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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
524/994

その524 『諦めたくない』

「イユが倒れている間、どうしようもなくてな。飛行ボードで探索したんだ。望遠鏡も借りてな」

 見渡す限り永遠と続くように見えた地下も、青空を確認できた地上への道も、手分けして飛べば終わりが確認できたという。

「地上への道は、途中から船が通れるほどの幅が確保できなくなった。地下は、海にまで続いていたようだ」

「そんな……」

 それでは、この船は格納庫の外に出ることができない。

「勿論、これだけ広い空間だ。途中どこかにマゾンダの街から外に出たような、抜け穴がある可能性もある。だが、半日掛けて探した限りでは見つからなかった」

 これでは、いつになったら船を動かせるか分からないのだという。

「それに、ライムも頑張ったんだが、飛ぶ目処が立たないらしい」

「やっぱり、権限が?」

「なんだ聞いていたのか。どうもそうらしい。ここの飛行船の所有者として登録ができたら良いんだが、船の所有者は、昔のままになっていて変える手段がない」

 船の所有者。手すりを優しく撫でていた女が浮かんだ。

「それ、誰なの」

「テイシアという人物だ」

 イユのなかで、疑惑が浮かぶ。夢の中のあの人物が、テイシアなのだろうかと。

「とにかく、残念だがこれ以上は無理だ。これで船が動かせそうなら時間を掛けて抜け穴を探す価値はあったが、ライムでも動かせない船を抱え込むことはできない」

 イユはちらりとライムに視線をやった。

「ライムはそれでいいの」

 ライムはずっと俯いていたが、イユに話を振られて顔を上げる。

「いいわけない。けど、私の見込みが甘かったのは事実だよ。機械としては何も問題ないのに、まさか所有者にしか満足に動かせなくなっているなんて思わなかったから」

 悔しそうなライムの顔を、イユははじめて見た。

「皆にも期待だけさせて、迷惑掛けてごめんなさい」

 頭を下げるライムは、縮こまっていた。皆が、「気にしないで」と言うが、それにも恐縮しているように見える。

 イユは助けを求めるように、ミスタに視線を送った。

「ミスタ。ミスタはいいの?」

 ミスタはしかし、頷いて答える。

「叶わない努力もある」

 それは、以前イユにミスタが告げたときと同じ台詞だ。

「無論、だから良いんだ。簡単に手が届いたら、それは輝きを失うだろう」

 ミスタは大人だ。はっきりとイユは悟る。イユとは、違う。イユは大人にはなれない。

 そして、ラダも同じだ。紫の髪を払ってライムたちを観察するラダの顔には、悔しさは微塵も浮かんでいない。ラダも大人だから割り切っているようだ。これがセーレなら話は別なのだろうが、この船はラダにとってそれほど思い入れがない。

 イユの視線はリュイスに向くが、彼は落ち込んだライムに気を取られている。リュイスもイユとは違う。リュイスに船をどうこうしたいという気持ちはない。リュイスの意識は常に他人に向き、自分の努力など微塵も感じない。

「クルトは?」

 駄目元で話を振ったが、案の定クルトには首を竦められた。

「仕方がないんじゃない? 頑張ったけどどうにもならなかった。それが現実だよ」

 クルトは良くも悪くも達観している。現実的な性格はこういうとき、はっきりと割り切ってものごとを判断できる。

 それは、ワイズも同じだ。あまり心の内を明かそうとしないワイズだが、彼もまたどこか諦めが早いことをイユは察していた。

「私はまだ悔しいよ。でも、これ以上時間を引き伸ばせないのも事実だから」

 ライムがイユの様子を見てか、そう告げる。その顔は、らしくもなく辛そうだ。このなかで気持ちを上手く切り替えられていないのはイユとライムに他ならない。

「イユ。気持ちは分かるが、あくまでこの船は手段だ。目的は見失うべきじゃない」

 レパードに諭され、イユもまた俯いた。レパードに余計なことを言わせている。そう自覚しても尚、顔を上げられない。

「別に今動かせないからといって、二度と動かないわけじゃない。仲間を助けてから、再びここに戻ってもいいんだ。そうしたら、時間はたくさんある」

 だが、それは船が他の誰にも見つからずにいたらの話だ。守銭奴の医者がイユの頭にちらつく。イユたちがいなくなったと気付いた医者に売り払われないともしれなかった。

「分かっているの。レパードは、途中で切り上げず、最後の最後まで船を動かす方向で粘ることにしたわ。それが、嬉しかったのよ。それなのに、その時間も全て水の泡なのが、悔しいだけ」

 ライムも、ミスタも、一所懸命だった。レッサは今も航海室にもいないから、恐らくはまだ厨房で頑張っているのだろう。ラビリも厨房の掃除をしたし、クルトはあちらこちらで活躍した。飛竜のアグノスさえ、隠し部屋を見つけたり格納庫の出口を探そうと飛び回ったりしていたのだ。すべての努力が無駄になったわけではないとはいえ、簡単に割りきれない。

 イユはぐっと拳を握りしめた。顔を上げる。レパードは心配そうな顔をしていたが、イユが顔を上げたのを見てほっとした表情に変わった。やはり心配を掛けたのだと反省したところで、レパードの背後できらりと何かが光った。

「待って、あれって」

 慌てて起き上がったイユは、光の先、椅子へと駆け出す。

「おい、イユ」

「そこは君が倒れたところだよ」

 レパードとラダの声に引き留められるが、意に介さない。構わず駆け込んだイユはその椅子に座った。

 途端に、イユの目の前で文字が展開されていく。

「イユ、ちょっと椅子に座ってどうしたのさ」

 クルトの戸惑う声に、はっきりと気が付く。イユの目の前にある文字は、イユにしか見えていないのだと。

 描かれていく白い文字を必死に追いかけて、古代語のそれに触れた。

「権限があれば、良いのよね?」

 ライムに確認する。

「うん、そうだけど」

 イユには難しい機械操作ができない。だが、目の前に書かれた文字は、読めるのだ。


『ようこそ、イユ。新たな主――』


 そこには、テイシアという人物の名は書かれていない。どういう理屈かは分からないが、はっきりとイユを歓迎する文字が浮かび上がっている。




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