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カルタータ  作者: 希矢
第四章 『コノ素晴ラシイ出会イニ感謝ヲ』
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その51 『魔術師との脱出』

「あー、もう、しつこい!」

 走る途中で、ブライトの声が聞こえてくる。思っていたよりもそれは、近くから聞こえた。

 合流できそうだと考えながら、ちょうどカーブを曲がりきったところだった。真っ赤な光と熱が視界を遮ったのだ。

「っと、危ねぇ!」

 気づいたレパードに襟元を引っ張られる。頬の近くを熱が舐めていき、寸前のところで避け切ったと分かった。そうしてから、今のは炎の魔術によるものだと気がつく。

「ちょっと、私を焼き殺す気!」

 視界の先にはブライトとリュイスがいる。その横で数人の兵士が延びていた。

「あ、あれ? イユ?」

 兵士だと思われていたらしい。ブライトが目を丸々させて驚いている。

「えーっと、ごめんね?」

 手を合わせて謝罪のポーズをとられる。ウインクをしているあたり、反省の色は見られない。

「だめ、許さないわ」

「ひどっ! こんなに謝っているのに!」

 大げさに体をのけぞらせて嘆かれる。わざとらしさ満点なので、当然許すつもりはない。続けて口を開こうとしたところで、

「あ、あの……」

 おどおどとリュイスが会話に割り込んできた。

 それで、兵士の足音に気がつく。そこまで長話をしたつもりはなかったが、もう追いつかれたらしい。

「やっぱり、しつこいなぁ、もう」

 ブライトの愚痴に、レパードが口を挟む。

「お前が魔術書を持ち出したせいだろ?」

 ブライトは、口を尖らせただけだ。言い返す時間がないことを察しているようである。

「とにかく、さっさと逃げるぞ」

 レパードの発言に、誰も依存はなかった。四人とも走り始める。そうしながらもイユは、ブライトが何を考えているのか追及する時間がないことを悔やむ。異能者や龍族であることがばれて逃げるならいざ知らず、まさか魔術師のせいでこうしたことになるとは思いもよらなかったのだ。目的は聞かないと、納得できない。

 本当は走りながらでも聞いてやりたいところだが、ブライトの息は既に上がっている。おまけに、一行の中では圧倒的に遅い。すぐに三人に抜かれて最後尾を走っている。龍族でも異能者でもない普通の人間の速さだからだ。

「頼むから、置いて、いかないで、ねぇ!」

 息切れしながらも、それだけは譲れないようで叫ばれる。本音を言うと、今すぐにでも置いていきたい。少し前はブライトを攫って暗示の問題を完全に解決することも考えていた。今はこれ以上関わると、厄介事に巻き込まれる気しかしない。

「お前は魔術書を返せばそれで問題ないだろ。さっさと自国へ帰れ」

「そんな、殺生なぁ! 助けた、恩を、忘れたと、いうの?」

「……お前のせいで兵士に追われた記憶しかないんだが」

 レパードも同じことを考えているかもしれない。ブライトを追いやりたくて仕方がない様子だ。


 正面にセーレが見えてくる。今朝と変わらない佇まいがイユを迎えた。まさか戻ってこられるとは思わなかった。

「ねぇ、いいの?」

 イユは恐る恐る聞いてみる。

「セーレに乗っても……」

 この状況だ。おいていかれたら最後、イユは無事では済まないだろう。セーレに再び乗れるかもしれないと思うと、このときばかりはブライトに感謝してもいいかもしれないという気になった。

 しかし、隣を走るレパードの顔が翳るのが見えてしまい、不安になる。ブライトの嘘のおかげで暗示にかけられていたという可能性は減ったが、暗示の問題を全て証明しきったわけではないのだ。イユの事情など気にせず、そのままその場に置いていかれることも可能性としては残っている。

 そうはならないで欲しかった。同時に彼らの優しさも知っているのだ。みすみす殺されるのを見過ごすようなことはしないと思いたい。


 暫くの間、沈黙が続いた。その後、レパードはどこか諦めた口調で返してきた。

「……お前はここで置いていかれるとしたら納得しないよな」

「当たり前よ」

 イユは、第一に生きたいのだ。だから、たとえレパードの許可が下りなくとも、かじりついてでも飛行船に飛びつくことは視野に入れている。ただ、できれば堂々と迎え入れられたいところだ。

「なら、好きにしろ」

 良かったと素直に思ったところを、ブライトの声に遮られた。

「やったー! ありがとー!」

 レパードが振り返って叫ぶ。

「お前には何も言ってないぞ!」

 イユも一緒に振り返り、ぎょっとした。会話に夢中になっていたせいか、ブライトとの距離は開いている。そのすぐ後ろに、五人もの兵士が迫ってきていた。これではブライトはもちろん、イユたちものんびりとはしていられない。

 実際に兵士は、魔術師でも容赦はないのか威嚇射撃なのか、ブライトに向けて発砲する。

「あうう」

 音にびっくりしたのか、頭を引っ込ませながらブライトが走る。息は完全に乱れ、足取りも怪しい。走り通しなのだから、魔術師には厳しいのだろう。

「いい加減諦めて魔術書を返せばいいだろ」

「それは、ダメ、なの!」

 叫び返しながらも、ふらつく足で追いつこうとしてくる。

 見かねたのか、リュイスが魔法で援護するのが目に入る。思わぬ風にその場に立ち止まる兵士を見て、多少は時間が稼げそうだと判断する。そうして、前を向こうとしたときだった。


 突如前方からイユに向かって風が襲い来る。同時に頬に水滴が当たった。

「船長、何がどうなっているの!」

 クルトの声が、風に乗って聞こえてくる。

 吹き飛ばされないように、イユは足で踏ん張る。腕で顔を隠しながら、隙間から辛うじて前を見た。

 セーレの帆が全開に広がっていた。飛行船が水面から浮き、空へと離れていく。先程の風は、離陸の勢いで巻き起こったものなのだ。

 恐らくはセーレからイユたちの様子がだいぶ前から確認されていたのだろう。兵士が近づいているから、飛ぶことにしたらしい。確かに龍族二人は飛べるので、おいていかれても大丈夫だ。

 だが、イユはそうはいかない。足に力を入れた。追いつけるかは、微妙なところだ。

「梯子を下ろせ!」

 レパードの叫び声が上がる。

 その声にクルトが、

「えいやっ」

 と掛け声を上げ、梯子を外へと放り投げるのが見えた。助けてくれる気はあるらしいと、ほっとする。

 異能を使った足はすぐに梯子へと掛かる。以前梯子を登ったときは兵士に撃たれたのだ。今はそれ以上の至近距離になっている。このままでは、格好の的だ。撃たれないように祈り、少しでも早く危険から離れようと、手足を動かす。前はリュイスが撃たれたイユを助けてくれたが、今回もそうとは限らない。万が一撃たれても絶対に離すものかと心に決め、逸る胸を抑えて進んだ。


「ブライトさん!」

 少しして、下からリュイスの必死の声が聞こえてくる。何があったか気になったが、振り返る余裕はない。あと少しで登りきれるのだ。

「リュイス、そいつは無視でいいから早くしろ!」

「よくない! せめて魔術書だけでも、持って行ってよ!」

 ブライトの声も必死だ。返事がしっかりしているあたり、無事ではあるようだ。

「放っておけません!」

 リュイスの声を聞いたところで、梯子を上がり切った。

「イユ? どうなっているのさ。なんで兵士に追われて……」

 やってきたクルトの質問攻めにいちいち付き合っている暇はない。振り返って、眼下の様子を探る。


 すぐにその姿を見つけた。


 ブライトが膝をつき、片手で本を、片手で杖を持っている。その杖で振り払う動作をしているところだ。その先で、炎の魔術が兵士たちを呑み込んでいく。

 リュイスがブライトに近づき、ブライトを支えようとするのを見て気づく。ブライトが兵士に足を撃たれたようだ。よく見ると足から血が流れていたのである。

 その状況でも、ブライトは肩を借りながら本だけは手放さず大事に抱えている。あの本はそれほど大事なものなのだろうかと、問い質したくなった。

 セーレへと二人が近づく。梯子はまだ辛うじて陸の上に残っている。その梯子が、ふわりと風に煽られた。

 イユは意味もなく上からそれを支えてしまう。少しでも安定するようにとの無意識がそうさせたのだ。

 しかし安定どころか、梯子は絶えず風に煽られながら陸から離れていく。二人がようやく梯子に届きそうな位置までやってきた頃には跳びつくより他にないほどに、完全に地面から遠ざかってしまっていた。

 だが、ブライトは足をやられているのだ。当然、跳びつく力はないだろう。

 リュイスがブライトを抱えた。

「うわぁ」

 とかいうブライトの声が聞こえるが、それどころではないということだろう。そして、そのままリュイスは梯子へと跳ぶ。

 ブライトを抱えての跳躍だ。いつも以上に跳ぶ力は落ちている。リュイスの手は梯子を掴もうと伸ばされ、あと一歩のところでそれがリュイスの手から逃げた。

「ちょっと……!」

 思わず声を挙げてしまう。

 しかしリュイスには翼と魔法がある。ふわりとイユの髪が揺らされた。

 リュイスの背から翼が生え、あと一歩の距離を縮めきった。手で梯子を掴んでいる。ぎりぎり間に合ったのだ。

 ふぅと、胸をなでおろしてしまう。心臓に悪い。そう思ってから魔術師相手に何故このような気持ちにならなくてはいけないのかと焦る。そもそも今回の出来事は全てブライトによるものなのだ。

 同じように翼で飛んできたレパードが、リュイスたちへと近づくのが見えた。本が邪魔で登れないことに気付いたのか、ブライトの手にある本を強引に受け取っている。

「助けたってあとで突き落すかもしれねぇぞ」

 リュイスにそう警告するのが聞こえた。

 そのままセーレは上空へ上がっていく。

 眼下では、炎をどうにか収めたらしい兵士たちによる銃声が響き続けている。まさにイニシアからの慌ただしい旅立ちを告げる音だった。


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