その496 『まさかの再会から』
目の前にある食糧がどんどん減っていくのを目にして、イユはごくりと喉を鳴らした。
今、イユたちは倒れたライムを航海室で介抱している。最も、ライムが倒れていた原因が空腹だと分かったため、食べ物を少しずつ分け与えているところである。時間がかかると判断し、船の外で待っていたシェルとラダも呼んであった。ラダと一緒に、シェルを航海室に運び込んだところだ。そのせいで、少し小腹が空いている。
「いや、イユ。お前はマゾンダでさっき食ったばかりだろ」
レンドが呆れた視線を向けてくるので、
「食べたいなんて言ってないわよ」
と反論する。口にはしていないから、嘘はいってない。ちなみに、食べたばかりだというのは、食材を買い込むときに、ミスタが気を利かせて買ってきてくれたからである。あのときのマゾンダ名物、花の蕾弁当の味が忘れられない。
「うぐぐ……」
そうこうするうちに、喉を詰まらせたらしいライムが唸りだした。
「急いで食おうとするからだ」
「はい、お水です」
レパードがやれやれと声を発し、リュイスが水筒を手渡す。
それを受け取ったライムはごくごくと飲み干すと、
「生き返ったよぅ!」
と叫んだ。頬に食べたばかりの米粒がついているその様は、美女であるが故に残念でしかない。
「そんなにお腹空いていたんだね」
ラビリが圧倒された顔をしている。最も、それは、ライムが機械ではなく食事に熱中していることにあるのだろう。
「それにしても、あなたたちはおかしな連中ですね。普通、こんなところで仲間と会いますか」
ワイズが冷ややかな視線を送ってくるが、クルトは
「まぁ、それはライムだし」
で返すだけだ。イユとしても、同じ返しをしたことだろう。他に説明がつかない。
「さて、それで、一体何があってここに?」
ラダが、話ができるようになったとみて、ライムに説明を求めた。
ライムは頬についた米粒を綺麗に取り除くと、ごくんと最後の一口を呑み込んでラダのほうを向いた。ふわふわした口調で、事実だけを口にする。
「えっとね。セーレで修理をしていたら急に刹那ちゃんみたいな子がたくさんやってきたの」
イユたちは顔を見合わせた。
「……刹那みたいって、この人たち?」
クルトが鞄を漁り、写真を取り出す。
イユは、あっと声を上げた。
「現像、できていたのね」
ラビリの件に、大蠍の件にと、立て続けにいろいろなことが起きたせいで、すっかりクルトたちに頼んだことを忘れていた。
「もっちろん。完璧だよ。それで、どうかな?」
クルトに差し出された写真を受け取ったライムは、こくんと頷いた。
「間違いなく、この子たちだよ。やっぱり、可愛い」
可愛いというが、ライムの手に移った写真には、血染めのナイフを手にした白髪の人物が写っているのだ。その血が、セーレの誰かのものだと分かるだけに、イユには寒気しか感じられない。
「それで、こいつらに襲われてどうして無事なわけ?」
イユの質問に、ライムはうるりと目を潤ませた。突然の反応に、ぎょっとしてしまう。
「ジルが、庇ってくれたの。ハッチを開けて、私だけ逃げろって。私、修理のために小型飛行船に乗ってたからそのまま発進させちゃって」
イユたちは再び顔を見合わせた。
「それじゃあ、ジルは……」
レッサがぽつりと呟く。この中で最もジルと関わりがあるのは、機関部員のライムを除けばレッサである。
「分からないよぅ。ジルは大丈夫だって言っていたけれど、戻ろうとしたら、小型飛行船、撃ち落とされちゃったし」
子供の姿をした彼女らの手によって小型飛行船は大破してしまい、ライムでも直せなかったらしい。着陸したときにはセーレは既に遠く、ふらりふらりと砂漠を彷徨っていたという。どれほど歩いたか分からないぐらい歩いたところで、この坑道に辿り着いたそうだ。
「そうしたら、こんな凄い『古代遺物』を見つけちゃって! 私、この子を動かそうとしてたの」
突然目をキラキラ輝かせ始めたライムには、既に涙目だった面影はない。ジルが身を挺して庇った甲斐が、これだけで半減している。
「そうしたらハッチが閉じちゃったり何だったりして、気がついたらご飯がなくなっちゃって」
「……ちょっと待て。それじゃあなんだ、お前が飢え死にしかけたのって」
えへへ。と笑みを浮かべるライムを見て、疲れ果てた。『古代遺物』を前に、持ち前の集中力を発揮した結果を思うと、ライムの残念具合が増しに増していく。
「ジルが体を張った意味、なくなるところだったね……」
もはや、遠い目をして、クルトが呟いていた。
さすがのワイズも言葉が出ないらしく、呆然としている。
「でもでも、この船、凄いんだよ! 生きているの!」
飢え死にしかけた反動はもうないのか、爛々と目を輝かせるライムは、ワイズの次の反論にも堪えない。
「燃料がないでしょう」
それどころか、はっきりと宣言してみせた。
「不足している燃料は、飛行石だけだよ。他の分は補充されているし、心臓部は殆ど無傷なんだよ!」
イユたちは再三、顔を見合わせた。それが事実であれば、とんでもない世紀の発見になる。それどころか――、
「つまり、土砂さえどうにかすれば、この船は動くってことか?」
レパードの手には既に飛行石が握られていた。これは、マゾンダの街で調達してきたものだった。食糧を買い込むついでに、必要になるはずだからと、購入してきたわけである。
「うん。あと登録されている持ち主さえいれば、ちゃんと動くんだよ」
意気揚々とレパードの手にある飛行石をぶんどってから、ライムはそう告げた。
「……持ち主と認められなかったぞ?」
レパードはイユたちがはじめにこの船に赴いたときの話をかいつまんで説明する。ミスタが目を輝かせて頷いていたが、ひとまず無視だ。
一通り聞いたライムは、「それは違うよ」と否定した。
「条件が足りていないんだって、まずは扉を全部閉めるの。ほら、不完全な状態で機械って満足に動かないでしょう? 必要な機器を取り付けて、燃料を準備してあげてはじめて、スイッチが入るの」
ライムの言っていることはさっぱりだったが、イユは気にしないことにしている。とりあえず、ライムが言うことだから間違いはないだろうぐらいの感覚だ。
「それなら、扉を閉められるように、土砂からどうにかする必要があるわけだな」
「うん。でも、最低限のものは今でも動くようにはなっているよ。非常用電源みたいな感じ」
そこで、ライムの視線はシェルに向いた。
「シェルのベッドぐらいなら、用意できると思う」




