その516 『上乗だな』
「上乗だな」
そう、レパードは言った。顔も心なしか、明るい。それが、イユの心に影を落とす。
「とりあえず、飯だ」
イユたちはレパードの指示により食堂に向かった。シェルが寝ついたため、五月蝿くないようにと配慮した結果だ。入り口で弁当を配り、皆が順に席についていく。列に並ぶその時間が、じらされているように感じて苛々する。
「初、食堂での夕飯!」
前のほうで跳び跳ねているラビリの嬉しそうな声が響いた。
最初で最後の食堂になるかもしれないと思いながら、イユもまた弁当を受け取る。
席についてから早速、弁当の包みを開けた。今回は、フェフェリからの差し入れではなく、きちんと街で買ってきたもののようだ。花の蕾弁当より小振りで、木の実を思わせる茶色系の包みにくるまれている。これはこれで、趣があった。
ところが、蓋を開けたイユを待っていたのは、米だけだった。しかも、白米と麦が三対七の割合で混ざった弁当、否――、ただの麦ご飯である。
「それで、リュイスがポーカーでぼろ勝ちしてきたの?」
全員が席についたらしい。すぐに、クルトが口を開いた。
「そのまさかだ。負けたんだよ」
驚いたように、ラビリがお弁当の蓋を落とす。慌てて拾いながらも、疑問を口にする。
「なにそれ、相手がイカサマしたの?」
「その、絶対的なリュイスの信頼には、いろいろ思うところはあるが、仮にそうだとしても見抜けなかったしな」
それでは、ギルドとの交渉は上手くいかなかったのだろうか。イユは麦ご飯をつついた。
「だがな」
かつんと、イユの手は硬い何かに当たる。ご飯の先に何かがあったようだ。
「勝負には負けたんだが、何て言えば良いのか……」
煮え切らないレパードの発言は、いつも以上にのろく感じた。待っていられなくなったイユは、弁当に意識をやる。米をどかしてみると、ころころとした芋や、木の実が見つかった。
「交渉が成立した」
イユは、複雑な気持ちでレパードの顔を見た。レパードはどう話したものか悩んでいるようだが、その瞳には暗さがない。イユとは違う感情を抱えているのだ。
「あっ」
小さく声を上げてしまったのは、土色の卵が割れてしまったからだ。
赤みのかかった黄色が、米へと浸透していく。
「なんですか、それ。脈絡がないですね」
レパードの言葉に、ワイズが口を挟む。イユの動揺など無視して、話は進んでいく。
「リュイスに勝ったことで気分が良くなったらしくてな。そのうえで、目的地をあててみせたことが、女にとって更に良かったらしい」
レパードの解説に、クルトがむせながら手を上げた。ラビリが、「うちの妹がお行儀悪い」と残念そうな視線を向けている。尤も、クルト自身はそれに気付いていない。
「ちょっと待ってよ。目的地は決めてないんじゃなかったの?」
「あぁ、あの女、そう言っていたが、実際は決めてあって、敢えて黙っていたんだ」
「何のために?」
「分からないが、俺らを試していたのかもしれないな」
レパードは肩を竦めている。その口が、動き出すのを待った。ご飯が黄色の波に埋もれ続けていたが、イユの意識は完全にレパードの話に向いていた。
「とにかく、目的地が分かったことであいつらが金より欲しているものに見当がついた。それは、砂だ」
きょとんとした。ワイズではないが、話が繋がらない。
「明日、土砂を詰め込んだ袋を持っていく。あるだけ全部引き渡す。それが、先方との約束だ」
「ちょっとちょっと、話が見えない。なにそれ、砂なんて何に使うの」
クルトが戸惑ったように発した。
「カジノ船の目的地がな…………」
「雨降りの島だったんです」
どこか言いづらそうにするレパードのかわりに、リュイスが口を開いた。
「聞いたことのない島だな」
ミスタが一言、そう述べる。ギルドを転々としている人物の言葉だ。よほど珍しい島なのだろう。
「一年中雨が降る特別な島だそうです。雨傘の調達にきている方を僕が見つけて、それを元にレパードが気づきました」
リュイスは続ける。
「カジノ船は、停泊するとどうしても近隣の皆さんに迷惑を掛けます。ですから、必ずはじめに、心象をよくするために贈り物をするそうです」
「それ、砂とか言わないよね? 砂のプレゼントとか、只の嫌がらせだよね?」
恐る恐る聞くラビリに、「そのまさかだ」とレパードは頷いた。
「あの地域は浸水が激しいんだ。土嚢が必要になるんだよ」
「土嚢?」
首を傾げるイユに、ワイズが説明する。
「念のために言いますけど、砂を入れたあの重い袋を土嚢って言うんです。あなたたちがせっせと作ったあれですよ。縛りかたは違いますから、多少直したほうがよいとは思いますが」
つまり、溢れんばかりに船内に積み上げられた土砂の成れの果てのことだ。
「雨の地域では砂はすぐに流れてしまうそうです。かといって、土嚢がないと浸水被害に遭うそうで」
「砂なんて砂漠に山ほどあるけどなぁ。雨のひどい島の人たちは確かに嬉しいかもだけど、カジノ船は大規模なんでしょ? ボクらが渡さなくたって幾らでも手に入りそうじゃん。そんなので交渉になるの?」
不思議そうにクルトが首を傾げる。
「最もだが、袋に砂をいれるのって意外と大変だっただろう。だから、はじめからある程度できているものがあると嬉しいというわけだ。幸い、俺らが積み込んだ袋は、口がしっかり縛ってあるしな」
レパードの説明に、今までの苦労が思い起こされる。
「なるほどね。それで足りない分の費用はチャラにしてくれると」
ラダの言葉に、レパードは頷く。
「そういうことだ。明日、全員で詰め込むぞ」
それを聞いたイユは、何ともいえない気持ちになる。
「飛行船の土砂はあと少しで完全に掃けるのに」
イユの呟きを聞き付けたレパードは、
「それなら、その分も詰め込めばいい」
と言う。全くイユの気持ちには気付いていないようだ。
尤も、イユたちの努力は完全に無駄にはならなかった。カジノ船に乗るための運賃に化けただけましなのだ。しかし、カジノ船に土砂を引き渡すということは、飛行船を諦めるということと同義である。
ここまで来て諦めるのか、という気になった。無論、本当のところは、分かっている。この船は坑道に埋まっている。そして、外に出る道は見つかっていない。探索したいが、今から残りの土砂を撤去することを考えると、時間が足りない。それに、まだ船は動いてもいないのだ。時間が掛かるどころか動くとも言い切れない状況である。だから、カジノ船に乗ったほうが確実なのだ。
「こっちも、進展があったんだよぅ」
ライムがイユの気持ちを代弁するように、大きく挙手をした。
「あのねあのね、とうとう土砂を片付けて、甲板に出られるようになったの」
レパードが驚いた顔をする。
「それで、外はどうだったんだ?」
「狙いどおり、格納庫だったんだけど、想像以上に大規模だったの。あれは、港って言ってもよいかも」
「山のなかに港?」
想像できないのか、レパードたちの頭に疑問符が浮かんでいるようだ。
「そう。大きすぎるせいで外に続く道が分からないぐらい。坑道へののめり込みもあるから、とにかくリュイスを待っていたんだよぅ」
リュイスは唐突に名前を出されて、目を丸くしている。
「でも船内の土砂を片付けて、飛行船を起動させるのが先って結論」
ふむ、とレパードが考える仕草をした。
「思ったより進んでいたんだな」
うんうん、とライムが頷く。
「あと、火の元はちょっと難航してるけど、廊下はラビリがぴかぴかにしたよ。カメラも内部のほうは繋げたから、あとは外をどうにかするだけ」
ライムの言葉に、レパードは腕を組んで考える。
「リュイス、後で外に行くぞ。それ以外の船員は、ひとまず残りの土砂の撤去だ。一階より下の様子を早く知りたい」
レパードは、どう考えているのだろう。気付けばイユは、答えを求めて尋ねていた。
「交渉が上手くいったのなら、船を動かそうとするのは無駄じゃないの?」
レパードの動きを一つ一つ見守る。その口が何を紡ごうとするのか、早く知りたかった。
「まだ見切りをつけるつもりはない。雨降りの島は、明鏡園からかなり離れている。まずは、船を動かしてみるぞ。それで空を飛べるかどうかだ」
信じられない気持ちでイユは続けた。
「でも、船は坑道にのめり込んでいるわ」
「そんなことは初めから分かっていたことだ。荒事になるが、リュイスの魔法を使うことになる。問題は想像以上に広いっていう周辺の探索だ。明日、飛行ボードを借りてこよう。それで、土砂の撤去を終えたメンバーは、出口の探索に当たってくれ」
まだ、レパードは船を動かすという可能性を諦めていないのだ。それが分かっていたのか、ミスタやライムも、満足そうな顔を崩さない。
「分かったわ。私も全力を尽くすから」
無駄になるかもしれない。だが、レパードも、ミスタやライムも全く諦めていないのだ。その空気に絆されたわけではないだろうが、イユもそう答えていた。




