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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
519/994

その519 『目的から離れて』

「この古代語は……」

 ラダが興味深そうに、イユが見つめている視線の先へと目をやる。

「以前、俺らがこの船を見つけたときにあった文面だ。触れてから消えちまっていたんだが……」

「こうして復活したわけですから、何らかの衝撃で電源が落ちてしまったということだったんでしょうか」

 レパードが答え、ワイズが推測する。

「ちなみに、何て書いてあるの?」

 クルトの質問には、ワイズが答えた。

「『資格ある者よ。ここに、手を』と」

「資格?」

 ワイズは、首を横に振って知らないという仕草をする。

「下手に触らないほうがいいのかな」

 クルトは不安そうに文字を見て尋ねる。消えたというのが気にかかっているようだ。残念ながら、その答えを今は誰も持っていない。

 手を絶えず動かし、ぶつぶつと呟き続けているライムに視線をやってから、レパードはぽつりと提案した。

「ライムが調べ終わるまで待つか」

 どのみち、眠るにも良い時間になっていた。

「ライムには悪いけど、先に休ませてもらいましょう」

 ライムに声を掛けるが、案の定自分の世界に入っているようで返事はなかった。



 明朝、目を覚ましたイユは朝食に菓子パンを頬張り始める。昨日の夜は食堂で食べたが、起きたばかりだとあまり動く気にならず、そのまま医務室で食事をとることになったのだ。ずぼら発想はクルトのもので、妥協したのはラビリとリュイスである。ワイズは文句を言いながらも、イユの次に菓子パンに手をつけていた。

「そういえば、ライムもそうなんだけど、ずっとレッサを見ていないね」

 クルトに言われ、はたと固まる。言われてみればここのところレッサの姿を確認していない。

 答えはラビリが持っていた。

「まだ厨房に引きこもっているみたいなの」

 レッサも機関部員だ。没頭してしまうと、睡眠も食事も疎かになりがちだ。

「とりあえず、昨日の夜、ライムに夜食を持っていくついでにレッサにも渡しておいたから、飢えてはいないはずだよ」

 ラビリの気配りに、「さすがね」とイユは感想を漏らす。

「全く気付かなかったわ」

「良いんだよ。イユは土砂の撤去で連日動いて疲れているんだから。私はこういうサポートっぽいことでしか頑張れないから」

 そうはいうものの、ラビリが厨房を綺麗にしたからイユも土砂の撤去を頑張ったのである。とはいえ、やる気がなかったと言うわけにもいかず、黙っていることにした。

「ライムは進展あったのかな?」

 クルトの言葉に、ラビリたちは首を傾げる。

「あの変わり者の方のことですから、一切休みを取らずに、徹夜で調べてはいそうですね」

「まだみたいだったぞ。予定通り、土嚢の詰め込みが先だな」

 ワイズの言葉に被せる形で、レパードの声が降りかかる。扉を開けて入ってきたところだった。

「台車に詰め込めるだけ詰め込んだら、レンドとミスタでマゾンダに向かうことになった。俺は運び込んでいる間に、飛行ボードを借りてくる」

 直ぐにレパードは、今日やるべきことを述べる。

 既に決定事項なのは、イユたちが起きる前に大人組は活動を開始していたからだ。全員こっそり医務室を抜け出して、今日のやることを纏めながら朝食を済ませたところらしい。クルトが医務室で食べることを提案したのは、大人組の抜け駆けへの対応、つまり、移動時間の短縮の意図もある。

 それにしても、さらりと飛行ボードを借りてくると言っているが、それはマゾンダのジェシカの屋敷に向かうということである。いつの間にかレパードはすっかり街に出向くことに抵抗がなくなったようだ。

「それなら、私が行くよ。飛行ボードならそんなに重くないと思うし、船長は土嚢の詰め込みを手伝えば……」

 ラビリの提案に、レパードは首を横に振る。

「いや、ラビリには別に頼みたいことがある」

 レパードの視線が一瞬イユに移った。

「そろそろシェパングについて、知っていることを共有しておきたい。地図も見ながら、最低限の知識をイユに教えてやってくれ」

 つまり、イユが一番理解していないから、他の皆と共有ができるレベルまで上げろと言いたいらしい。意味は分かる。確かに、イユは無知だからだ。しかし、イユとしては、先に土嚢の積み上げや飛行船の何かしらの手伝いを考えていたため、知識どころではないと言いたくなる。

「そういえば、シェパング講座が途中だったもんね、おっまかせ!」

 しかし、ラビリに嬉しそうに胸を張られてしまって、タイミングを逃した。

「地図は僕も改めて確認しておきたいので、同席します」

 おまけに、リュイスまでそう答えるのだ。

「船の手伝いは?」

 反論の意味を込めて口に出すが、

「ライムが解決しない限り、動きようがないからな」

 とレパードに一蹴されてしまった。確かにそうなのだろうが、ここまできてイユは自分が何も出来ないことに歯噛みしたくなる。皆の割りきりのよさが羨ましいほどだ。

「まぁ、ワイズには手伝ってもらうがな。この後ライムのところに行ってくれ」

「翻訳ですね、分かりました」

 ワイズは納得した顔をみせながらも、いつの間に書いていたのだろう、レパードに手紙を手渡した。

「代わりに頼まれてもらえますか」

「なんだこれは」

「手紙です」

 見ればわかる返事が返り、レパードは、胡散臭そうに手紙をひらひらさせている。

「宛先は?」

「ヴァレッタに」

 ワイズの手の名前がここで出る。尤も、あの老婆に伝言をしたためて何がしたいのかは読めない。

 イユたちの何とも言えない顔に気付いたのか、ため息をつきながらワイズは答えた。

「そろそろシェパングにいくわけですから、主の出立は伝えておくべきでしょう」

 クルトが驚いた顔をする。

「なんで? ワイズは、シェイレスタの『魔術師』だよね?」

 何を今さらというワイズの視線が、クルトに向けられる。

「ついてくるつもりなの?」

 今回はシェパングに向かうのだ。国内のワイズの力が及ぶ範囲で行動を共にするのとは勝手が違うと、クルトは言いたいようである。

「それこそ、今更な発言ですね。ここで、僕が下りてどうするんですか」

 下りる理由がないというが、行く理由も今となってはないはずだ。それに気付いたからこそ、イユも口を開いた。

「ワイズの目的は、ブライトの目的を知ることでしょう? でも、ブライトはシェイレスタにいるのよ。離れることになるわ」

 目的からは、遠ざかるのだ。それに、成り行きでここまでワイズが手伝ってくれたのも、本人にとっては余計なことだろう。姉の尻拭いで更に他国までいきイユたちが仲間を助けるのを手伝うつもりなのだとしたら、さすがに親切が過ぎる。

「構いませんよ。ここで姉さんに直接会いに行ったところで、目的は引き出せません。それならば、戦争を止めるといった、その真意を知るために、シェパングにいくのもありだと思っています」

 本当にそれで、ワイズの知りたい情報は得られるのだろうか。第一、姉の目的を知って、ワイズはどうするのだろう。

「ワイズの目的からすると、シズリナを拐ったサロウを追ったほうが可能性があっただろうがな。俺が言い出したのも遅かったか」

 レパードが悪かったなと言いながら、自身の帽子を押さえつけた。

「そういうわけです。尤も、僕とリュイスさんが追い掛けたところで追い付ける相手でもないと思います」

 リュイスの名前を出したのは、リュイスがシズリナを追い掛けたがっていたからだろう。

「ですから、シェパングに向かうことになったら僕も同乗させていただきます。まさか、一名増員したぐらいで交渉が決裂するわけでもないでしょう?」

 それに、ワイズなら追加費用を請求されても自分でどうにかできそうである。

「『魔術師』がぴょんぴょん他国に行って問題にならないの?」

 大きすぎるお金の動きですら、慎重だったのだ。本人が動くなら、それも影響を与えることになるのではないかと思っての発言である。

 ところが、

「それは、フェンドリックに言うべき言葉では?」

 と、一蹴されてしまった。尤もな発言には唸るしかない。

「分かったよ。これからも引き続き、よろしくな」

 気のせいだろうか。レパードの、ワイズへの扱いが優しいと感じる。ワイズと出会ったばかりでは考えられない変化だ。

 だが、そう考えているイユも、ワイズがこのままついてくることに抵抗がなかった。

 レパードは、今度はクルトに向かって告げた。

「クルトも航海室だ。この後はライムの指示に従ってくれ」

 どうも、ラダは既に手伝っているようだ。クルトが頷くのを見て、レパードは続ける。

「それと、あの飛竜、アグノスには昨晩から格納庫を調べてもらっている」

 飛行ボードがなくても、自由に空を飛べる飛竜は、探索班にはもってこいだ。

「何かあったら呼びに来るだろう。ミスタが不在にすると誰のところに行くか分からないからな。覚えておいてくれ」

 全員のやることが決まる。土砂を詰め込み、ギルドに渡しきるまでのあと少しの時間。悔いなく動くために、皆が立ち止まる。イユも気持ちを切り替えようと、自分の頬を何度か叩いた。



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