い顔をして、イユたちを見回す。

「甲板の扉、まだ応急処置しかしてないや。あれじゃ、多分すぐ破られる」

 その瞬間、魔物の鳴き声が耳に届いた。イユもさっと血の気が引く。

 甲板の扉の先、仲間のうち最も近くにいる人物は、医務室にいるシェルだ。医務室の扉を魔物が開けられるかは分からないが、触れるだけで開いてしまう扉に、魔物が反応しないとも限らない。

「早く、助けに行かないと」

「レッサも危ないかもしれません」

 今航海室にいない仲間は、シェルだけでなくレッサもだ。レッサは厨房にいるが、厨房の扉は食堂と繋がっている。魔物が扉に気づいて食堂に入ったら、シェルより先にレッサが襲われる可能性もある。

 二人を助けに行き、魔物が侵入してこないよう、扉を塞ぐ。それが今、何よりもやらねばならないことだ。

「リュイス! 悪いが食堂を頼む」

 レパードの指示が飛ぶと同時に、リュイスが扉へと走る。

「私はシェルを」

 すぐに立ちあがったイユは、リュイスに続こうとする。そこを引き留められた。

「待て、お前が椅子から離れたら……」

 レパードの懸念は最もだ。飛行船はイユを所有者だと認めている。そのイユが席から離れたら、飛行船が止まるかもしれないというのだろう。

「大丈夫。権限移譲は全部したもの」

 ライムが、「えっへん」と胸を張っている。そうしながらも、左手はかたかたと動いていて止まらない。この事態であっても、まだ飛行船について調べているのだろう。

「直したばかりのカメラが壊されちゃったみたいで、外の様子が確認できないんだよぅ」

 イユの勘違いに気がついたのか、ライムが悲しそうに告げる。恐らくは人食い飛竜の仕業だろう。相手の目から潰すあたりに、知恵を感じられる。彼らは頭が良いとラビリが言っていた。

「分かった。だが、体調は!」

 レパードに言われて、イユは初めて倒れてからそれほど時間は経っていないことに気がついた。レパードからしてみれば、確かにイユのことも心配だろう。

「大丈夫よ!」

 イユはそう返事をし、リュイスに続いて扉へと飛び込む。時間がないのであれば、足の速い人間が駆け付けるべきだ。

「レンド、悪いが航海室を頼む。ミスタは、俺と一緒に船長室に来てくれ。まだ扉を防げそうなものが残っていたはずだ」

 置いてきた航海室から、レパードの声が聞こえてくる。それを無視して、イユは足に力を入れた。



 廊下を飛び出ると、リュイスの姿は既になかった。話し過ぎてしまったようだ。すかさず走りだしたイユは、数秒後には医務室のある分岐を曲がる。

 そこには、散々土砂を撤去し続けた長い廊下がある。そこをまっすぐに飛んでくる人食い飛竜の姿を捉える。

 その口がくわっと開き、そこから赤い炎が吐き出された。

「つっ!」

 間一髪、屈んでやり過ごしたイユは、人食い飛竜に向かって走り出す。既に魔物の侵入を許していたことに、焦りを覚える。よく見れば、人食い飛竜の後ろには、扉が転がっている。クルトが応急処置をしたものが、壊されてしまったのだ。このままでは、次から次へと入ってくる。

 続けて吐き出された炎を横に飛んで避ける。幸い、飛行船は炎を通さない材質のようで燃え広がりはしない。それに安堵しながら、イユは一気に人食い飛竜との距離を詰めた。

 人食い飛竜は逃げようとすべく、天井近くまで飛び上がる。人間が空を飛べないことを知っているからだ。

 しかし、イユはただの人間ではない。

 足に力を込め、一気に飛んだ。人食い飛竜へと追いつき、その尾へと手を伸ばす。イユの知っている飛竜と違い、その尾の先端は、まるでハンマーのような形をしている。

 だから、握りやすかった。イユの体重が人食い飛竜に掛かるより先に、尾を掴んだイユの手が思いっきり地面に叩きつける。

 不意をつかれた人食い飛竜が為すすべもなく地面へと激突する音を聞いた。すぐ脇へと着地したイユは、止めを刺すべく蹴りつけようとし、慌てて距離を取る。

 たった今、自分がいたところを炎が通り過ぎていった。

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