その500 『飛行船復活計画、始動』
「と言うことで、飛行船復活計画スタートだよぅ!」
やたら張り切ったライムの宣言に、アグノスが一鳴きする。航海室の前で固まっているのは、レンドとレッサを除いたセーレの面々とワイズだ。いつの間にかチーム分けをされてしまった。ちなみに、ライム曰く、シェルもレンドとレッサ側に当たるらしく、二人には医務室で今後の方針を考えてもらっている。最も暫くはレンドの知り合いを順に当たっていくようなので、手紙を書く間にシェルの看病役を任されただけとも言える。また、医務室にいたラダに関しては、通信テストを終えたこともあり、航海室組である。
「言っておくが、拠点としての維持も必要だからな」
レパードが何度目かになる念を押す。ライムは熱中しすぎて空腹で倒れたばかりなので、「当然!」と言われてもいまいち信用に欠けるのだろう。
「維持っていうと、食費とか雑費?」
イユが首を捻ると、ラダが頷いた。
「経理絡みは、引き続きリュイスに任せれば問題ないと思うけれど、どうだい?」
リュイスは、自信があるようで、
「はい」
と、頷いてみせる。
「ラダには航海室の機器をマスターして欲しいかな。船が動いても動かせなくなると問題だから」
ライムがまっとうな意見を言い、ラダもそれには同意した。
「先ほど見た限り、かなり複雑なようだからね。しかも航海士は他にいないときた」
つまり、ライムの復活計画とやらに、ラダは必要不可欠な存在になるらしい。
「食材を買いに行くのは任せて。あと、お掃除グッズも買ってくるよ」
顔ばれしても問題ないラビリの言葉に、ミスタが手を挙げる。
「買い出しのタイミングでレンドたちに交渉に出てもらおう。それで魔物が出ても安心だ」
おまけにレッサという荷物持ちもつくわけである。何とも、強かな判断だ。
「土砂を運び出すのは私とミスタね」
重労働という観点から見て、イユは提案した。
「可能なら、リュイスにも手伝ってもらいたい。風の魔法でどこまでできるか分からないが」
ミスタがそう告げると、すかさずそこに手が上がる。
上げているのは、ラビリだ。
「はいはーい! 私も、リュイスに手伝ってほしい。厨房を換気したいの」
完全に便利道具として想定されているリュイスが、大人しく「分かりました」と頷いた。頭のなかで段取りをつけたようで、
「ラビリさんが掃除道具を買い足しに行くまでは、イユさんたちを手伝うことにします」
と、告げる。
一方で、クルトは、悩んだように頭を掻くと、
「ボク、何故かこっちに振られちゃったけれど、売れるものと売れないものを選定しておくね。その間に使えそうなものを見つけたらライムに共有する感じで」
と答えた。
「あと、ワイズは『魔術師』だから古代語が読めるんだよね? 機械の文字を解読してほしいから一緒にいてもらいたいかな」
クルトの言葉に、ワイズは肩を竦める。
「仕方ありませんね。肉体労働は得意ではないので、通訳にでも徹しますよ」
ライムが、「うんうん」と頷いている。
「私も困ったら呼ぶから! ずっと捗りそう」
アグノスは一同の話を聞いて、一鳴きした。自分はどうすればよいか、訊ねているようだ。
「あぁ、アグノスは全員の連絡役を頼む。あと、船の中をアグノスなりに探ってみてくれ。面白いものを発見できることを祈っている」
心得た、と言わんばかりにアグノスはもう一鳴きした。
うんうん、とライムは再度、嬉しそうに頷く。
「皆、何も指示しなくてもちゃんと動ける。偉いぞぉ!」
レパードは、「そうだな」と小さく笑みを浮かべた。
「とりあえず、俺のほうで全体を統括してみておく。定期的に見回りにいくからな」
無理だけはしないように、とレパードが言って、全員が「はい!」と声を上げる。
「一つだけ言っておこう」
そこで、ミスタが挙手をした。
「今回の作戦、現実的なのは飛行船を借りることで、未知の『古代遺物』を動かすことではない」
至極全うなことを言われて、イユは戸惑う。一番、『古代遺物』に興味を持っている人間の言葉には思えなかったからだ。
「人手があると船長は言ったが、それならば全員で飛行船を借りるために出稼ぎないし交渉に出るのが最も手っ取り早い。そして、幾ら機関部が無事でも一階がどうなっているかは分からない。土砂の埋まりようによっては、俺たちだけでどうにか出来る問題でもなくなるだろう」
珍しく饒舌に、ミスタは力説した。
「だが、この船を動かすことができたら、恐らくはセーレ以上の速度を誇る、イクシウスの戦艦並みの船になる。今後の旅は、ずっと楽になることが想定される」
恐らくはレパードもそう考えて、ライムたちの言い分を聞くことにしたのだろう。ミスタもまた、それを汲んで行動していたのだと想定された。浪漫、浪漫と最近はその印象が強かったが、元々ミスタはよく気が利いて頼りになる男なのだ。すっかり忘れていた。
「おまけにライムは今まで見立てを外したことがない。ライムが動くと言ったものは、動いてきた」
「まぁ、それは確かにそうかも」
クルトがミスタの言うことを肯定する。ミスタは頷いた。
「あぁ、だから懸ける価値はある」
イユは話を聞いていて、どことなく、ライムに引っ張り出されただけだったイユたち全員の雰囲気が、少し変わっていることを意識した。ミスタにほだされたのだとは、すぐに気がついた。
他でもないイユが、「頑張る価値があるかな」という気にさせられている。
そして、ミスタは宣言した。
「何より、『古代遺物』を前にして売るだけだなんて、つまらないだろう」
半眼になるのを止められなかった。この先の展開を予想できてしまったのだ。
「目の前にある大昔の飛行船を自分たちの手で動かし、モノにする。そんな夢を前にして、挑まない理由はない」
目を爛々と輝かせたスキンヘッドの男は、目の前の大望に思いを馳せていた。それが、よくよく伝わってくる。やはり、ミスタは浪漫を求める男だった。イユは心のなかだけでため息をつく。
「胸躍ることを目の前にして、何故ありきたりの道を選ぶことができようか。俺はそんなつまらない人間にはなりたくはない」
だが、ほんの少しだけ、本当に僅かだが、そこにはただの浪漫好き男だと切って捨てることのできない響きがあった。
「自分の人生だ。同じ色を塗るなら、鮮やかなほうが良いだろう?」
ミスタはミスタなりに、自分の信念をもって生きている。だから、その言葉には不思議な説得力があるのだろうか。それを、イユはどうしてか、少し悔しいと感じたのだ。




