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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
498/993

その498 『換気と冷蔵庫』

 イユがシーツを縫い終わった頃には、ラビリの掃除は完璧に終わっていた。

 掃除道具はなかったが、余った布でひたすら汚れを擦っていたようで、長い間埃を被っていたとは思えないほどの美しさに仕上がっていた。

 イユとラビリで、『古代遺物(アーティファクト)』の船風ベッドメイキングを終えると、レンドとミスタとで、シェルを運んでくる。

 その様子を眺めながら、ラビリに聞いた。

「シェルの包帯って、取り替えないといけないわよね?」

「ここに来る直前に変えたから、そんな急がなくて大丈夫だよ。ちゃんと予備の包帯も持ち込んでいるから」

 そこは、ジェシカに融通してもらったらしい。

「包帯の取り換えぐらいなら、私でもできるし。クルトが薬を調合できそうなら、シェルの心配は大丈夫かも。それよりは食糧と水を運び込むのが大変かなぁ」

 既にラビリの中で、今後の見通しが立っているのか、どこか遠い目をして考え込んでいる。

「そういうややこしいことは、レパードが考えてくれるでしょう」

 イユが言い切ると、ラビリは「いやいや」と首を横に振った。

「船長は考えてくれるだろうけれど、自分たちでやれることはちゃんと考えておかないとね。多分、ライムもクルトもレッサも、この『古代遺物(アーティファクト)』に興味津々で他のことには気づかないだろうし」


「お前ら、俺らが運んでいるときに暢気におしゃべりとはいい度胸だな」

 シェルをベッドに寝かせたレンドが、イユたちの元へとやってくる。

 ミスタを呼びに一旦医務室にやってきていたアグノスが、レンドの肩に乗って、イユに威嚇の声を上げる。「サボるなよ」とでも言いたげだ。

「何よ。私がいたら邪魔だって言ったのは、レンドでしょう?」

 イユは当然、シェルを運ぶと名乗り出たのだ。だが、イユの力では、バランスよく運べない為、シェルに負担がかかると言われたのである。

「だからといって、おしゃべりしていろとは言っていないが」

「ちゃんとこれからの話をしていたのよ。雑談じゃないわ」

 反論するイユに、レンドは「まぁ、いいさ」と軽く流す。

 一方で、アグノスは怒り足りないらしく、一声吠えた。

 文句だけ言われると、気分が悪いものである。

「何よ、丸焼きにするわよ」

 むっとしたイユが宣言すると、アグノスは翼をバタつかせて反抗の意思を露にした。犬のように吠えられる。

「こいつ、ムカつくわ」

 イユが感想を述べると、「まぁまぁ」とラビリに宥められた。

「可愛いと思うよ、愛嬌あって」

「どこが?」

 アグノスは可愛いと言われたからか、得意気に胸を張ってみせている。

「ああいうところ」

「……」

 これを可愛いと言えるのだろうか。イユは首を捻った。


「シェルを運び終わったみたいだな」

 レパードの声が背後から掛かって、イユは振り返る。

 レパードは、ライムと共に歩いてくるところだった。

「イユ。悪いが、お前の力が必要になるかもしれない。ちょっといいか?」

 イユはすぐに頷いた。

「レンドとミスタは、医務室にいてくれ。クルトと寝たままのシェルだけじゃ不安だからな。ラビリは、一応同行してくれ」

 指名されたラビリは、きょとんとした顔をする。

「何があったの?」

 イユの力とラビリという組み合わせが、理解できないのだろう。

「ライムがここの地図を見つけてな。それを見ると、どうも厨房があるらしいんだが、その扉が固着してるのか開かないんだ」

 厨房が機能するとしたら、大変重宝する。持ってきた食料は水や干し肉、パンぐらいだからだ。勿論、食べられるのだから文句はないが、そうした食べ物を食べてばかりでは自然と気持ちも下がってくる。

「行きましょう!」

 やる気を出したイユに、ラビリがくすりと笑った。


 厨房は、航海室から出て右手に位置する場所にあった。

「ここね」

「あぁ、頼む」

 イユが扉を前に屈み、指を掛けられる隙間を探していると、ラビリが疑問を口にした。

「医務室は全然大丈夫だったのに、不思議だよね」

 その答えは、開けてみれば分かるだろう。

 イユは「えいや」と力を振るう。扉の隙間から、カビの臭いがして、うっと息を止めた。

「なんだこの酷い臭いは……」

 レパードの愚痴を聞きながら、イユは指についた汚れを拭き取る。固着の原因は、べとべととした油に付着した砂のようだったが、それだけなら臭いの説明がつかない。

「うーん。ひょっとして他の部屋は空調が効いているのかも」

 ライムの言葉に、イユはきょとんとした。

「空調?」

「うん。空気を綺麗にして巡回しているんじゃないかな」

「この地下でか?」

 ライムが答え、レパードが重ねて尋ねる。

 ライムは人差し指を立てた。その指が指しているものは、恐らく空気だ。

「だって、空気、綺麗でしょう?」

 イユは、そういえばと思い起こす。この飛行船に入ってからというものの、確かに坑道ならではの砂っぽさを感じていない。

「もし、気の遠くなる長い間、この飛行船が空調を動かし続けていたんだとしたら、なんだか凄いことのように聞こえるかも」

 ラビリの言葉を、ライムはうんうんと頷いて聞いている。ミスタの言うところの浪漫が伝わったと感じたようだ。

 しかしながら、イユとしては目を輝かせる理由などない。

「肝心な厨房が動いていなかったら、意味がないけれど、ね!」

 思い切って扉を開け切ると、中から砂埃が舞い上がる。一瞬、世界が白っぽくなった。

「ゴホ、ゴホッ……! 凄い埃だな」

 埃っぽさを必死に振り払うと、ようやく扉の先の様子が見えてきた。

「うわぁ、設備が充実してるねぇ」

 ライムの感想を聞きながら、イユは目を凝らす。厨房にもうっすらと明かりは灯っていたが、埃のせいで、見えづらかったのだ。

 ライムの言葉の意味は、少しして理解できた。

 はじめに飛び込んできたのは、三つの扉だった。真ん中の扉は開いていて、そこからカビの臭いが漂ってくる。暗かったが、中はぞっとするほどの沁みに覆われた部屋だった。このときばかりは、異能を使ったことを後悔した。

「何、あの部屋……」

「多分、冷蔵室だと思うよぅ」

 聞き慣れない言葉だと思ったのは、イユだけではなかったらしい。

「ライム、『れいぞうしつ』って何?」

 ラビリの質問に、ライムは至極簡単に答える。

「冷たい部屋」

 残念ながら、奥の部屋からは冷気も何も感じない。

 訝しむ一同の視線を受けたライムが、のんびりと補足した。

「うーんと、お肉とかお野菜とかを保存するのに使えるの。通常より日持ちするんじゃないかなぁ」

「詳しいな」

 レパードが感心の声を上げる。

「前に、ヴァーナーが言っていたの。『古代遺物(アーティファクト)』の一つに冷たい箱が見つかったって。ヴェレーナの人たちは、それを『冷蔵箱』って呼んで、使用用途は食べ物の保存だってことまで、考えたみたい。これはお部屋だから、箱というより、『冷蔵室』な感じかなって。倉庫っぽいから、『冷蔵庫』でもそれっぽくて良いかも。うん、そっちかな」

 どうも、詳しいのではなく、ライムの命名のようだ。それにしても、イユの知るライムは、いつ機関室に下りても作業に没頭していた。それが、他人からの話の内容を覚えているとは、たいそう意外であることだ。

「ライムって人の話はちゃんと聞いて覚えているのね」

 イユが感心していると、

「むぅ。私、どう思われているんだろう……」

 と、ライムが珍しく傷ついた顔をした。

「でも、この部屋って冷たくは思えないけれど……」

 近づきたくなくてずっと鼻をつまんでいるラビリに、ライムは首を傾げた。

「冷蔵の機能は壊れちゃったのかも。でも、保存していた栄養がカビの餌になっちゃったんだろうねぇ」

 ライムが気にせず部屋の中に入っていこうとするので、レパードは慌ててその腕を引き留めた。

「え、何で止めるの」

「魔物がいる可能性もあるだろ。危険だから駄目だ」

「レパードがついてこればいいのに」とでも言わんばかりの視線を向けられていたが、レパード自身は首を横に振り続けている。さすがの船長もカビだらけの部屋に入ろうとする船員に、続きたくはないらしい。

 イユもライムに合わせて一歩だけ中に入ったが、それだけでやめておいた。異能者施設も決して衛生的とは言えなかった。だからか、奥に入ることに抵抗感があった。

 代わりに左右に視線をやる。正面にばかり気を取られていたが、左手にも扉があった。部屋が続いているようだ。右手は、流し台に調理場がある。見慣れた光景を見つけて、少し気が紛れた。大昔の人間も自分たちと変わらないのだと思うと、不思議な安心感がったのだ。尤も、ここもカビの被害はしっかり受けているようだ。

「ここは、おいおい掃除しないとだめそうだな」

 レパードが今後のことを思ってか、疲れを感じさせる声で言う。

「調理場が普通に使えるようになると便利だけど……」

 料理ができるようになるだけでも万々歳だが、もし冷蔵庫なるものが使えるなら、保存できるものの種類が格段に広がる。本当にこの船が飛べるようになるのだとしたら、空の旅がずっと楽になることは間違いない。

「まずは掃除、それから火とか水とかを使えるようにしないといけなくて、可能なら冷蔵庫ってところかな」

「……飛行船が動くようになったら真っ先に確保したいところだが、まだライムの言い分だけだしな。一旦は後回しか」

 残りの部屋も気にはなったが、何よりカビ臭い。

 すぐに出ようと言う話になって、イユたちはその場を立ち去った。

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