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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
515/994

その515 『蒼に満ちる』

 ワイズに引っ張られる形で再び土砂の撤去に戻ったイユは、袋を台車に積み上げながら、聞いてみることにした。

「そういえば、レパードもさっきの医者は嫌っていたみたいだったけど」

「あぁ、それですか。ここに連れていくのに、渋られたんですよ」

「渋る?」

「出張料をくれとせがまれまして」

 イユは空いた口が塞がらなくなった。

「まさか、あれより前にもお金を貰っていたわけ」

 がめついにも程があるというものだ。

「どうも僕のせいで商売上がったりのようでして。そっちのお金はレパードさんのポケットマネーですね」

 人助けばかりをしているワイズだが、それはそれで恨みを買うものらしい。医者には辟易していると、いつもと変わらない表情で淡々と告げる。

(これは、相当だわ)

 変わらない表情こそ、怖いものはない。ワイズも相当医者に思うところがあるようだと感じたイユは、話題を変えることにした。

「リュイスが連れていかれたのは?」

 質問ばかりするとワイズに散々馬鹿にされる印象があったが、今回のワイズは大人しい。

「それは話しませんでしたね」

 と、説明をし出した。恐らくはワイズも新たな話題に飛びつきたかったのだろう。

「実は僕が医者の行方を探していたときに、レパードさんのほうで、カジノ船の団長と話をつけたみたいでして」

 なんでも、リュイスの話を聞いた団長は、リュイス本人に興味を持ち、ポーカー勝負をすることになったという。そこで勝てば、その金を交渉に充ててよいとのことだった。街のはずれにいるそうなので、医者を送るついでに寄るのだろうとのことだ。

 イユは心のなかで納得する。シェイレスタの都まで行ってポーカーで荒稼ぎする作戦は難しい。だが、団長がリュイスに興味を持つことで、マゾンダにいる団長とポーカーをするのであれば、話は別だ。レパードはそこまで見越して話を持っていったのだろう。

「僕は知りませんでしたが、リュイスさんはカジノ世界では有名人なのですね」

 そうらしいとしか、イユも知らない。インセートでのリュイスは確かに、周囲に声を掛けられる程だった。

「幸運体質らしいから」

 ワイズは小首を傾げながらも、一応は納得したらしい。

「まぁ、良いでしょう。どのみち、彼らが帰ってくるまでに、ここの土砂を取り除く作業を続けるしかありません」

 ただリュイスたちを待っているというわけにはいかない。リュイスが上手くいかなかったときのためにも、土砂の撤去は続けるべきだ。

 イユは気持ちを切り替えるように小さく息をつくと、再び身体を動かし始めた。





 外への出口が見えたのは、腹の虫が夕飯が近いことを訴え始めた頃だった。ショベルを振り下ろしたときである。本来なら壁にぶつかるはずのそれは、あまりにもあっさりと、その先へ進んだのだ。

 予想外の動きにたたらを踏みながらも、どうにか土砂に顔面を突っ込むという醜態を避ける。引き抜いたショベルには、想像していたよりも土砂が乗っていなかった。

 そうと気付いてしまったら、イユの身体は答えを求めて動き始める。まさしく、無我夢中だった。飛行船の外の様子を知りたい一心で、作業をし続ける。

「み、えた……!」

 はじめに風の通り道が、現れた。それから、さらさらと砂の零れる音に紛れ、「すーすー」という小さな音が聞こえだす。

「間違いない。外に繋がっているな」

 風の流れを感じられるリュイスではなく、ミスタの断言だ。その場にいた全員――イユ、ミスタ、ワイズが、確信していた。

 そうするうちに、土砂の隙間から光を通すようになった。はじめは、ささやかな糸のように細い光だった。だが、イユが思いっきりショベルで砂を取り除くと、道は一気に広がった。

 更に、隣でミスタが砂を取り除くと、崩れるようにして、大きな通り道が現れたのだ。

「やっぱり、出入り口が開いていて、そこから土砂が入ってきていたのね」

 外からの空気が、ひんやりとイユの肌を刺す。イユの足元には、散らばった砂に紛れて窓のような材質の扉が転がっている。恐らくは重すぎる土砂に耐えられず、船の内側へと倒れ込んだのだろう。

「外なら魔物がいる可能性がある。警戒しろ」

 ミスタの声に、イユは頷いて前に出た。このなかでいざというときに対処できるのはイユだ。

 土砂を踏み分ける形で、船の外へと飛び出る。


 外は、とりわけ明るくも暗くもなかった。代わりに、広く蒼かった。

 イユは周囲をぐるりと見回す。てかてかとした岩壁が、船頭にのめり込んでいる。船尾のほうは無事だった。

 船尾へと土砂を踏み分けながら歩き、そして立ち止まった。イユの胸の高さほどの位置にある手摺を掴む。空を数百歩、歩くことができたら辿り着けただろう場所で、蒼い岩壁が聳えているのが見えた。

 下を見れば、イユの異能をもってしても底を確認できない真っ暗な闇があった。唯一水の流れる音と匂いが鼻につく。

 上を見れば、首が痛くなりそうな先に青空がある。光の筋が幾つか、イユのいる場所の近くまで延びていた。そして、視界の端に、岩壁が崩れたような場所を見つけた。ちょうど、イユが先程まで立っていた出入り口の真上である。

「そういうこと」

 ここは、甲板だ。イユたちが掘っていた出入り口は、やはり甲板に続いていた。同時に、この船の船頭は坑道にのめり込んでいることも、ここからならはっきりと分かった。

 そして、甲板の外は、坑道ではなかった。ここが山の中であることを忘れさせるほどの、広々とした世界がここにある。






「うーん、なるほどぉ」

 とりあえず、外への道を開通させたイユたちがしたことは、専門家を呼んでくることだった。

 幸い、ライムはキリの良いタイミングだったようで、すぐに駆けつけてきた。一緒に航海室にいたラダとクルトも同行している。

「格納庫には入っていたんだけどって感じだね」

 ライムの言葉にイユは驚くしかない。

「これが、格納庫?」

 ライムは頷きで答えた。ここは、イユの知るどの場所とも異なる。蒼い壁が上にも下にも続いた縦穴のような場所だ。

「一体これは何が起きてこんなことになるのよ」

 イユが説明を求めると、ライムはぽりぽりと頬を掻いた。

「イユちゃんは、リバストン域って見たことある?」

 ライムの質問にイユはきょとんとしてしまった。それから、暫くして納得する。ライムの顔を直接見たのはインセートがはじめてだ。それまで、ライムはイユが船に乗っていることも知らなかったのだろう。

「見たわ。飛行岩がたくさんあるところよね」

「あれはね、昔、大きな島と島がぶつかってできたの」

 無数の飛行岩が長い螺旋を描き、大空に浮いている光景は、今でも覚えていた。まだ、セーレにきて、三日目のことだ。あのときの壮大な景色は忘れられない。

「じゃあ、何でぶつかっちゃったと思う?」

 言われてイユは固まった。当時も、飛行岩が落ちない理由は考えたが、ぶつかった理由までは考えなかったと思う。

 ライムは勿体ぶることはせず、静かに告げた。

「飛行岩はね、常に少しずつ動いているからだよ」

 意外な答えだった。イユが握ったことのある飛行石の欠片は、光を当てると浮いたが、勝手に走り回りはしなかったはずだ。

「ただの飛行石じゃなくて、飛行岩――、ある程度量があって初めて起きる現象なの」

 イユの疑問には、ライムが先回りして答える。

 だが、さらりというが、とんでもない発言だ。飛行船が動くのは分かっていたが、それ以外の大地も常に動いていると、言うのだから。

「リバストン域は、綺麗に粉々になっちゃった例だけど、ぶつかり方はいろいろあるかな。まるで山みたいに重なったところが盛り上がったり、逆に無理にぶつかったところだけ砕けたり」

 とはいえ、あくまでゆっくりとだという。気の遠くなる程の時間を掛けて、変わっていったのだと。

「ここは、元々坑道だった場所と、格納庫だった場所の二つがぶつかってくっついたんだと思う」

 ライムの言いたいことを咀嚼する。それは、つまり――、

「リバストン域みたいなことが、ここでも起きたって言うの?」

 その結果、格納庫の一部と坑道がぶつかり合い、飛行船の船頭が坑道にのめり込む形になった。だがそこは、『古代遺物(アーティファクト)』の船だ。普通なら大破して終わりなところはずが、原型を留めている。一部土砂に埋まってしまっているが、状況を考えれば、よくそれですんだと言いたくなる。

「そうそう、イユちゃん、頭良い!」

 初めて言われた気がする。

 ラビリの会話が終わったところで、甲板の様子を探っていたクルトが声を張った。

「この下、土砂はなさそうだね」

 クルトと同じように、イユは甲板から身を乗り出す。二人揃って危ないと、ワイズにお小言を貰うが、今はそれどころではない。

 船尾からだと分からなかったが、船頭からだと見える景色が違う。眼下、イユの目に入ったのは、橋だった。今イユたちがいる船が着陸している橋だ。船がもう一隻着陸できるほどの幅がある。

 恐らくは船が上から落ちてきた砂を被る形になったのだろう。クルトの言うとおり、そこに土砂の類いは見られない。

「この橋、蒼いのね」

「向かいのと一緒だよ。あぁ、あっちにもある」

 クルトに示された方向を確認すると、同様の橋が幾つもあることが確認できた。ライムのいう格納庫の意味が今になってはっきりと理解できる。船は他に止まっていないようだが、恐らく大昔はここに無数の船が格納されていたのだろう。

 イユは見上げた。見えないぐらいの小さな砂が、崩れた岩壁から零れ落ちてくる。はじめは大きな土砂ががんと扉にぶつかったのかもしれない。だが、そのあともこうして、小さな砂が出入り口の扉の前へと溜まっていったのだろう。途方のない年月だ。溜まった砂の重みに耐えられず扉が壊れたのか、はじめの衝撃で壊れたのか、イユには分からない。だが、そうして船内に入った砂は更に何年も掛けて飛行船の中へと入り込んでいったのだろう。

「甲板に残っている土砂は、わざわざ掃かなくてもリュイスの魔法が使えそうだね」

 ラダの言葉に、イユは思考を切り替えて頷く。今までリュイスの魔法が通用しなかったのは、砂の捨て先がなかったからだ。ここは、首が痛くなるほど広い空間が広がっている。幾らでも船の上から砂を落とせるのである。

「外傷も見た限り船頭以外は確認できない。飛行船自体は頑張れば動きそうだね。問題は、この格納庫からどうやって外に出るのかだけど」

 何せ坑道にのめり込んでいるのだ。

「格納庫から外へと出るルートを調べる必要と、のめり込みをどうにかする問題が残っているわけね」

 イユはため息をついた。これは、リュイスたちが話を付けてくるほうが早くなりそうだと、感じたからだ。

「まずは、船の機能を全部使えるようにしないとだよぅ。中途半端は良くないから。ほら、地下におりよう」

 当初の土砂の撤去をやりきるべきだとライムに言われ、最もだと頷いた。

 ちなみに、出入り口の扉は、クルトに直してもらうことになった。計器は、部品の購入待ちらしく、手持ち無沙汰になったからだそうだ。

「残りの土砂はあと少しなんでしょう」

「うん、でももうすぐ船長たちが帰ってくるかな」

 船内に戻りながら、イユたちは会話を続ける。その前方、航海室から賑やかな声が聞こえてきた。

「上乗だな」と、上機嫌のレパードたちが戻ってきたところだったのだ。

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