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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
530/994

その530 『シェパング到達までの道』

「あんたたち、大丈夫か!」

 駆け付けてきた男は、ギルドの紋章旗を掲げた木造の飛行船から、顔を覗かせて叫んだ。マドンナのギルド職員だ。兜に、紋章旗が刻んであるからそうと分かった。マドンナは各ギルド船に、門番以外にも職員を配属させている。いざというときこうして助けにやってくる職員は、さすがに装備からして異なっていた。

「来てくれてありがとう! 首長鳥に追われていたのだけれど、あいつら逃げていったわ」

 精一杯の笑顔で手を振れば、職員の男は「それは良かった!」と返した。無駄足になったことで気を悪くされても困るので、ラヴェンナとしてはありがたい反応だ。

「あんたたちは、このままギルド船に行くのか? 良かったら案内してやろう」

 道を頭の中に叩き込んではいるが、相手は空飛ぶ船だ。嬉しい提案に、感激してみせる。

「助かるわ! ついていくわね」

 声を張り上げれば、男は手で「あぁ、ついてこい」と合図をし、飛行船の中に戻っていった。すぐに飛行船が動き始める。




「助かりましたね」

 目の前の飛行船を追いかけていると、後方からシサが声を掛けてきた。

「えぇ。やっぱりギルド船は頼りになるわ」

 イクシウスからシェパングまで、一定間隔でギルド船が空を漂っている。ラヴェンナが目覚めたときにいたギルド船ほど大きいものは稀だが、宿もあり商いもある場所があるだけで満足だ。風呂にも入れるし、燃料も補給できる。今回のように、魔物に襲われた場合は助けも借りることができる。全く、マドンナ様様である。

「無理をさせてしまったし、整備が必要ね」

 シサの船のことだ。悪いことをしたなと思う。

「そうですね」

 特に気にしていなさそうな返答があった。

「着いたら整備も兼ねて一旦休憩しましょう」

「同感。さすがに疲れたわ」

 シサの提案に、ラヴェンナも同意する。そんなことを話しているうちに、ギルド船が見えてきた。






 整備が終わり、船を飛ばし、次のギルド船へと向かう。そうしたことを何回か繰り返すうちに、ようやくシェパングが近づいてきた。特に空に大きな変化があるわけではないが、旅先ですれ違う飛行船に、シェパング独特の飛行船、深い紺色をした屋形船が見られるようになってきたのだ。

「あの船はどうして紺色なのでしょうか」

 何度かすれ違ううちに、疑問を堪えられなくなったのかシサが尋ねる。

 後部座席で休んでいたラヴェンナは、

「坊や、シェパングは初めてなのね」

 と尋ね返していた。

「えっと、はい」

「シェパングはね。夜が好きなのよ」

「……はい?」

 意外すぎる答えだったのか、シサが素っ頓狂な声を出す。

「分かる? 紺色は夜には驚くほど溶けて見えるの。そうすると、他の船から姿が見えなくなる」

「……隠密行動に向いているということですか」

 その考えに至っていなかったラヴェンナは、きょとんとした。

「違うわ。自然と一体化できるの」

「一体化、ですか?」

 まだ理解できていない様子のシサに、ラヴェンナは笑う。

「星を見たでしょう? とても美しかったわよね」

 星降る地のことだ。

「はい」

「シェパングはね、星のかわりに月が美しく見えるの。満月のときは格別よ。それに、明鏡園の澄んだ水や桜花園の桜も、夜にはとても美しい光景を見せるわ。そのときに、他の船がぎらぎら存在感をアピールしていたら、気分は台無しでしょう?」

 月見に夜桜、どれもシェパングで有名な観光行事だ。静かに屋形船に乗り、赤い提灯の明かりのみを揺らして、酒を片手に景色を眺める。はじめて見たときは、幻想的なその景色に感動したものだった。常に土砂降りの島にいたのだから、余計にだ。

「そういう……、ものなのですね」

 シェパングの景色が想像できないとみて、シサは戸惑いを浮かべながらも同意する。

「あなたも実際に見れば分かるわ」

 それもあと少しのことだ。ラヴェンナは視界に入ってきた紺色の船を見て、告げる。

「ほら、最後の補給地点に着いたわ」

 シェパングに着くまでに通る最後のギルド船だ。シェパングの入り口といってもよいその船は遠目に見ても、非常に大きい。それに、シェパングの様式に合わせて、屋形船を組み合わせたような独特の造りになっている。それはもはや、城だった。近づけば赤色の提灯も見えることだろうが、外から見るだけでは、その姿は堅牢そのものだ。

 説得力がなかったかもしれない。そう思いながらも、ラヴェンナは作り笑いを浮かべた。

「シェパングのギルド船は、イクシウスとはまた違う賑やかさだから、楽しみましょう」




 ギルド船へ入船すると、途端に喧噪が耳に届いた。耳を澄ませば、客寄せの声が中心だと分かる。ドックのすぐ先が、市場になっているのだ。ギルド船ではよくある構造だ。

「うん、そこまで物資を買い足す必要はないわね」

 一通り飛行船の状態を確認し、必要物資をリストにまとめる。思ったより量が少ないのは、道中想定より魔物の襲撃が少なく済んだからだ。

「はい。購入よろしく」

 リストを書き終わると、半分に切ってシサに渡す。物資調達は互いに行う。これは交渉で決めた約束事だ。

「はい」

 大人しく受け取ったシサは、リストを再確認する。ラヴェンナはこのギルド船は初めてではないので、構造が頭に入っている。完全に無駄はないとは言わないが、順に市場を歩いて回るだけでリストのものは手に入るはずである。

「明鏡園まであと少しだし、さっさと揃えてしまいましょう。休憩も兼ねてね」

 シサと事前に話をつけておいた目的地はシェパングの明鏡園だ。明鏡園であれば、ギルドが集まっているので情報も多くある。

「はい。では、三時間後に」

 休憩も兼ねての三時間だ。

「えぇ。折角だから愉しんできなさいな。私も勝手に楽しませてもらうわ」

 ラヴェンナは飛行船から飛び降りると、リストの片割れをひらひらとさせながら市場へと歩き出した。 

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