その511 『飛竜が見つけたもの』
夕食後、いつものように、就寝までの間、残りの作業に取り掛かる。
厨房を見に行っているレッサ、計器類を確認しているクルトたちを除くほぼ全員での土砂の撤去作業だ。作業時間の中で最も進むのが、この夜の時間だった。
瞬く間に減っていく土砂が、心地よい。厨房の扉が開くようになるまでは、一時間と掛からなかった。
「あ、でも、扉を開けるのはまだ待って」
ラビリから思わぬ制止が入る。
「今開けたら土埃が入っちゃう。もう少し、周辺の土砂を綺麗に取り除いてからね」
折角掃除したのに汚れてしまうのが嫌なのだろう。早速開けてみたいところだったが、渋々周囲の土砂を撤去する作業を優先した。
そのため、実際に扉を開けられたのは、二時間後だ。扉の周りを中心に人が二人は並べられるほどの空間を確保して初めて、ラビリの許可が出たのである。
「えっと、ここにあるボタンを押せばいいんだよね?」
そう言いながら、ラビリ本人がぽちっとボタンを押す。扉は、今まで開かなかったのが嘘のように、自動で開いていった。
その先で、眩しいばかりの白が出迎える。ラビリが綺麗にした食堂だ。
「本当に繋がりましたね」
感慨深いようで、リュイスがそう声を上げる。
「えぇ、ようやくね」
地図でいくと、ここから外に出る扉まではすぐそこだ。
イユは再び、土砂のほうへと振り返った。扉に砂埃が入るのを嫌がったラビリのおかげで、天井まで届いていた土砂の一部は、厨房周りを中心に大きく削られている。この分だと明日中には扉の様子を確認できるかもしれない。
先ほどのレパードの報告を思い出した。随分足元を見られているとのことだったが、イユたちが本当に飛行船を動かすことができたら、その交渉もしなくてよくなるのだ。相手の団長も思惑が外れて、唖然とするだろう。
「ん、アグノス。どうした?」
イユが考え事をしている間に、アグノスがミスタのほうへと駆けてくる。数日ぶりにその姿を見た気がする。アグノスは自分で獲物、坑道にいる鼠が主食らしい――、を取っているらしく、食事には顔を見せない。夜も、一行が疲れ果てて早めに寝るせいか、医務室に戻ってきた姿を見たことがなかった。
だが、アグノスなりに動いているらしく、何故か今、ミスタの腕で忙しく鳴いている。
「何か見つけたのか?」
ミスタが正解を引き当てたようで、アグノスは腕から飛び立つと、船長室のほうまで飛び、振り返った。
「ついてこいって言っているように見えますが……」
リュイスの言葉には同意見だ。しかし、どことなく上から目線なのが気に障る。
「飛竜の癖に生意気だわ」
「僕は何とも感じませんが、飛竜も人を見ているということでしょう」
どう見ても、アグノスは誰に対しても同じ仕草をしているはずだが、ワイズには違って見えるらしい。気に食わないものを感じながらも、イユは、周囲に合わせてアグノスを追いかける。
アグノスは、待ちくたびれたように鳴くと、すぐに船長室へと入っていく。船長室には、ワイズが先ほど砂袋を運び入れたばかりだ。そのため、右手の壁には袋が積み上げられていた。
アグノスは奥の壁すれすれまで飛ぶと、ぐるぐると旋回し始める。如何にもここに何かがあると言わんばかりだ。
「……風を感じます」
アグノスに近づいたリュイスは、壁の向こう側を見て、そう答えた。
「地図だとこの先は何もないはずだけど」
「隠し部屋があったりしてな」
ラビリの疑問に、レンドが当てずっぽうで答える。
「こういう部屋で、怪しいものというと……、この辺りか?」
レパードが船長室をきょろきょろと見回し始めた。レンドの当てずっぽうに対し、あながち間違いでもないと考えたようだ。
この部屋に何かがある。そう言われて気にならないかと言われたら、答えはノーだ。イユも、うきうきしている周囲の何人かに混じって、部屋を物色する。
そもそも、船長室にこうして長くとどまったのは初めてだ。イユは普段、土砂の撤去作業のために廊下に出てばかりいるし、それ以外は医務室で過ごしている。会議室や航海室には袋を運びに行き来しているが、船長室は最後の砦というように、今までは使っていなかった。
そんな船長室をじっくり眺めた感想として、イユが抱いたのは、意外と狭いということだ。セーレの船長室より小さいかもしれない。装飾の類はなく、ベッド、机、ソファにテーブルが置かれている。左右の壁は引き出しになっており、留め具を外して引っ張れば中のものが確認できる。しかし、この船を破棄した当時の人間は、残らず中の物を持ち去ったようで、何も残ってはいなかった。
ミスタが机の下を覗いており、ソファは、ラビリが一所懸命裏側を確認している。
その横を歩いて、壁際にいけば、リュイスが風の出処を探っている。アグノスが旋回する奥の壁では、ワイズがじっと壁に違いがないかを見ていた。
「なんだかんだで、ワイズも気になるのね」
声を掛けると、ワイズは振り返った。
「一応、『魔術師』ですから」
『魔術師』は魔術をはじめとする研究を嗜んでいる。『古代遺物』も同様に研究の対象としてみているということらしい。
「あなたは、新しいものをみると飛びつかずにはいられないミスタさんと同じタイプのようですが」
「ちょっと、一緒にしないでちょうだい」
なんとなく、癪に障る。ワイズの言い方に問題があるのだろう。
「お前ら、こういうときまで仲がいいのな」
呆れた声が背中から降りかかる。いらない発言をするのが得意なもう一人、レパードのものだ。
「誰も仲良くはしてないわよ!」
振り返り様に反論したそのとき、足がカツンと何かを踏み抜いた。
その瞬間、ガラガラと壁が動き出す。
驚いた顔で壁から手を離したのはリュイスだ。その手の先には、引き出しがありそこにボタンがあった。
イユもまた、足元を確認した。そこにも、ボタンがある。床と同じ色をした四角形の薄いそれは、這って確認でもしないと分からないほど小さなものだ。
しかも同時に押す必要があったのだろうと、不意に理解した。
「でかしたな、アグノス」
アグノスは、ミスタに褒められ、満足気に鳴いている。
「ちょっと、開けたのは私よ!」
「それと、僕です……」
小声で、リュイスも主張するが、誰も取り合わなかった。
何はともあれ、そこには本当に隠し部屋があったのである。




