その494 『大金と幸運』
レンドが丈夫なロープに加えて、猿ぐつわと手錠まで持ってくると、イユたちはすぐに五人を縛り上げた。そうして、部屋に鍵を掛けると、ギルドの男――、レンドがロープを持ってくるときに見つけた人物、にギルドに引き渡すための話をつけ始めたわけである。
「というわけですので、一旦はジェシカの屋敷までお願いします」
丸顔の男が、ワイズに応対しながら額の汗をぬぐっている。
「は、はぁ。承知しました」
相手が『魔術師』と知って緊張しているようである。ひきつった顔を隠しもせず、ミスタから鍵を受け取っている。イユから見るとどこか頼りない職員だった。
「あぁ、ついでに教えてくれないか」
レパードの言葉に特に棘はないはずなのに、びくりと肩を強張らせる始末である。尤も、ロープでは収まらず、猿ぐつわや手錠を持ってこさせるという行為のせいで、少々刺激が強すぎたせいもあるかもしれない。
「ここには、シェイレスタの都に預けた金を受けとる手段はないか」
イユたちの頭に疑問符が浮かんだ。
「ギルド銀行のことでしょうか」
「あぁ、確かそう言っていたな。出来れば全部引き落としたいんだが」
男は額の汗を丁寧に拭った。
「申し訳ありません。一度に引き落とせる額は決まっていまして」
「なら、その額を全部下ろしたいんだが」
男とレパードの間で話がとんとんと続いていく。最終的に男は「分かりました」と言って、去っていった。
「ちょっと待って。レパード、何の話よ?」
「あぁ。実はマドンナ直々の報酬を貰っていてだな。幾らなんでも持ち帰りできない量だったから一旦シェイレスタに預けたんだ」
さらりと言われて、ぽかんとする。
「レパード、その話は聞いていないです」
金が入ったなら早く教えてくれと、セーレで経費や人件費を管理していたリュイスの目が鋭い。
「いや、いろいろ起きすぎてそれどころじゃなかっただろ。どうせ、取りに行けないと思っていたしな」
「ギルド銀行と言っていたな。それは何だ」
ミスタの質問に、レパードは答える。
「新しい施策だろうな。要するに金を預けちまえば、盗まれたりなくしたりする心配はないってことらしい」
セーレに残っていただろう金は、揃って灰になってしまっていることだろう。それが銀行という仕組みを使えば、ギルドという安全な場所に確保することで、いつでも引き出せるという。面白い仕組みだなと感心した。
「でも、シェイレスタの都で預けたのに、何でここで受け取りができるのよ」
「言っていたんだよ。近々国内であればどの支店でも受けとることができるようになるって。国内っていうのはシェイレスタだろ? シェイレスタってのは砂漠ばかりで広いんだ。それがどこでもということは」
「ここはシェイレスタからは比較的近い街だから、受け取れるようになっているってことか」
レパードの言葉を引き取って、レンドが予想を口にする。
「そういうことだ。当たりだったようだな」
男がアタッシュケースを持って戻ってくるのを見て、レパードはそう答えた。
「お待たせしました。こちらがお渡しできる最大の金額です」
イユは目の前の札束に目を丸くした。いつの間に、セーレは金持ちになっていたのだろう。
「思ったより少ないな」
レパードの感想に絶句する。そんなはずはないだろうと言いたくなった。手元にある大きな束が一括りで100000ゴールドなのだ。それが3束もある。
「申し訳ございません。三日で引き落とし額はクリアされるのでその後でよろしければ」
「悪いが、そんなには待てない」
レパードと男の会話を聞きながら、イユはリュイスに確認した。
「これが、少ないの? 船ぐらい買えるんじゃないの?」
「いや、無理だろ」
横からレンドが否定する。
「食費や雑費分にはなりそうですね。こうして三日毎引き出し続けるなら、船を借りる手は勿論視野に入りますが」
人数が多いからそれだけ必要になるのだそうだ。イユ一人なら安くすんでも十人もいれば話は別になる。
「とりあえず、はじめに考えていた手を使う。こいつは、駄目で元々のつもりだった分だからな」
聞いてみて良かったという話だ。それにしても、いつの間にか、マドンナに一年遊んでも暮らせるような報酬を貰っていたとは意外だった。
「まぁ、心許ない状況が多少は改善されたようですから、良しとしましょう。あぁ、手紙もお願いします」
ワイズがいつの間にか書いていた、フェンドリックに送る予定の手紙を男に渡す。加えて他にも手紙をつけていた。
「もう一つは?」
イユの問いに、ワイズはさっぱりと答える。
「ブライト派の官吏の件ですよ」
手紙の質が良かったから、宛先は国王かもしれない。後でそうリュイスに聞いた。
「……それでは、物資を買い込んだら目的地に向かいますか」
ワイズの質問に、イユは疑問を呈する。
「目的地って? クルトたちがいるってこと?」
「他にどこに行くんですか。そうですよ」
屋敷に戻っているわけではないのだ。レパードが散々言っていた『目星』とやらがいまだに分かっていないイユは、首を傾げた。
「まさか、ここって……」
マゾンダを出て、長い道を歩いていくにつれ、イユにも段々分かってきた。マゾンダから危険な街の外に出て歩き始めたときは一体どうするのかと思ったが、なるほど見覚えがある。イユたちが以前セーレを探して通った道とマゾンダは実は地下で繋がっていたのだ。
「確認したが、人を担架で運んでもどうにかなる距離だ」
シェルのことだろう。
「魔物はいるのですか」
「さすがに、ゼロじゃない。だが、ここにいる面々なら一人で全員を守りきれる程度の奴らだ」
リュックが、レパードの答えに安堵の表情を浮かべる。イユはすぐに否定したくなった。
「嘘は良くないわ。マゾンダ周辺には何でも溶かす水や、大蛇や棘だらけのネズミの魔物が出るのよ」
同じ道でないとはいっても、魔物にこの距離は関係ないだろう。
「そうなのか」と言い掛けたレパードより先に、驚いたような声が掛かった。
「まさか、『守り神』にあったのですか?」
意外なワイズの反応に、イユは面食らうしかない。
「『守り神』?」
「あなたのいう大蛇のことですよ。この辺りに出る大蛇は、人を助け魔物を食らうんです」
イユは、大蛇がネズミを食べてしまった記憶を思い起こした。確かに、今思えばあれは助けられたと言えるかもしれない。だが、
「食われるかと思ったわよ!」
あんな大蛇に遭遇して、『守り神』と呼べるほど、イユには胆力がない。二人を背負っていなければ、先制して仕掛けていたかもしれない。
「その話は『スナメリ』でも挙がっていたな。間違えて狩るなよって」
レンドが、思い起こしたように告げた。
「喜べ、イユ。『守り神』に会った奴は相当な幸運に恵まれるっていわれているらしいぜ」
レンドのにやにや顔に、イユは返答する気も失せた。
「最も『守り神』と呼ばれるようになる前は危険な魔物として有名でしたがね。ウルリカの花さまさまですよ」
ワイズの言葉に、リュイスが不思議そうな顔をする。
「ウルリカって街にあった大きな花ですよね?」
「えぇ。あれには解毒作用がありましてね。イユさんのいうところの『溶ける水』を、普通の水に戻すんです」
意外なつながりが、イユの興味を引いた。
「溶ける水に迷惑を被っていたのは人間だけでなく大蛇もだったようでして。人がウルリカを育てると学習した大蛇は、人を襲わなくなりました。それどころか人にとって脅威となる魔物を優先的に食らってくれるわけです」
「滅茶苦茶かしこいわね、その大蛇」
なるほど、それは『守り神』と呼びたくなるわけである。
「えぇ、どなたかと違ってとても聡明です」
「……」
ワイズのいつもの皮肉に、イユは答えないようにした。これは先に餌を垂らした釣り竿だ。これに返したら絶対に、「自覚があったなんて驚きです」とにこやかに笑われるのだ。
「なるほど。共生しているんですね」
リュイスは、釣り針にも気にした様子もなく、感心したようにコメントを述べている。
「そういうわけです。ですから、よほど運の悪い……失礼、逆ですね。よほど運の良いどなたかはさておき、危険な魔物に遭遇する確率は少ないわけです」
釣り針が徐々にその長さを伸ばしている気がした。イユは何でもないように他の話題を振る。
「それなら、逆に他の誰かに見つかっているんじゃないの?」
これから向かう場所に既に人の手が入っている可能性について言及したわけだ。
ワイズはあっさりと認めた。
「えぇ、その可能性はあります。ですがまぁ、皆の意識がサンドリエの機械人や大蠍に向いているのも事実ですから、行ってみる価値はあるでしょう」
イユの視線の先に、無機質な壁が映ったような気がした。
イユは当時、現実と夢の狭間を歩く心地で進んだ地下道を思い起こす。他でもない、イユが見つけた『古代遺物』だ。イユたちは、坑道に眠る飛行船へと足を進めているのであった。




