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カルタータ  作者: 希矢
第九章 『抗って』
526/994

その526 『追いかけて』

 時は遡り、イクシウス外れのギルド船にて――――


 船の中とは思えない堅牢な扉は、朝方開けるルールとなっている。首が痛くなるほど高いそれは、屈強な男が二人掛かりで開けてやっとのものだ。魔物に攻められたときを想定してのものだと聞く。

 開いた扉の先で、黒柿色に反射する廊下が続いている。栢の木に近い材質の壁には、ギルドの紋章旗が一定間隔で飾られていた。今日は鶯の日らしく、太い幹に留まった暗緑茶色の毛を嘴でつついている絵となっている。

 自身の影を踏み、カツンカツンと足音を鳴らしながら、道を進んでいく。緩やかな階段を下りると、人々の生活音が聞こえてくる。ギルドの朝は基本的に早い。例外は、夜の街インセートで暮らすギルド員ぐらいなものだ。これから向かう場所も、既に賑やかであるはずだった。

 道を右に折れると集団とすれ違った。その背に槍を持っているところをみると、魔物狩りに行くようだ。そのまま道なりに進むと、目的の扉が見えてきた。扉の手前には看板が立てかけられている。

『リストランテ・ヌーヴォ』。

 既に何度か通った、目的の店である。


「いらっしゃい」

 扉を開けると、からんからんと、ベルの音が鳴る。

 入ってきた女の姿を見た、声の主の表情が変わった。面長の優しげな顔に、含んだ笑みを浮かべてみせる。

「あぁ、頼んできた依頼。こなしてきたのかな」

「店主さん」

 ラヴェンナはそこで、にこりと愛想笑いを浮かべた。店主の人懐こさを感じさせる淡い灰色の瞳に、ラヴェンナの金髪と碧眼が映り込んでいる。店主がさっと頬を染めたのを見て、ラヴェンナは自身の美貌がまだ男に通用することに少し安堵した。とはいえ、ここで店主に色目を使っても意味がない。目的は店主ではなく、店主がもてなす側、客だ。

「約束どおりの物よ。確認して頂戴な」

 ラヴェンナは店主の前のカウンターに、持っていた袋の中身をばら蒔いた。ころころと転がっていく黄色の石が、隣の皿に当たって止まる。一つ、二つ、三つ……、全部で十はある。その石が、ぎろりと店主を一斉に睨み付ける。

 店主が、ごくりと唾を呑み込んだ。

 黄色の表面には血管が細かく走っている。黒く細い瞳孔が、愉しいものでも見つけたようにぷるぷると震えていた。

 そう、これは、ただの石ではない。石のように硬い魔物の眼だ。

 遠くのテーブルで、ラヴェンナをちらちら見ていた男たちが、驚いたように腰を上げるのが、視界の端に映る。その顔に浮かんだ表情は、異様な眼に対する恐れではなく、感心だ。

 良い傾向だと、ラヴェンナはほくそ笑んだ。悪趣味な代物だが、価値が分かる人間には分かるのだ。これは、クロトカゲの眼で、頭のいかれた店主がスープの出汁として重宝している代物だ。クロトカゲは、イクシウスの近くにある小島に生息しているが、虎並みの巨体と狂暴さ故に、危険と称されている。一人で十頭も狩るのは骨が折れたが、それ故に見返りも大きい。

「素晴らしい! お駄賃程度の報酬しか渡せないのが申し訳ないよ」

 店主が感嘆の声を上げて、報酬を手渡す。加えて、スープを無償で提供すると勧められたが、丁重にお断りする。せめて、期待を裏切り、飲むことのできる味であれば良かったが、残念である。

 代わりに、ラヴェンナの視線は、部屋の中へと向いた。

 今、ラヴェンナがいるのは、ギルド船の比較的小規模な食堂に当たる。目の前の店主は、船の一室を借りて、数ある食堂のうちの一つを営んでいるのだ。そして、往々にしてギルドは仲間や情報を探すとき、酒場や食堂を当てにする。

 店主もその当たりは弁えていて、事前に話しておいたラヴェンナの事情をぺらぺらと話し出す。ラヴェンナの腕のよさをアピールし、要望を伝えるためだ。食堂の利用客も承知していて、店主の無理難題をこなしてくる凄腕を探すために訪れている。少ない報酬金の代わりとして、或いは利用客の確保として、考えられた方法だ。

「これほどの依頼をまさか一人でこなすなんてね。一匹狼なんて今時珍しいと思ったが、中々どうしてやり手じゃないか」

 テーブルで食事をとっている数組が、やけに静かになって店主の会話に聞き耳を立てている。

「まぁ、お上手」

 ラヴェンナは、手鏡で後方の様子を探りながら、店主と会話を合わせる。一組目は、男五人でテーブルに地図を並べている。もくもくと食事をしている彼らの身なりは、とても良い。比較的裕福なギルド、荷物が多いところを見るに、商人かもしれない。二組目は、昼間から酒を浴びるように飲んでいる三人の男女だ。酒豪のようで、既に何杯も空けられている。テーブルにはカードもあるので、仲間内でポーカーでもしているかもしれない。しかし、カードの流れは止まっている。店主の話を聞いているのだろう。

「専属で引き受けてもらえないのが辛いところだよ。誰かを探しているんだって? 恋人かい?」

「ふふ。どうかしら? でも、その人を追ってシェパングに向かおうとしているのは事実よ。足がないから困っているのだけれどね」

 ラヴェンナが今追いかけているのは、紫の髪の男だ。セーレで気絶させられてから目を覚ましたとき、ラヴェンナはこのギルド船で寝かされていた。話を聞くに、紫の髪の男はラヴェンナを島で見つけたと言っていたらしい。気を失っているようだから面倒をみてくれとギルド員に伝え、そして本人はそのまま立ち去ったのだと。

 尤も、ラヴェンナにはそれが嘘であると分かっている。ラヴェンナがいたのは島ではなく船なのだ。男は、恐らくルインの関係者だろう。そうなると、もう一度ルインと会うべく、はじめにラヴェンナがしなくてはならなかったのは、紫の髪の男を捕まえることだった。

「ちっ」

 小さく舌打ちして、ラヴェンナは手鏡をそっと伏せた。三組目の集団。そのうちの一人が、近付いてきたからだ。

「なぁ、ちょっといいか」

 赤髪の大男だ。胸元をはだけさせ、そこにある傷を見せている。他のメンツも、所々怪我だらけだ。服装もどちらかというと空賊に近く、品を感じられない。見たところ男たちがいたテーブルの上には、皿が何枚も積み重ねられているが、食べ残しが目立った。何より、武器であるナイフを床に落として気付いていないのが致命的だ。そのナイフも手入れをしていないのか、汚れてみえる。ラヴェンナは、内心ため息をついた。外れである。

「あんた、俺らのギルドに入らねえか」

 おまけに、余りに誘い方がなっていないときた。

「ねぇ、店主さん。この辺りで見所のあるギルドってご存知ない? シェパングに行くまでのお付き合いとはいえ、落ちる船に乗りたくはないでしょう?」

 男を完全に無視すると、「おい!」と声を荒げられる。大体予想どおりの反応だ。

 ラヴェンナは、くるりと男を見て、にこりと笑った。

「私の反応を見て、お分かりにならない? 申し訳ないけれど、あなたは却下よ」

「気に入らねぇ女だ。誘われたがっていただろ」

「残念だけど、相手は選ぶことにしているの」

 武器の手入れもなっていない人間に、命は預けられない。

 男がラヴェンナに手を上げようとする、その前にラヴェンナは人差し指を己の唇に当てた。

「もうあと五年したら誘って頂戴ね? 待っているわ」

 下手に怒らせて店主に迷惑を掛けるのも宜しくはない。だから、何事も塩梅が大切だ。ウインクして立ち去るラヴェンナに、呆気にとられたように男が見送っている。

 それを背中に感じながら、ラヴェンナは扉を閉めた。今の男が同じ仕事をしていたら、五年後はないことを半ば確信しながら。




 からんからんと、空しい音が響く。やれやれと、ラヴェンナは手のひらを天に向けた。全く的外れも良いところである。今から戻っても空気を悪くしてしまうことが分かっているので、これは店主に無理を言って、後で同じやり取りをしてもらうしかないだろう。

 ラヴェンナはどこか落ち着ける場所にいくため、幅広の廊下を進む。

 とりあえず、現状をまとめたかった。まずは、記憶のなかの財布をひっくり返す。コロンコロンと、コインが頭のなかで転がるが、その数はあまりにも心許ない。原因は、忌々しいルインのせいだ。銃を返すと言っておきながら、ちゃっかり魔弾が抜かれていたのである。それどころか、試し撃ちされたようで、汚れたままだった。まさか、刹那に銃を使われたとは微塵も思わず、存外な扱いに歯噛みする。お陰さまで、再び補充するのに余計な出費をしてしまった。そのせいで、紫の髪の男を追いかけようにも、飛行船に乗る駄賃すらないときている。これも相手の作戦だとしたら、見事に良いようにやられていた。

 悔しいが、店主の依頼をこなしながら、駄賃を稼ぐよりない。手っ取り早いのは、先程使おうとした手段、船に乗せてくれそうなギルドに誘われることだが、そう甘くもないようだ。急いで追いかけたいところだが、安易に未熟なギルドに入るわけにもいかない。シェパングまでの道は、魔物避けではすまない程度の魔物が出る。復讐しにいくにも、慎重に行動しなければ、先に魔物の餌食になってしまう。

 そんなことを考えながら進んでいるラヴェンナの前に、黒色の何かが視界いっぱいに広がった。

 次の瞬間、衝撃を感じ、息が詰まる。

「す、すみません!」

 飛ばされはしなかった。目の前の人物を受け止める形で止まったラヴェンナは、ぶつかってきたその人物をつぶさに観察する。

 綺麗な艶のある黒髪だ。手入れのしかたを聞きたいぐらいである。慌てたように顔を上げられて、線の細い少年だと分かった。緑の瞳はくりくりとしていて、あどけない。頭一つ分ラヴェンナより低いせいで、余計に小動物らしさがある。太めの眉が八の字を描くように下がっていて、顔全体で謝罪されている気がした。

「構わないわ。全然平気だから」

 そう言いながらも、ラヴェンナはさりげなく自身のポケットを探った。

 狙われたと思ったが、そこには変わらず財布がある。おかしいと、心のなかで首を捻る。

 さぞ偶然ぶつかったように見せていたが、ラヴェンナは騙されない。この幼さを残した少年は、故意にぶつかってきたのだ。

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