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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
492/994

その492 『急変』

 通りすがった職員に番号を伝え、部屋に入る。

 部屋の先に、人の気配がした。

「入るわよ」

 返事も聞かずに部屋の扉を開ける。後方で、「おい、返事がまだだぞ」とレンドの声が掛かるが、気にしない。時刻は決めてあったわけなのだから、開けられて困るような人間はこの部屋にはいないはずだ。


 部屋に入っても、薄暗いせいで相手の輪郭がおぼろげにしか分からなかった。

「相変わらず、薄暗いわね」

 この部屋を選んだのは他でもないイユだが、今は必要のない暗さである。視力を調整していると、先に声が掛かった。

「イユたちか。合流したのか」

 部屋で待っていたミスタの顔が、僅かな光を浴びて照らされる。顎の前で、手を組んでいるようだ。焦茶色の円テーブルはイユだと肩ほどの高さだが、ミスタには肘を置く余裕がある。

「はい。……あの、この方たちはどなたですか? その、どうしてここに?」

 律儀に答えたリュイスの、後半の疑問の答えを、イユは半分だけ知っている。ミスタの組んだ手にはロープが握られていて、その先を辿ると、五人の男たちに行き着くからだ。スキンヘッドに、刈り上げ、鶏冠頭、ヘアバンド、顔に入れ墨のある上裸の男。どの男たちも個性のある見た目をしているせいで、見ただけですぐに誰だったかを思い出す。全員、腰に縄をつけられて、情けない顔をしているから余計にだ。

 それにしても、よりにもよって、この狭い部屋に五人も詰め込まなくて良いのではないかと言いたくなった。窮屈すぎる。ただでさえサンドリエ鉱山の砂にまみれた男たちが、砂漠を歩いて汗を掻いてきているのだ。近寄りたくもない。

 イユは鼻をつまみながら、残り半分の疑問――、男たちがここにいる理由を尋ねた。

「こいつら、何で連れてきたの」

 ミスタはさっぱりと答えた。

「カラレスからの頼みだ。マゾンダに戻るついでに、こいつらを預けてこいとな。だが、預けている時間がなくて、先にこの部屋に向かった」

 時間はたくさんあったので、預けてくれたほうが良かった。

 そう思い、イユはよくよく五人の男たちを見下ろして、首を捻った。どの男も個性的で情けない顔つきだ。それは、変わらない。だが、そこに、まるで一人の人間にもう一人の人間が重なって映ってみえるような、あり得ないはずの違和感があった。

「この人たちをギルドに預けるのですか」

 事情を知らないリュイスの不思議そうな声に、イユは男たちから意識を剥がす。

「あぁ、処罰してもらう」

 そう、どの道、処罰される人間だ。どのような違和感を抱こうと、イユには関係がないことである。

 ミスタの説明では不足していると思ったのだろう、レパードの補足が入る。

「こいつらはワイズを襲った後、サンドリエ鉱山で『古代遺物』(アーティファクト)を盗んで逃げようとしたんだよ」

 イユはレパードに乗っかった。レパードの言葉に、ぎくぎくと肩を揺らす男たちが中々見物だったせいだ。

「おまけに、そこでも逃げ出そうとして、ミスタに捕まったわけ」

 望み通り、イユの言葉を聞いた男たちの肩が更にこわばった。

「なるほど。ブラックリスト入りするのか」

 事情を聞く側のレンドが、「人生詰みだな」と男たちに声を掛ける。イユは知らなかったが、ブラックリスト入りはよほど大変なことらしい。

 自分たちの身の上など当に知っていただろう男たちが、今頃震え上がっている。

 とはいえ、さすがのお人好しリュイスも、救いようのない罪状を前にして、「可哀想だから、縄を解いてあげて」とは言えない様子であった。


「……それにしても、リュイス。無事に戻ってこられたんだな」

「はい。ご心配をおかけしました」

 ミスタの言葉に、リュイスもほっとした顔を浮かべる。

「船が役に立ったようで、良かった」

 ミスタの何気ない一言に、今度はイユの頬がひきつった。

「そういえば、あのふ」

 ミスタが、船と言いかけようとしたところで、レパードが納得がいったとばかりに声を上げた。

「そうか。ということは、機械人の発掘は終わったんだな」

 ミスタがここにいる事実をようやく噛みしめたように、レパードが安堵の顔を浮かべた。その様子は、端からでは船のことを話に出されて動揺しているようには見えない。イユは珍しくレパードを誉めたくなった。

「あぁ、無事にな」

 恐らく、浪漫魂に火を点ける出来事だったのだろう。ミスタは、珍しく饒舌に続ける。

 船の話題が消え、イユはこっそり安堵の息をついた。

「結局、機械人の動力は突き止められなかった。どうも、肝心な動力になるための石に力が残っていないようでな。指を指すような動作をしたのは、きっと何かの弾みで残っていた力が、最後の最後に一瞬復活したんだろうとの予想だ」

 イユは、機械人が自分に向かって手を伸ばしたときのことを思い出した。安堵したばかりだというのに、あのときの不気味な光景が頭によみがえる。

「石って?」

 ぞくりと肌が粟立ったことを隠したくて、なんてことのない質問をする。

「あぁ。飛行石とかそういう類のものだろうが、石を埋め込めるような土台が胸元についていた」

「へぇ、そうなのね」

 何故あのときだけ偶然、動力が復活したのだろう。その答えは誰も持っていない。

「興味深い話ですね」

 普段は、いろいろなことに詳しいワイズも、そう留めるだけだ。


「……あ、あのぅ」

 恐る恐ると言った様子で、五人組の一人、スキンヘッドの男が声を発する。

「ひょっとして、そこにいるのって……」

 男たちにはこの部屋は薄暗くて、扉の近くにいるワイズの様子が見えていなかったのだろう。首だけでワイズのほうを指して、誰がいるのか聞こうとしている。

 そんなことを聞いたところで、男たちがミスタの隣でロープに括り付けられている状態なのは変わらない。不思議に思いながらも、イユは男たちから感じる違和感に目が離せないでいた。

「ん? お前らが襲った『魔術師』のことも忘れたのか」

 どこか呆れたようにレパードが答える。

「俺らが襲った『魔術師』……」

「ワイズだよ。それが、どうかしたか」

 びくりと、スキンヘッドの男の身体が強張った。いつの間にか、五人組全員が俯いている。

 彼らの肩が震えるのを見て、イユはぎょっとした。

「お前たち?」

 一番近くにいたミスタが、異常を感じて五人組へと顔を近付ける。

 イユは、『視た』と感じた。五人組を取り囲む力そのものが、急激に膨れ上がる瞬間をだ。

「ミスタ、駄目!」

 イユの制止の声が間に合った。寸前で顔を引っ込めたミスタの前を、男の拳が通り過ぎる。ロープが手から抜け落ちる。その隙に、あっという間に腰に巻かれたロープを引きちぎった男たちは、一斉に円テーブルを蹴り飛ばした。五人が揃って、首をワイズへと向ける。

「何だ……?」

 レンドの声が掠れていた。男たちの動きが、あまりにも揃いすぎて人間のものと思えなかったのだろう。イユも呆然としていたら同じような声を発していたところだ。

「このっ!」

 イユは、誰よりも先に動いた。床に転がった円テーブルを乗り越え、尤も近くにいたスキンヘッドの男、その顎へと飛び蹴りを食らわせる。異能の力を出し惜しみなどしている余裕はない。骨の折れる嫌な音が響き、スキンヘッドの男が鶏冠頭の男を巻き込んで背後の壁へと後頭部をぶつける。

 だがその隙に、イユの横をヘアバンドの男が通り過ぎた。

「リュイス!」

「はい!」

 すかさずリュイスの風の魔法が放たれ、ヘアバンドの男が壁へと吹き飛ぶ。イユはその間に、ミスタとやりあっていた顔に入れ墨のある男を、横から蹴り飛ばす。

「助かった」

 ミスタの礼を聞きながら、残り一人、刈り上げ頭の男を探す。その瞬間、部屋に光が飛び散った。眩しさに思わず目を細める。

「悪い、眩しかったな」

 目を労わりつつ、顔を上げると、暗闇の中で横たわる刈り上げ頭の男の姿が見えた。いつの間にか、蹴り飛ばしたはずのスキンヘッドと鶏冠頭の男が、壁から少し離れた場所で倒れている。

「こいつら、力が尋常でなかった」

 ミスタの感想に、レパードが続けた。

「骨が折れていようが構わず、立ち上がってきた。とりあえず、気絶させたが……」

 レパードが額の汗を拭う。レパードの言葉で、倒れていた男たちが何故位置を変えたかを理解した。

「暗示ですね」

 ワイズがさらりと答える。

「僕を見つけ次第、襲うように指示を受けていた」

 イユは、男たちから感じた違和感を思い起こした。


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