その507 『報告と小綺麗なお弁当』
厨房を一通り見た後、昼休憩を挟んだイユたちは、再び土砂の撤去を再開した。ラビリがあれだけのものを見せてくれたのだ。自然と、作業にも身が入った。
とはいえ、やる気が沸いても作業自体が早く進むわけでもない。一向に減らない土砂は、イユたちを嘲笑うかのようである。しかも、翌日には、レンドたちがやってきて、レパードに報告したのだった。
「交渉に応じてくれそうなギルドが見つかった」
レンドの一言に、レパードは「そうか」とだけ答えた。
昼休憩になる少し前のことだった。朝早くから街に戻ったレッサとレンドは、全員分の昼食を買い込んだ。だから、この報告は、医務室に全員が集まっている状況で聞くことになった。
「物好きなギルドでな、俺らの素性は何も聞かないと言い切った。代わりに、シェパングのどこに送っていくかは、まだ内密らしい」
レパードの眉間に皺が寄る。
「何だそれは」
シェパングまでは行ける。だが、どこかは分からないとは妙な話である。
「怪しすぎるだろ? 残念ながら窓口に紹介された形でな、知らないギルドということもあって、いまいち信用していいかどうかがな。一応、裏で素性も探ってるが」
話を聞いていると、「はい」と、レッサからお弁当を手渡された。花に見立てた桃色の布でお弁当の容器を包み、側面には御洒落な筆記体で小さくマゾンダと書かれている。イユの好きな、花の蕾弁当だ。まだほんのりと温かい。
喜んで包みを開けている間にも、二人の話は続いている。
「直接、桜花園に行くことはできないだろうが、シェパングにさえ辿り着ければ幾らでも行き方はあるから、悪くはないだろう?」
「あぁ」
レパードもまた、レッサから弁当を受け取った。その間も、レンドは報告を続ける。
「だが、交渉が難航している部分がある。こちらが相手の言い値をすぐに払える状況だったら、数日後には発てるって話だったんだが、それに待ったを掛けなくてはいけなかったからな」
セーレはまだ必要な資金を確保できていない状況だ。
「払えないんじゃないかと渋られているわけか」
レパードの言葉に、レンドが「その通りだ」と同意する。
「なるほどな。ちなみに、レンドからみて感触はどうだ?」
「悪くはない。言っていることは怪しいが、俺らに比べたら可愛いもんだ。まだギルド窓口を通してのやり取りだが、明日には直接団長と会う約束も取り付けてある」
それを聞いたレパードは「ふむ」と唸った。
「それなら、俺も明日、挨拶に向かったほうがいいな」
相手が団長を出してきて、こちらは船員ではまずいと思ったのだろう。
「それって、大丈夫なの?」
クルトが声を掛けると、レパードは腕を組んで考えた。
レンドが報告を続ける。
「マゾンダの近況も仕入れているが、今のところ『異能者』がどうのとかいう噂は出ていない。機械人が連日のように発掘されている話が主だ」
隣でレンドにお弁当を渡していたレッサが、続けた。
「大蠍との戦いの場が、酷く荒れているという話は流れてきました。ただ、皆さんは大蠍が暴れた結果だと思っているみたいです」
意外なほど静かな街の雰囲気に、イユは何だか取り越し苦労だった気がしてきた。てっきりそろそろリュイスの魔法の話が噂として流れだす頃だと思っていたのだ。
「それなら、私が街にいっても問題なさそうね」
「いえ、あなたはやめてください。ぼろを出されそうで嫌です」
すかさずワイズに反論され、イユは口を尖らせた。
「一応は警戒して控えてろ。俺はそういうわけにはいかないだろうが」
レパードにまで言われてしまっては、文句も言いにくい。
「分かったわよ」
どのみち、イユには土砂の撤去作業が待っている。気が滅入ってくるが、仕方がないだろう。そう思ったところで、はたと固まった。ここまでレンドたちが話を進めてしまったのに、果たして今から土砂を撤去する意味などあるのだろうかと気づいたからだ。
「あの、マドンナの話は何か進展があったのでしょうか」
イユがその疑問にぶつかっている間に、リュイスはレッサに尋ねる。リュイスにとってマドンナは他人ではない。やはり気にしているのだろう。
「ううん。以前の混乱が収束してきたぐらいかな。いろいろな情報が飛び交っていて、何が正しいのかよく分からない状況で」
「いろいろな情報?」
レパードが首を捻った。以前は、誰かに暗殺されたという話で止まっていたはずだ。
「うん。どの国が暗殺を頼んだのかってことで、イクシウスやシェイレスタが話に上がっているみたい」
「シェパング自身だって話も聞いた。どれも与太話の類で、信用性はないがな」
レッサの回答に、レンドが付け足す。
「なるほど。国がらみという噂が出ると、あんまりいい話にはならなさそうだな」
世界的に重要な人物が、どこかの国に殺されたのだとしたら、それは確かに大問題になりそうだ。
「大問題どころか、下手をすると戦争ですよ」
イユの心を読んだらしいワイズが、ぼそりと呟いた。
「戦争?」
「国同士が武力で争い合うんですよ」
「それぐらい知っているわよ!」
さすがに馬鹿にされすぎていると感じて、イユは叫んだ。
「それは失礼しました」
ワイズが全く心のこもっていない謝罪をする。
「冗談はさておき、予想はできる展開です。これは、時間が経てば経つほど、余計にシェパングに渡りにくくなるでしょうね」
つまり、本当に戦争やそれに近い緊張状態になったら、他国に渡ることができなくなるから、急げと言いたいらしい。
イユはお弁当を平らげると、包みをしまい始める。それを見て、ワイズがぽつりと呟く。
「そういえば、その花の蕾弁当は、エッタとレッタが提案したんですよ」
「レッタが?」
「えぇ。元々町興しのために、名物が欲しいという相談を受けましてね。子供のほうが役立てることがあるのではないかと思い相談したところ、出てきたのがこの花の蕾弁当でした」
イユはしげしげと食べ終わったお弁当を見つめる。桜色のでん粉が花を散らしたように白米の上に散りばめられ、それを囲うようにして、おかずが並んでいた。香草に巻かれた鶏肉に、チーズと絡み合ったキノコの炒め物、花の形をした目玉焼きとその周囲を覆う鮮やかな色の野菜たち、串にささった木の実に、果実をシロップに漬け込んだ甘いお菓子まで、一つ一つを花びらと見立てて飾っていたのだ。素材の味を生かした繊細な味付けは、ここが砂漠の地であるということすら忘れさせる代物だ。
「ですが、本当に戦争が起きれば、小綺麗な弁当など食べられなくなるでしょうね」
ワイズは先を見据えたように、そう冷ややかに告げた。




