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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
510/994

その510 『ライムと報告』

 一緒になって明るい気持ちになっていたイユは、すぐに首を横に振った。リュイスが資金稼ぎをしてしまえば、飛行船は動かすに至らず、置いていくことになる。そのうえ、リュイスがいない間、土砂の撤去は遅くなる。手放しに喜んでよいものではないのだ。

「レパードの報告は終わり? それなら、次に行きましょう」

 イユはすぐに土砂の撤去の進捗を報告した。そろそろ厨房が見えてきたというと、全員の顔が嬉しさに輝く。手が空いたときに手伝う流れになっていたため、殆ど全員が一度は土砂の撤去を手伝っている。その辛苦が報われると聞いて嬉しいのだろう。

「あと少しで厨房と繋がるっていうなら、これを食べ終わったら皆でもうひと踏ん張りだな」

 レパードの言葉に、全員で頷く。

「航海室と会議室に詰め込んだ砂袋がいよいよ馬鹿にできない量になっているので、そちらも手を打っていく必要がありますね」

 主に台車で袋を運び込むことの多いワイズが、レパードに告げる。レパードは「そうだな」と腕を組んだ。

「厨房も、報告できることがあるよ」

 挙手したのは、ラビリだ。

「今日一日、畑の水についてライムが調べてくれたの」

 昨日ライムが水に興味を持ってから、ほぼずっと調査をしていたらしい。

「そうしたら、なんか凄そうなことが分かっちゃって」

 ラビリの言葉に、皆の関心が向く。

「はい、どうぞ。ライム先生」

 と、すかさずラビリはライムに視線をやった。

 不意打ちだったのだろう。ライムはまだもぐもぐと口を動かしていた。ごくんと呑み込み、ようやく話をしだす。

「えっとね、船長たちが心配してた水なんだけど、この船自身に集める機能がついているの」

 言われたことの意味が、理解できなかった。

「雨水とか、空気中の水分とかを頑張って溜めて、それを綺麗にしてから、あの部屋の植物に水をあげる仕組みになっているんだよ」

 ライムは極力分かりやすく説明しているつもりのようだが、全員の頭に疑問符が生まれている。あまりにもイユたちの常識から飛躍しすぎていたからだ。

「……なんか、滅茶苦茶凄いこと言っているように聞こえるんだけど」

 クルトが辛うじて言葉を紡ぎ、

「それが事実ならこの船に水はいらないってことか?」

 とレパードが確認する。

「いらないわけじゃないよ。水が貯められなかったら、不足分のお水は必要になるから。でも、今は坑道のなかにお水の類がいっぱいあるから、暫くは大丈夫そうってライムが」

 ラビリも理解はできていないのだろう。少し不安そうな口ぶりだ。ちらっと確認するように、ライムに視線をやる。

 ライムはそれを受けて、大きく頷いた。その姿はとても堂々としているので、イユの目から見ても頼りがいがあるように映った。

「うん。空気を自動で綺麗にし続けるのもどうやっているんだろうって思ったら、まさかお水を集めていたとは思わなかったの。お水をもとに空気を綺麗にする力を生み出すとか、誰でもできる魔術みたいだよね。空調とか水だけでこの機能なんだよ? 本当に、この船は凄いから、面白すぎて止まらないよぅ」

 ライムは補足するのではなく、船への感動を感情のままに捲し立てる。それを見て、ラビリが「ライムせんせぃ……」と残念そうな顔をした。求めているのは感想ではなく、説明の補足である。

「ん? 大丈夫だよ、ラビリちゃん。ラビリちゃんの説明はあっているもの。お水を集めて、浄化して、それを船の機能として還元して……、を長い間繰り返してきた、とっても資源不足に優しい船なんだよぅ」

 ライムがラビリを肯定しつつも、船について纏める。

 その二人の、『らしい』やり取りを見て、ようやくイユも今の話が嘘でもなんでもない本物だと実感が湧いてきた。

「それが事実なら、水の確保が楽になるな」

 レパードの言葉に、ライムは嬉しそうに手を合わせた。

「そうだよぅ! 医務室にもお水が出る場所あったよね? 今日中に出るようにしておくね」

 当たり前のように夢のようなことを言うから、ライムには脱帽だ。

「いやそれ、滅茶苦茶、便利だよ。やっぱりライムは凄すぎ。飲める水だと更に最高だけど、心配だから一応調べておくね」

 クルトがライムにそう返す。簡単に調べるといってのけるクルトもイユからしたら凄いと思うのだが、本人に自覚はないようだ。

「そうすると水を汲むのに取られていた時間が空くってことですよね。凄いなぁ……」

 レッサだけが羨ましそうな顔をしつつ、感心の声を上げる。本当は、この飛行船の調査に加わりたいのだろう。はっきりと顔に書いてあった。

「大丈夫。レッサにはこの後、手伝ってもらいたいことがあるから」

 それを知ってか知らでか、ライムがそう発言した。

「僕が、ですか?」

「うん。水の次は火でしょ。熱の扱いは、レッサが一番だから、見てもらいたいの。厨房の火の元がどうしたら動かせそうかアドバイスが欲しいから」

 イユは自然にレッサに頼むライムを見て、意外な心持ちがした。ライムは、天才肌故、全て自分で解決する人間だと思っていたのだ。

「熱の扱いは、ヴァーナーが一番だけど」

「ヴァーナーは、ここにはいないもん。そうすると、レッサが一番でしょう?」

「分かりました。一度見てみます」

 レッサが頷くのを見て、ラダが口をはさむ。

「それなら、ライムには先に計器をみてもらえるかな」

「計器?」

 イユの問いに、ラダからの説明が入る。

「あぁ。船を動かすことはどうにかできそうなんだが、長い時間埋もれていたのか計器類がいかれていてね。これだと、仮に船を飛ばせてもすぐに墜落が目に見えているからね」

 ライムはそれに、「いいよぅ」といつもの調子で返事をする。

「ちなみに、船の操作は最低限だけども、覚えられたと思う。離陸さえしてしまえば、多少の自動操縦もできるみたいだし、かなり高機能だね」

 ラダが船を誉めるのを見て、レパードが少し驚いたような顔をした。理由までは、イユには分からない。

 ただ、そこに一瞬妙な間が生まれて、それを隠すようにクルトが手を上げる。

「航海室と厨房の報告は完了だよね。今度はボクからで」


 クルトは、医務室について調べたらしい。

「ボクは、ワイズに頼んで医務室にあったデータベースを読んで貰ったんだよ」

「データベース?」

 イユの疑問にクルトが説明をする。

「ほら、受付カウンターのところにある機械。あそこに入っていた情報を古代語で『データベース』って言うんだって」

「あれって、壊れていたんじゃなかったの?」

 初めて医務室に入ったときに触った端末を思い出す。ところどころ、文字がおかしくなっていたはずだ。

「できる範囲で復旧させたんだよ。意味不明な道具も多かったからさ、説明があると助かると思って」

 相変わらず、やっていることはライムと変わらない。感心していると、何を思ったのか、クルトが声を潜めた。

「そしたらさ」

 何事かと身構えたイユたちに、クルトは「凄いんだよ」と声を張り上げる。

「なんと、自動調合機械があったの」

 意味が分からない。

「変な道具だなって思っていたんだけど、簡単なものなら勝手に薬を作ってくれるんだよ」

 イユは首を捻った。聞けば聞くほど、この船にはあり得ない機能がついている。それとも、セーレが異常だっただけで、スナメリやイクシウスの戦艦にも似たような機能があるのだろうか。

 レンドに視線をやると、意図を察せられたらしく、クルトの話に割り込む形で発言が上がる。

「水を集めることはできないが、スナメリにも自動調合機械はあるぞ」

 さすがに野菜類を大量に育てている船は格が違った。

「マジで! いや、あれ、便利すぎるよね?」

「俺は調合しないから知らないが、すり鉢で混ぜるぐらい自分でやるのと大して差はないと思ったぞ」

「節穴?」

 クルトの辛辣な感想に、レンドはむっとした顔になったが何も言わなかった。

「あの薬を混ぜる時間の分、他の作業ができるんだよ! だから、早速、姉さんに買ってきてもらった材料でシェルの薬を数週間分調合しておいたし。その時間を使って、多い分には困らないかなと思って、台車二台目も作ったし」

 台車二台目と聞いて、ミスタが目を輝かせている。当然のように、「自動調合機械、凄いな」と同意した。安すぎる意見に、レンドは呆れ返っている。

 ちなみに、クルトのいう二台目には、土砂の撤去に使っている台車が数に入っていない。一台目は街まで往復するのに既に使っている。

「僕は、その間に古代語の一覧表を作っておきました。これで一々僕を呼びつけなくても、多少読めるでしょうから」

 ワイズの言葉に、ライムは思わずといった様子で挙手をする。

「私も! 私のも欲しい!」

「……そう言われるだろうと思って、今、複写しているところです。とりあえず、できるところまで頑張りますが、紙を切らしそうなので、明日街で買ってきて欲しいですね」

 ライムはそれを聞いて手を合わせて大喜びしている。その勢いのままで、ライムの首はクルトへと向いた。

「じゃあ、クルトはちょうどキリがいい感じだよね!」

「う、うん」

 ライムの有無を言わせぬ迫力に、クルトが若干引いている。

「それなら、計器類はクルトも一緒に見て。手先が器用だから、私がやるより早いと思うの」

「そういうことなら……、わかったよ」

 クルトの了承を得たことで、ライムは更に嬉しそうである。頬を紅潮させていた。

「……ライムって、意外と他人の力を借りるのね」

 そんな様子を見て思わず出た感想に、レッサが納得した顔をした。

「こんなに普通に会話ができることって、機関部員以外だと珍しいし、驚くのも分かるよ」

 でも、とレッサは続ける。

「機関部をまとめているのはライムだから。好きなことに没頭はするけれど、仕切りは意外と上手なんだよ」

 確かに、ただの機械好きでは皆に信用はされないだろう。

 イユは見たことがなかったが、十二年も付き合いがあれば、ライムという人間の本質が見えてくるのかもしれない。

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