その505 『談笑に呼ばれて』
「……大体そんな部屋、よく入って平気でしたね」
イユから一連の話を聞いたワイズが、顔を顰めている。
一行は医務室で食事休憩を取っていた。イユがラビリを引き連れて戻ってきたときには、既にレパードたちが菓子パンと水を配り終わったところである。ベッドをてきとうに繋げて向かい合わせになった一行は、こうして談笑しながら休憩時間を取ることとしていた。
ちなみに、今はイユ、リュイス、レパード、ミスタ、ワイズ、ラビリ、ライム、クルト、ラダ、そして眠っているシェルの9人がいる。レッサとレンドはマゾンダの街で、売れるものを捌きながら船を貸してくれるギルドを探しているところだ。帰りに、不足している物資や水を持ってきてもらえることになっている。
個人的にはライムが大人しく食事を取っているのが不思議だ。てっきり、作業に没頭しているものと思っていた。
「私、ひょっとするとお酒の匂いに鈍感なのかも? 何にも感じなかったし」
「僕もとくには……」
信じられない気分で、イユは言い切った。
「私が入ったときにも、まだ匂いは残っていたわよ」
首を捻るラビリとリュイスを見て、何故かレパードが溜息をつく。
ラダは逆に勿体ないという顔をしていた。
「酒が掃除道具になるならそれでいいが、怪我だけはしてくれるなよ」
と、酒に興味のないレパードが忠告する。
水の魔法を使える『異能者』や『龍族』は残念ながら、ここにはいない。それどころか水は貴重だ。消火活動を想像して、イユも「良いわね?」と念を押した。
「実際、そんなことして本当にあの膨大なカビが取れるのかなぁ……」
クルトがラビリに追い打ちをかける。
「いやいや、お酒って最強だから! フランドリック家のお屋敷でも、こそっとお酒使って掃除していたし」
何だかとんでもないことが暴露された気がするが、『魔術師』の屋敷で何をやろうとどうでもよいことだと考えることにした。
「そういうクルトは、さっきまで何を?」
珍しくミスタが口を開き、クルトに振った。恐らく、医務室の奥のほうに見え隠れする車輪が気になって仕方がないのだろう。どうも、台車一つとってもミスタに言わせれば浪漫の産物らしく、車輪によく反応するのだ。
「ボクは、大きめの台車が作れないかなって。そうすれば、マゾンダからもう少し買ってこられるでしょ」
先を見据えてのクルトの発言に、「素晴らしいな」とミスタが絶賛している。きっと、浪漫しか考えていない人間の褒め言葉だ。
「さすがの働きだね。売れるものの選定も早かったし、土砂を運ぶ台車に至っては、見事な発想だよ」
きちんと相手を見ての称賛はラダのものだ。それには、クルトも照れたように視線を外した。
「それほどでも。医務室にあるべきものじゃないと思うんだけど、滅茶苦茶使いやすい刃物があるから、それのお陰が大きいけどね」
クルトの視線の先には、調合室がある。薬の調合が主な役割だと思っていたのだが、何故か刃物の類がしまってあったらしい。
「メス……、ってわけじゃないよな?」
医療用で浮かんだものがそれだったらしく、レパードが首を捻った。
「いや、メスじゃ木の板は切れないし」
用途は理解不明だが、刃物として使えるならばそれでよいだろうと、イユは思うのだ。
「昔の人は、何に使っていたんだろう? 何だか不思議だよね」
ラビリの感想には、ライムが盛大に頷いた。
「凄く気になるかも! でも、他のこともやりたいんだよね」
悩むようなライムの口調に、イユは気になっていたことを聞くことにした。
「そういえぱ、ライムは珍しく普通に昼食をとるのね」
「うん? 作業が一つ終わったところだったから」
単純に区切りがよかったらしい。
「今のところ、ライムの進捗はどんな感じなんだ」
レパードに問われて、ライムは指を折って数える。
「通信機器は、昨日のうちにこの階のものは回復させたよぉ」
ラダにテストを手伝わせていたなと、イユは思い返す。ライム曰く、通信機器はレンドが持っていたものと似ていたから、手をつけやすかったとのことだ。
「あとはまだ掌握中かな。換気とか照明とか、ちょっとしたものなら、一人のときに覚えたよ」
「そういえば、僕たちがはじめてこの船にきたときは、もう少し埃ぽかったですね」
ワイズが思い出したように振り返る。言われてみれば、廊下はもう少し砂っぽさがあった。空気が綺麗になったのは、ライムが飢えながらも換気の類いを復活させたからだろう。きょとんとするライムを見て、そう判断する。
「そう、聞いておきたいことがあったのですが、この船自体を復活させられたとして、どうやって船を空に浮かすかについては見当がついているのでしょうか」
ワイズの言葉を、イユはよく理解できなかった。
「どういうこと? 燃料はあるし、船が動けば空は飛ぶわよね?」
ワイズからの冷ややかな視線が、いつものごとく振りかかる。
「ワイズが言いたいのは、この船が坑道に埋まっていることへの心配だろう。船が動いても、四方を坑道に囲まれているんだ、外には出られない」
レパードの言葉に、何故今までその話が出なかったのかと、イユ自身が不安になった。
「それって、船が動かせても意味がないじゃない」
出ようとしたら岩壁にぶつかるのだ。その場で船が壊れてしまう。
「最もそちらにも算段があるからこそ、飛行船を動かしたいと言ったのだと思ってはいますが」
ワイズからの視線を受けたライムは、頭を掻いた。
「突っ込まれちゃった、えへ」
イユは思わず半眼になった。なんて頼りない技術者だろう。
周囲からの視線にさすがに気がついたのか、ライムがポリポリと頬を引っ掻く。
「一応、算段って程じゃないけど、目星はついているかなぁって。ここ、多分、格納庫だったと思うの」
相当自信がないのだろう、視線が泳いでいる。
「……格納庫ですか?」
リュイスの疑問に、ライムは頷いた。
「うん。ここまで保存状態が良い飛行船って、大体格納庫に入っていて、それが長い年月をかけて土砂に埋もれていくことが多いって聞いたことがあるの。イクシウスの戦艦とかね」
「あり得るでしょうね。サンドリエの機械人と言い、この周辺には『古代遺物』が多い。大昔、都市がここにあったとすれば、格納庫が眠っていてもおかしくはありません」
意外なワイズの助け舟に、ライムは目を輝かせた。
「うん、そう! それで、格納庫なら船を飛ばすための場所もあるはずなの。だから、航海室のほうは坑道にぶつかっている形だけど、裏側は広々とした格納庫に繋がっているんじゃないかって予想してる」
考えが合って良かったと言うべきなのか、それは全てライムの想像の域を出ておらず、不安要素が増えたと言うべきなのか、イユには判断がつかなかった。
「まぁ、それを知るためにも土砂の撤去が必要になるわけだな」
レパードの言葉に、「そういうことね」とイユは納得する。土砂は船の出入り口から流れてきているはずだ。その土砂を取り除いた先がどうなっているのか、それもまたこの船を動かせるかどうかの重要なファクターとなるわけだ。
やることは変わらないのだと意識したそのとき、
「う……」
僅かに呻く声がして、イユははっとベッドを見やった。
「シェル?」
食べていた菓子パンを横において、シェルへと駆けつける。
「……ねぇちゃん?」
包帯の先から漏れたかすれ声に、イユの心臓が跳ねた。
「目、覚めたのね」
シェルは返事をしなかった。出来なかったのだろう。意識が既に微睡んでいるようであった。
「そっか。イユはシェルが目を覚ましたのを見たの、まだ二回目か」
クルトが、イユに声を掛けてきた。
「一応、シェルも大体の事情は知っているよ。昨日はボクが工作しているときに物音で目が覚めたみたいだったから、少しだけ話したし」
「坑道で待っていたときにも目を覚ましたよ。すぐに意識がなくなっちゃったけど」
ラビリがそう付け加える。
まさか、ラビリまで目を覚ましたシェルをみていたとは思わなかった。
「ひょっとして、頻繁に目が覚めていたの?」
元の食事をしていた位置まで戻ると、菓子パンがなかった。
はっとして探すと、クルトのとなりにそれが置かれている。素早く抜き取りながら、イユはレパードの回答を貰う。
「どうもそうらしいな。俺も今が二回目だが、レッサも似たようなことを言っていた。だがまぁ、怪我人に無理をさせることはない。すぐに眠りにつくのは、それだけ回復を必要としているってことだろう」
菓子パンへと伸びる手を避けながら、イユは口のなかにそれを頬張って頷いた。
「そうね。休ませてあげましょう」
菓子パンが、口のなかで、カリカリと音を立てる。
「君たち、食べるか真面目な話をするか、どちらかにしなさい」
ラビリが、溜まりかねたように、そう説教をした。




