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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
493/994

その493 『暗示の見分け方』

「あれが、暗示……」

 イユは倒れている男たちを見下ろす。同じ人間なのに二人の人間がいるかのような違和感は残っている。つまり、暗示は消えていないのだろう。

「私、なんとなく、分かるようになったかもしれないわ」 

 それには、レパードが驚いた声を出した。

「本当か?」

「えぇ。本当になんとなくだけれど、この五人からは同じ違和感を感じる」

 凄いなと、レパードは素直に呟いた。

「この五人には他人の力が流れ込んでいます。それが見えるようになったということでしょうね」

 ワイズが、イユであればすぐに分かるようになると言っていたことを思い出した。イユは眉をひそめる。

「これが、魔術の流れなの? これが、『魔術師』の気配や臭い?」

「あなたが見ているものは力そのものでしょうから、魔術の流れと呼ぶのが近いでしょうね。その力が、誰からきているかまで分かれば、『魔術師』の気配や臭いを辿ることができますが」

 イユは首を横に振った。

「そこまでは分からないわ」

「まぁ、いきなりそこまでわかるようになるとは思っていません。あなたで暗示の有無が判別がつくようになっただけでも、今後は何かと便利でしょう」

 ワイズは澄ました顔でそう言うが、一つだけ分かったことがある。

「ワイズは、魔術は他人や自然に対して、ある種の力に干渉、調整することと言っていたけれど」

 イユの違和感を口にする。

「そんな感じじゃないわ。これは、捻じ曲げるというか……」

 感じたからわかる。これはもっと、法則や決まりそのものを書き換えるような、強引な何かだ。

「そうですね。あなたに分かりやすい表現に無理やり収めたのは事実です」

 ワイズはすんなりと嘘を認めた。以前、「イユたちが疑心暗鬼になっているから正直に話す」などと言っていたこともあったはずだが、簡単に手のひらを返してみせた。

 これだから、『魔術師』は信用ならないのだ。

「ブライトも嘘をついたわ」

 イユはむっとした。

「ブライトは、私が暗示に掛かっていたことを、記憶を読まない限り分からないと言っていたもの」

 あれははっきりとした嘘だ。そうでなければ、『魔術師』でもないイユが簡単に暗示を掛けられているかどうかわかるはずがない。

「姉弟揃って、嘘つきね」

 相手を傷つける言葉だという自覚はあった。しかし言っておきたかった。会話に嘘があると思えば思うほど、不信は募る。ワイズが自分のことに構わずすぐに他人の怪我を治しに行く人間だと知ってしまったからこそ、こんなところで一々疑いたくなかったのだ。

「ですが、それであなたは習得できたでしょう」

 ワイズに堪えた様子はなかった。だから、『魔術師』は嫌いなのだと言ってやりたくなった。


「それで、イユが暗示を見極められるようになったのはいいとして、こいつらはどうする?」

 レパードに話を振られて、イユははたと固まった。

「見分けられても、治せはしないわ」

「あなたにそれは期待していませんよ。僕が解くから結構ですと言いたいところですが、フェンドリックに引き渡しましょう」

 意外な提案だった。

「いいの? この暗示を掛けたのって」

「フランドリック家ではありませんよ。僕らが前回サンドリエ鉱山に行ったとき、この方たちは暗示を掛けられていませんでしたから、その後に『魔術師』と接触したのでしょう」

 ミスタは首を傾げた。

「この五人は、ずっとサンドリエ鉱山の牢に入れられていた。『魔術師』は確かにやってきたが、牢を通りかかるだけだったはずだ」

「いえ、いるでしょう。『魔術師』が常に一人」

 イユは記憶を振り返る。あっと、声を上げた。

「まさか、サンドリエ鉱山の官吏の……?」

 信じがたいが、一度気づいてしまうとそれ以外考えられなかった。

「でも、どうして、そんなことを……」

 リュイスが五人を見下ろして、寂しそうな顔をする。簡単に人の心を操作してしまう『魔術師』がいることが、耐えがたいのだろう。

 イユは、その『魔術師』を見ているから、余計に意外である。「はい」と言えずに「はひ」になってしまうあの男の様子を思い返したが、ワイズを見て特段反応している記憶は出てこなかった。むしろ、ワイズとは互いにいつものことのように平静に対応していた。人は何を考えているか分からないものだが、ここまでなのかと思いたくなる。

 ただ、唯一あのとき、一般人から『魔術師』に成り上がったはずの官吏の末路を想像した。

「『魔術師』に恨みがあったとか」

 それなら、考えられなくもないのだ。痛々しい姿は、記憶に新しい。

「そうであれば、鉱山にきた全ての『魔術師』に飛びかかるよう暗示を掛けたことでしょうが」

 ワイズの発言に、ミスタは首を横に振った。

「そんな素振りはなかった」

「まぁ、僕狙いであれば、姉さんの派閥の者でしょうね。全く、余分な仕事を増やすのが得意なんですから」

 溜息をつくワイズに、レンドが何とも言えない顔で、

「まじでブライトとドンパチやっているんだな」

 とリュイスに声を掛けている。

「ドンパチかはよく分からないですけれど……」

 リュイスは曖昧な回答をしていた。

 イユとしては、いまだに信じ難い。ブライトとワイズの仲もそうだが、あの官吏が『魔術師』としてワイズを襲ったのも理解できない。

 人は見かけによらないと言うことは分かっている。だが、『魔術師』たちの行動理念が、まるで掴んだ砂が指の間から逃げ出すように、形を成さない。

「それで、何でフェンドリック? ブライト派じゃないから?」

 理解はできなかったがどうにか切り替えてイユが尋ねると、呆れたようなワイズの返事があった。

「僕を見ると暗示が発動するのに、本人に暗示を解く気があるかどうか確認する術がないでしょう」

「よくわからないけれど、本人の同意が必要なの?」

「あるほうがはるかに安全です。あなたにも聞きましたよね?」

 確認されて、イユは唸る。

「そうだとすると、こいつらは元々ワイズを襲おうとしていたから」

「えぇ、解きたいとは思わないかもしれませんね」

 恐らくは心を書き換えるというより、元々ある殺意を増幅させる類いの暗示なのだろう。

「とりあえず、ロープはもう切れちまっているから、もっと丈夫なものを用意してもらうとするか」

 会話を聞いていたレンドが、外へと出ていった。職員に頼むのだろう。

「こいつら、元々やらかしてるし、縛りつけておくのは同意だけれど、フェンドリックが逆にこいつらに何か掛ける心配はないの?」

「ないと断言はできないが、ブラックリスト行きの奴を手駒にしても、美味しいものは何もないだろ」

 レパードの言い分には納得できる。これが身内なら心配してやるところだが、むしろ仲間を害した者たちだ。イユにはこれ以上気にかけてやる義理もない。

 そう思いつつ浮かんだのはジェシカの笑みだった。ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。そう思い、つい気にかかって疑問を口にする。

「でも、こいつらって……、元々、ジェシカが仕向けた奴らじゃないの?」

 確証はなかった。ブライト派の別の人間が、五人をワイズに仕向けている可能性もあった。だが、ワイズはそれを溜息をもって答えたのだ。

「そうですね。如何にも、ジェシカのやりそうな手口でしたから、まず間違いないでしょう」

 否定しないのだ。イユはぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。冗談でも何でもなく、ワイズはそうだと確信している。その可笑しさを淡々と受け止めてしまっている。

「お前を襲わないっていう約束を取り付けたばかりだ。フェンドリックたちには、こいつらの存在は、用済みだろうが」

 レパードが腕を組んで考える仕草をした。この男たちをフェンドリックに連れて行った場合、彼らの身がどうなるのかを考えたのだろう。

「ジェシカに『責任を取れ』と言う手紙を書いて、それをフェンドリックに渡せば大丈夫でしょう。ジェシカはフェンドリックの前では殊勝のようでしたから」

「うわっ、鬼……」

 と言いかけて、イユは口をつぐんだ。ワイズの首を取ってこられないどころかロープで縛られ、別の『魔術師』の暗示に利用されまでしてから、引き渡されるのだ。この五人は、ジェシカにとっては恥だろう。それを推察できてしまう内容の手紙を、本人にではなくフェンドリックに渡すというのは、実に嫌らしい。ワイズが恨まれるわけである。

「ご存知ないかもしれませんが、ジェシカは簡単に人を暗殺するという発想が沸く人間ですから。何ならこの方たちの命を助けてあげているつもりですがね」

 イユの表情に気がついたのか、ワイズが自分の考えを告げた。

 ジェシカの言動を聞いてしまったせいで、これまた否定できないのが辛いところだ。

「それなら、手紙をつけてこいつらをフェンドリックに引き渡す方針でいいな」

 レパードがまとめて、イユたちは頷いた。

 そうしてから、気絶している五人を、改めて見下ろす。

「せめて、今回のことで懲りて更正すると良いですね」

 リュイスの言葉に、イユは頷いた。

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