その509 『交渉の結果』
イユたちが汚れを拭き取って医務室に入ったときには、レパードたちは既にそれぞれの場所に座り、夕飯を配っていた。
「どうだったの?」
交渉の結果が気にならないわけがない。イユの質問には、「まぁ、食え」とおざなりに返された。
「今回は皆、進捗があったみたいだからな。順番に行くぞ」
夕食だという握り飯を口に運ぶと、思いのほか塩の味がきつかった。フェフェリが差し入れたにしては美味しくないと思ってよく見ると、握り飯の縁のほうに「ワイズ用」と書かれたメモが挟まれている。ジェシカの差し金だろうか。
思わずワイズを見ると、何気なく握り飯を食べていた。ワイズがそれを知って渡したのか偶然なのかがよく分からないので、文句を言いにくい。
「まず、俺のほうだが、結果としてはまだ交渉中というところだ。だが、中々珍しいギルドを捕まえたもんだと感心した」
ここですぱっと決めてきてもらったほうが気楽だったのか、それとも上手くいかないほうが良いのか、話を聞くたびに混乱してくる。本当は、話を聞くべきではないのかもしれないが、気になってしまうのだから仕方がない。
「珍しいというと?」
ラダの質問に、レパードが答える。
「カジノ船だったんだよ」
ほぅっと誰かが驚きを表すように吐息をついた。イユには、リュイスから説明が入る。要するに、ポーカーやルーレットなどの遊びを船として提供するギルドらしい。
「マゾンダに来ているとは思わなかったな」
ミスタがぽつりと感想を述べる。知っていたら行きたかったのだろうか、声に名残惜しさがあった。
「正確にはマゾンダじゃなくて、シェイレスタの都にいる。今日だけは団長とその供の三人でマゾンダに来ていたがな」
マゾンダのギルド窓口に紹介されたギルドというだけで、マゾンダにいるわけではないらしい。
「団長は、職業柄っていうのか、派手な女だったが、見たところやり手だな。自由奔放で気分次第ってところはあるが、まぁ、肝は据わっている」
レパードの語る人物像では、ちぐはぐで上手く想像ができない。やり手と言いつつ、気分次第とは、随分謎めいた人物である。
「世界中を周っているそうだが、その性格のせいか、特にはっきりと目的地は決めないらしい。今は朧げにシェパングにいくことだけを決めているが、具体性がないからどこと指定しなかったみたいだな」
「それなら、こっちで指定しちゃ駄目なの? 明鏡園なら観光名所だし、カジノも繁盛しそうじゃん」
クルトの最もな提案に、レパードはしかし、頭を掻いて答える。
「多分、俺らが指定するのは無理だな。上から指示されるのは嫌いなタイプだ。わざと違う場所を選ぶだろうな」
イユたちの目が、半眼になった。なんて捻くれた団長だろう。
「場所もそうなんだが、完全に足元を見られている節がある」
レパードは疲れた風に報告を続けた。
「乗船中の魔物退治を引き受けても、相場の二割増し且つ前払いは譲れないといってきている」
「そんなの払えないじゃない」
相場でも数日待たないといけないのだ。それより増えると言われたら、更に出発が遅くなる。
「向こうは目的地もてきとうだから別に急ぎじゃないんだと。俺らが金を用意でき次第の出発で構わないと、そこだけは譲歩してもらった」
聞いている限り、面倒なギルドだ。他を当たったほうが良いのではないかと口にしたくなる。
「だが、強気に出るのが分かるほど、大規模な船でな。検閲のほうも、あれだけの人数がいれば、カジノの職員になりすまして問題なく通れそうだ」
レンドがそれに補足する。
「実を言うと、なんとなく俺らのことはばれているみたいでな。既に俺らを匿うための算段はついているようだ。前金且つ二割増しっていうのは、保険料込みだろうな」
レンドの言葉に、「はぁ?!」とイユは声を上げた。
「何でばれているのよ」
「探りを入れられたら、それまでだ。マゾンダじゃ確かに噂にはなっていないが、有能なギルドは調べも早い。それだけのことだろ」
イユはようやく、どうしてレパードが相手の団長を肝が据わっていると評したのか分かった。スナメリですらはじめは金を払って終わりにしようとした『異能者』や『龍族』との関係を、そのギルドは進んで持とうとしているのだ。よほど金に飢えているのか、危険に慣れているのか、他に魂胆があるのか、答えはよくわからない。
「そのギルド、名前はなんていうのよ」
気になったので、聞いてみる。
「『理想郷』だそうだ」
イユの知っているギルドはスナメリや、からくり拾いぐらいなので、当然のごとく初耳だ。だが、覚えておく価値はあると、イユは判断する。
「カジノのギルドに『理想郷』なんて、中々な名前だね」
ラダが、名前に思うところがあるのか、そう述べた。
「まぁ、とにかく、暫くはどうにもならなくてな。この飛行船で売れそうなものがもう少し見つかってくれれば、どうにかなるかもしれないが……」
「ねぇ、ボク、思ったんだけど……」
クルトの発言の隣で、ラビリが「思いついた!」と声を上げる。
クルトとラビリの声が、重なった。
「「リュイスがそこのカジノで荒稼ぎしてこれば、一発解決じゃない?」」
見事なもので、言葉の一字一句まで綺麗に揃っている。
話を振られたリュイスは、少し困った顔を浮かべた。
「常に勝てるわけじゃないですけれど……」
手っ取り早く儲けるには、それが最善手であると、クルトたちは言い切った。よほど、リュイスの幸運を信じているとみえる。
「問題はカジノ船自体はシェイレスタの都にあることだが……」
レパードは考えるように腕を組んでいる。
「それに、リュイスがさすがに街にいくのは不味いでしょうが」
イユの言葉に、クルトとラビリが表情を暗くした。よほど、カジノで儲けるリュイスの印象が強かったのか、二人して抜け落ちていたらしい。
「いや」
レパードの表情は、しかし、こころなしか明るくなった。
「手はあるかもしれないな」
レッサもまた、頷いている。実際にその団長を見た彼らには思うところがあるようだ。
「明日、彼らに聞いてみたらよいと思います。暫くはマゾンダの街を観光すると言っていましたので」
レッサの言葉に、「そうだな」とレパードが同意している。
どうやら、光明が見えたようだ。




