その517 『船内探索』
「ここよ」
イユは、レパードたちを先導して、甲板の外に連れ出した。リュイスとレパード以外の仲間は、土砂の撤去作業だ。
「これは凄いですね」
リュイスが感嘆の吐息をつく。
それを聞きながら、はじめに見たときとは違う景色にイユも息を忘れた。
あのときは、空から光が射していた。だから、強い光に気を取られて気付かなかったのだ。よく見ると、蒼いと思った岩壁には、小さな照明が無数に埋め込まれている。そこから、ぼんやりと光が発せられていた。蒼い世界は、人工によるものだったのだ。
何年も誰もいない場所で動き続けた照明が、今イユたちの姿を浮かび上がらせている。呼吸をするように光が弱まり強まり……、をゆっくりと繰り返す。そのおかげで、まるで水の中にでもいるかのような心地にさせられる。
「甲板の砂は、落とせそうだな」
甲板を一通り回ったレパードが、そう答える。眼下の闇は、より深くなっていた。落としても物音一つ聞こえないだろうと感じる深さである。
「早速、風を吹かせますね」
「あぁ、頼む。イユ、ここは俺だけでいいから、お前はもう皆と合流してくれ」
レパードに言われて、イユは頷いた。
「分かったわ」
リュイスが魔法を使って一気に砂を落とすなら、むしろ飛ばされる危険のある人間はいるだけ邪魔だ。任せてしまってよいだろう。
イユは、甲板の入り口を通る。途端に、皆が振るうショベルの音が耳に届いた。残りの砂を取り除くべく、働いているのだ。
「手伝うわ」
イユもまた、ラビリからショベルを受け取って振るう。砂の山は、既にイユの腰ほどの位置しかない。それも山の先には壁が見えている。船の後端がとうとう手の届くところまできていた。
数時間も掛からなかった。リュイスとレパード以外の全員を動員しての作業は嘘のように早かった。最後に土砂の一山をどかすと、それが見えた。
「なるほど。そういうわけかぁ」
クルトが感心したような声を上げる。ショベルでつんつんと地面をつつく。そこには、壁と同じ素材の扉があった。
本来なら下り階段がある場所には、侵入者避けの扉があり、外からの土砂を防いでいたわけである。
「とはいえ、何事にも隙間はあるものだし、土砂が本当に入り込んでいないかどうかは分からないからね。開けてみてのお楽しみかな」
ラビリが待ちきれないように、扉の近くにあるボタンに飛び付いた。ボタンの凹む音がイユの耳に届く。
「ううん? 何にも反応しないよ」
ラビリが首を捻っているように、扉には変化がなかった。
「見せて見せて」
ライムが気になったようでボタンを覗き込む。
「うーん、何か書いてあるね。ワイズ、翻訳お願い」
呼ばれて近づいたワイズの翻訳に合わせて、ライムが作業に入る。どうやら、扉を開ける為の手順が書いてあったらしい。扉がするすると音を立てて開きだすのに、大して時間は掛からなかった。
イユは反射的に身構えた。今まで開かなかった扉の先だ。誰もいないとは思いたいが、万が一魔物がいることもある。レンドもさりげなく、ライムたちの近くに寄る。いざというとき、守れるようにするためだろう。
目を凝らして階下を見やるイユに、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。埃っぽさに思わずくしゃみをした。それでも、目は離さない。
扉はやがて、がしゃんという音を立てて止まる。
一同は顔を見合わせた。
「下りる? 船長を待つ?」
リュイスは魔法に集中しているだろう。下手に外に出ると風で吹き飛ばされるかもしれない。クルトの問いに、イユは答えた。
「行きましょう。戦える人間が一通り見てくるわ」
「俺とイユだな。ラダも来るか?」
レンドの言葉に、ラダが答える。
「そうだね。久しぶりに魔物退治もいいだろう」
意外な人選だが、魔物狩りギルドにいたレンドの言葉だ。戦える人間としてラダを誘うというのなら、その腕に間違いはないのだろう。
「それじゃあ、行きましょう」
イユは先頭に立った。階段を一段、一段と下りていく。
「気を付けてね」
ラビリの声に手だけで答えて、視線を階段の下、一階へと向ける。
一階は、今までいた二階より心なしか薄暗い。だが、土砂は入り込んでいないようだ。しんしんとした空気が、長らく人がいなかったことを伝えている。
「道が三つに分かれているな」
階段を下りきると、分岐が三つあった。真ん中が一番幅広の廊下、それ以外は比較的狭い。
「右から行こうか」
ラダの言葉に頷いて、イユは右の道を曲がった。
そこには一定間隔で扉がある。イユはレンドに視線を送ると、一番近くにある扉に触れた。長い間開かなかった扉は、意外にも簡単に開く。
「……ここは、船員の部屋か?」
魔物はいなかった。代わりに丸テーブルが中央にぽつんと置かれ、その奥に備え付けの棚がある。右手にあるのはベッドだ。ちょうど、人一人が生活できる大きさの部屋である。
「みたいだね」
ラダの言葉に、イユはそっと扉を閉じた。魔物がいなければ今はそれで問題ない。続けて開けた扉も、そのまた先の扉も同じような作りになっている。最後に開けた扉の先も、同じ部屋なのを確認して、イユはふっと息をついた。
魔物はいない。まずはそれだけだ。船室があることをどうこう考えるのは後である。
「次は、どうする?」
イユの質問に、レンドが返した。
「見落としがないように、右から潰していくのがいいな」
「了解よ」
再び分岐に戻ってから、イユは一番幅の広い廊下を歩いていく。青白い照明光が、床に反射していた。行き止まりまで歩くと、止まる。目の前には大きな扉があり、左右に廊下がある。
「右へ行くわよ」
目の前の部屋も気になったが、二階の位置から考えるに、恐らく航海室並みの規模がある。先に右手の狭い廊下、幾つか見える扉を片づけたかった。
イユの想像通り、扉の先は船室だった。どこにも魔物がいないことを確認すると、再び先ほどの扉の前へと戻る。狭い船室に魔物がいる可能性は低いが、航海室ほどの広さであれば、あり得なくはない。中を知りたくて、扉を一気に開け放った。
開けた先には、壁一面を覆う大きな窓があった。窓には岩壁が映っている。円形の形をした部屋に合わせて、ソファがぐるりと窓に沿うように用意されている。革は長い年月には耐えられなかったらしく、見る限りぼろぼろだ。
「この部屋、何なのかしら」
ソファと窓以外には何もない、余りにシンプルな部屋だ。
「休憩室だな。スナメリにもある」
船室があるのに何をどう休憩するのかイユにはよくわからなかった。だが、スナメリにもあるのなら、レンドの言う通りなのだろう。
「残りの部屋もさっさと見てしまおう。上で皆が心配しているだろうから」
「そうね」
ラダに言われて、イユは頷く。部屋に対する疑問は、後で幾らでも考えればよい。
部屋を出て右の道を行けば、今までと同じように船室があった。どの部屋も多少家具の設置位置や大きさに違いはあれど、似たような部屋だ。最初の分岐を戻って右の道を進んでも同じだ。セーレより少ないが、船室の数はそれなりにあるようである。
「あれは、階段……?」
最後の最後で、下り階段が見えてくる。地下に続く道だ。
イユはレンドたちに視線を送った。
「見に行くぞ。全部確認しちまったほうがいい」
レンドに断言され、イユは階段を下り始める。更にひんやりとした空気が、イユの足元から伝わってくる。地下に行けば行くほど、シェイレスタは冷えているのだと気づかされた。




