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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
503/994

その503 『(番外)レンドルド(レンド編2)』

 ――――ましてや、ここに第三者がいるとなっては、尚更だ。

「それで、いつまでそこにいるんだ?」

 坑道の暗がりから、ぼんやりと白い肌が浮かび上がる。

「すまない。立ち聞きする気はなかったのだけれどね」

 紫の髪を垂らした男、ラダがそう言って微笑んだ。

 ラダの髪からぽたぽたと落ちる汗に、腰にさしたナイフを見ては、レンドとしては溜息しかでない。

「別にいいさ。修練をしていたんだろ?」

 ラダは一日中船の掌握と整備をしていたのだ。レンドと作業内容こそ違うとはいえ、疲れていないはずはないだろう。

 精がでるという言葉では片付けられなかった。何よりラダから漂う研ぎ澄まされた気配が、レンドに警告をもたらす。

 ――――この男は、死に近い存在だと。

 全く、ヴェインは自分ではなくこの男を心配すべきなのだ。


「力があれば、何でも解決するってものでもないんだぞ」

 きっと忠告らしきことを口走ってしまったのは、先ほどの会話を引きずっているからだった。

「分かっているさ」

 ラダは肩を竦めてみせた。

「だが、何もしないと言うのは、どうも堪えてしまってね」

 言いたいことは分かる。ラダがセーレを離れてから、セーレは落ちた。その場に居合わせられなかったもどかしさは、レンドも自身の胸にしまい込んでいる感情だ。

 だからこそ、レンドに、どうこう言う権利はない。それが分かっていても、一度口走ったことは止められなかった。

「休めるときに休んでおくのも、必要なことだけどな」

「耳に痛い忠告だ」

 ラダの苦笑に、疲労の影を読み取って、レンドは改めてラダの深刻さを意識した。それができたら苦労はしないと言いたいのだろう。

 レンドがスナメリにいたときも、ラダに似た人間には会ったことがある。そういう人間は、大体我先にと死んでいった。自分自身を危険に晒すような、無茶な戦い方をしがちだからだ。

 だが、幸いにもと言うべきか、ラダは愚かではない。自分が再起不能になったら船を動かすことができないという、航海士の在り方をよく理解している。恐らくそれが、今までラダを繋ぎとめてきた綱だろう。

「忠告に聞こえるうちが華だろ。有難く受け取っておけよ」

 ラダは目尻を下げた。

「できれば君にはナイフの手ほどきを受けたかったんだが、今日は引き上げたほうがよさそうだね」

 全く反省の色が見えない発言に、「当たり前だ」とレンドは怒鳴りかけた。

 ただでさえ、深夜に男同士でつまらない通信をした後だというのに、今度は剣の稽古に付き合えなどと、ふざけているにも程がある。

「それにしても、聞こえてしまったんだが……」

 少しぐらい申し訳なさそうな顔をすればよいのに、あくまで、さらりと聞かれた。

「レンドルドというのが、君の本名なのだね」

 レンドは、今すぐにヴェインを殴りつけたい気持ちに駆られた。セーレの皆には、隠していたのだ。それがここにきて、漏れまくりである。

「あぁ。そうだよ」

 苦々しい顔を精一杯顔に張り付けたのだから、ラダには伝わったことだろう。

「だが、その名前で呼ぶのはよしてくれ」

 レンドの懇願を前にして、ラダは小首を傾げてみせた。

 そうすると、細長い首が強調されてみえる。紫紺の髪が一房、その首に流れ落ちた。男とは思えない妖艶な雰囲気が漂うが、そのことを決して口にしてはならないと散々聞いていた。嫌なことは誰にでもあるということだ。

「薬の名前だから、嫌なのかい?」

 渋い顔を隠せなかった。ラダは、残念ながら自分に嫌なことがあるからと言って、それを他人にも当てはめるような、心優しい男ではないのだ。

「あぁ、そうだよ」

 と、白状する。

「普通、自分が医者だからって、子供に薬の名前なんかつけるかって言うんだ」

 奈落の海をとうに渡り切っているであろう両親を、憎々し気に思い浮かべた。

「意味は伝わってくるけどね」

 くすりと、ラダが笑う。こういうところは、気に食わない男である。

 最も、ラダの言いたいことは分かる。他人の不安や恐怖、そうした心の痛みを癒せるような人間になってほしいと、確かに両親はそう考えて、レンドの名前を決めた。

 だが、薬なら似たような効能のものは幾らでもある。つまり、別にレンドルドでなくてよいのだ。あとは響きで選んだのだろうと、てきとうな両親に、拳骨を入れてやりたい。

「意外だね。君の親が医者だったとは。裕福な家だったんだね」

「それこそ、とんだ偏見だ」

 ラダの指摘通り、医者は、街にいけば、大抵重宝される。病院や治癒院でも入れば、国や『魔術師』から安定して給金が出る。ギルド船で雇われれば、危険性を加味し、それ以上の給金が払われるものだ。例外は、それこそカルタータにいたというレヴァスぐらいなものだろう。

 だが、レンドの両親は、とんでもない大馬鹿者だったのだ。

 当時、ギルドは戦争を仲裁してはくれたものの、貧困層まで手が伸びていなかった。そこで両親は何を思ったか、殆ど無償で、インセートにいた貧しい人々や孤児たちの治療にあたっていた。その際の費用は、全部自分たちで負担していた。よって、レンドの家は、間違っても裕福ではなかった。

「俺は、一度も裕福な生活なんて送ってはいないさ」

 当時の家を思い出して、レンドは答えた。

 記憶を振り返れば、炎と煙の匂いが鼻をつく。崩れる家の前で、呆然と立ち尽くす以外のことが何も出来なかった、無力な自分を振り返る。

 結局、やっかみや偏見というものはどこにでもあるということだろう。医者ということで目をつけられた両親は、強盗に入られ、殺されたのだ。そのうえで、家に火をつけられ、燃やされた。レンドが助かったのは、偶然家を出ていたというだけだ。

(あのときだったな。人は、あっけなく死ぬのだと気づかされたのは……)

 感傷に浸って、そっと吐息する。

 数多くの人を救ってきた両親だ。貧困に喘ぎ苦しむ人々にとって、まさしく救世主のように頼られていた存在だ。レンドはそれまで、両親は偉いのだと疑っていなかった。それが、まるで蝋燭に息を吹きかけたように消えてしまった。命とは、なんて軽いのだろうと、あのとき思わされたのだ。

 まして、犯人は、貧困で金に困っていた子供だったそうだ。それどころか、その子供もまた、数日後に冷たくなっているところを発見された。今となっては、真相など知る由もない。レンド自身、探ろうともしなかった。命は救うのも奪うのも簡単なのだと妙な実感だけが残ったのだ。


「……まぁ、人は誰しも嫌なことぐらいあるからね。レンドと呼ばせてもらおう」

「そうしてくれると助かる」

 昔を思い浮かべたのがばれたのだと分かったから、レンドはいっそ気になっていたことを聞くことにした。

「それより、薬の名前なんて、よく知っていたな」

「あぁ、実はレヴァスによく貰いに行ってね」

 レンドルドの効果は、不安や恐怖、緊張感の解消――、主な用途は、不眠症解消だ。

「いや、休めよ」

 いよいよ本格的に心配になってきてしまった。

「分かってはいるのだけれどね。どうしても、脳裏にちらつくものだから」

 人は誰しも嫌なことぐらいある。改めて、その言葉を心の中で復唱する。レンドは溜息をついた。

「分かったよ。それじゃあ、30分だけ手合わせしてやる」

 レンドの発言が意外だったようで、不思議そうな顔をされる。

「どういう風の吹き回しだい?」

「気が乗っただけだから、大人しく受けておけよ。何、30分もあれば十分ぼろぼろになるだろ。お前の腕前ならな」

 レンドは医者ではないから、薬を出してやることはできない。だが、稽古に付き合う程度のことはできる。くたくたになれば眠れるだろう。そう思い、わざと挑発したのだ。

「さすがに、そう簡単にやられるとは思いたくないところだけどね」

 全て分かっていて敢えて乗ってきたラダは、相変わらず生意気だ。ヴェインと言い、年上ぶっているところが少々気に食わない。そんな思いから、余計に焚きつけたくなった。

「本職、舐めんなよ。幾ら深夜に一人で特訓してようが、所詮は素人に毛が生えた程度だ」

 最も、レンドは、レパードに頼まれて時々船員たちにナイフの手ほどきをしているのだから、船員の実力は重々承知だ。ラダが素人に毛が生えた程度であったなら、セーレはおろか、魔物狩りが本職のスナメリの大半の人間が浮かばれない。

「その言葉、訂正させたいところだ。ぜひ、受けるとしよう」

 レンドは腰のナイフを引き抜いた。この場には、実剣しかない。寝る前の運動にしては、少々ハードだ。それにしても、つくづくお人好しになったよなと、レンドは自分に呆れてしまうのであった。

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